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ここではH.G.ウェルズの短編「水晶の卵」を訳しています。
H.G.ウェルズは1895年、『タイム・マシン』で作家として華々しいスタートを切ります。それまでおとぎ話でしかなかった時間旅行を、「科学的」に理論づけ、リアルに描いて現代SFの嚆矢となったこの作品は、当時、大変な評判になりました。
そうして『透明人間』『ドクター・モローの島』についで1897年発表したのがこの『水晶の卵』です。この作品のモチーフは、つぎの『宇宙戦争』にも受け継がれていきます。
19世紀末のロンドン。骨董屋の店先の水晶の卵。そのなかにはいったい何が見えるのでしょうか。
原文は
http://www.online-literature.com/wellshg/2878/
で読むことができます。



水晶の卵


by H.G.ウェルズ

卵


 ロンドンのセヴン・ダイアルズ界隈には、去年まで、小さくてひどくみすぼらしい店があった。そこには雨風にさらされてぼろぼろになった黄色い字の看板「C・ケイヴ 剥製と骨董」がかかっていたのだった。陳列窓には色とりどりの奇妙なものが並んでいた。象牙が数本、駒が揃っていないチェスセット、遺跡のビーズや武器、眼球の入った箱、虎の頭蓋骨がふたつと人間のものがひとつ、虫食いあとのある剥製のサル(一匹はランプをたずさえている)、昔風の棚、蠅の卵が染みになったダチョウかなにかの卵、つり具、おそろしく汚い、空っぽのガラスの水槽といったもの。もうひとつ、この話が始まった時点では、水晶のかたまり、卵形でぴかぴか光るほどに磨きあげられたものがあった。そうしてそのときは、ふたりの男が陳列窓の外に立って眺めていたのだった。ひとりは背の高い、痩せた牧師、もうひとりは黒い顎髭をはやした若い男で、肌の色が濃く、地味な身なりをしていた。色の黒い若い男は、熱のこもった身ぶりで何ごとか語っており、どうやらつれにその水晶を買うよう、たきつけているらしかった。

 ふたりが窓の外にいるときに、ケイヴ氏が店に出てきた。あごひげを動かしながら、昼食のバタつきパンをまだ咀嚼している。ふたりの男に気がついて、ふたりが見ている先を知るや、さっと表情が翳った。後ろめたそうな顔で肩越しにちらっとそちらに目をやると、そっと扉を閉めた。ケイヴ氏は小柄な老人で、青白い顔の、風変わりな淡い水色の瞳をしていた。薄汚れた白髪頭、着古した青いフロックコートに身を包み、古ぼけたシルクハットをかぶって、踵のすり切れた室内履きをはいている。ふたりの男が話しているのから眼を離そうとしない。牧師がズボンのポケットに手を深くつっこんで、ひとつかみの金を取りだして改めると、わかった、とでもいいたげに満面の笑みをうかべた。ふたりが店に入ってくると、ケイヴ氏の表情は、いよいよ気遣わしげなものになった。

 牧師は気さくな調子で水晶の卵の値段を尋ねた。ケイヴ氏は奧に通じるドアを神経質そうにちらりと目をやって、五ポンドです、と答えた。牧師が、それはずいぶん高いね、と連れの男にも、ケイヴ氏に対しても、抗議するように言い――確かにケイヴ氏も仕入れたときにはそんな値をつけるつもりは到底なかった――、値引き交渉が始まった。ケイヴ氏は戸口に歩いていき、ドア開けた。「うちでは五ポンドつけさせていただいてるんです」益もない話し合いなどご免被らせていただきますよ、とでも言わんばかりだった。そのとき、女の顔の上半分が、奧に通じるドアにはまったガラスのブラインド越しにのぞき、ものめずらしげにふたりの客を眺めた。
「五ポンドいただきます」ケイヴ氏は震える声で繰りかえした。

 肌の色の濃い青年はそれまでケイヴ氏にじっと目を注いだまま黙っていたのだが、ここで初めて口を開いた。「五ポンド、払ったらいいじゃないですか」

 牧師は青年が本気で言っているのか確かめてから、またケイヴ氏に視線を戻したのだが、その顔には血の気がなくなっていた。
「ずいぶん高いものなんですな」牧師はそう言いながらポケットに手を突っこんで、持ち金を数えた。三十シリングあまり(※1ポンドは20シリング)しか持っておらず、連れに出してくれるよう頼んだのだが、そんな頼みができるほどふたりは親しいらしかった。そのようすを見ながらケイヴ氏は考えをまとめたらしく、落ちつかなげに、実は、これはまったくの売り物といっていいわけではないんです…、と言い出した。二人の客はそれには驚いて、値段を言う前にどうしてそう言ってくれなかったんだ、と尋ねた。それにはケイヴ氏もしどろもどろになって、言葉につまりながら、この水晶は昼から引っこめるつもりだったんです、というのも買ってくださるんじゃないかと思われるお客様がいらっしゃったんで、という。値をつりあげようとしているのだな、と感じた客は、店を出ようとした。だが、そのとき奧に通じる戸が開いて、額に前髪を垂らした目の小さな女が出てきた。

 品のない顔つきの太った女で、ケイヴ氏より若くてずっと大きい。どしんどしんと歩いて来た顔はまっ赤になっていた。「もちろん水晶はお求めいただけますよ」それから言葉を継いだ。「五ポンドもいただけるんなら十分じゃないか。あんたってひとはまったく何を考えてるんだか、ケイヴ、旦那がたのお求めを断るなんて」

 この横やりにうろたえたケイヴ氏は、妻を眼鏡越しににらむと、いくぶん気弱な調子で、わしの商売はわしのやり方でやらせてもらう、と言った。そこから言い争いが始まった。ふたりの客はそれを興味津々、おもしろがりながら、ときおりケイヴ夫人に加勢する。追いつめられたケイヴ氏は、相も変わらず、午前中に水晶の問い合わせがあったのだ、とありそうもないことをしどろもどろに言うばかり、しだいにそのようすは痛々しくなってきたが、それでも自分の主張だけは頑としてゆずらない。この奇妙な言い争いに決着をつけたのは、若い東洋人青年だった。二日したらまた来てみましょう、そうすればその謎の購入希望者だってチャンスは公平にあるはずです。
「そうだね、そのときはわたしたちも五ポンドで譲ってもらうことにしよう」と牧師も言った。
ケイヴ夫人は独断で、夫に代わって、相済みませんです、と謝った。「うちのひとはちょっとおかしいんですよ」客は出ていき、この出来事をめぐってとことん話し合える状況が整った。

 ケイヴ夫人は夫に向かって、歯に衣を着せずまくしたてる。哀れな小さな男は、興奮のあまりぶるぶる震えながらも、ふたつのこと、まずほかの客を考慮しなければならないこと、もうひとつ、水晶には十ギニー(※1ギニーは1,05ポンド)の値打ちがあることを支離滅裂に繰りかえした。
「じゃ、なんでまたあんたは五ポンドなんて言ったのさ」
「おれの店なんだからおれのやり方でやらせてもらう!」

 ケイヴ氏は妻の連れ子である娘と息子と一緒に暮らしており、その晩、一家の夕食の席では取り引きの話が蒸し返された。ケイヴ氏の商いのやり方はだれからも認められていなかったところに起こったこの出来事は、父親のしでかした愚かしさの極みのように映ったのである。

「あんたは前にもあの水晶を売らなかったような気がするんだけど」そういった義理の息子は、手足のひょろひょろした、だらしない、分別に欠ける十八歳である。

「だけど五ポンドよ」義理の娘も口を挟んだが、二十六歳になるこの娘は、やたらに議論をしたがるのだった。

 それに対するケイヴ氏の答えは情けないもの。わしの商売のことなら、だれよりもわしがよくわかっとる、ともぐもぐとつぶやくだけだった。まだ食べ終わってもいないのに家族からは、さっさと店を片づけなさいよ、と店仕舞いに追いやられ、ケイヴ氏の耳はかっと熱くなり、眼鏡の奧では腹立ちの涙が浮かんだ。
「だったらどうしてあの人は水晶を陳列窓に置きっぱなしにしてたんだろう。まったくバカなんだから」
確かに、それが目下最大の問題だった。さしあたってどうすれば売らずにすむか、何の策も思い浮かばない。

 食事がすむと、娘と息子はめかしこんで出かけ、妻は二階に引き上げて、あれやこれや水晶の取引について思いを巡らしながら、砂糖入りのレモン湯をすすった。ケイヴ氏は店に入ると、夜更けまでそこから出なかった。表向きは金魚鉢用の飾りの岩を作るということにしていたのだが、ほんとうは秘密の目的があったのだ。それがなんであるかはやがて明らかになるだろう。

 翌日、ケイヴ夫人は水晶が陳列窓から、古い釣りの本の陰に移してあるのを見つけた。目立つ場所に水晶を戻しておいたが、そのことではもう夫とやりあうつもりはなかった、というのも神経性の頭痛のために、口げんかの気力もなかったのだ。ケイヴ氏はいつものように、言い合いを避けた。不愉快な雰囲気のまま、時間だけがたっていく。ケイヴ氏はふだんに輪をかけて、心ここにあらず、といったようすで、めずらしいことに興奮してもいるようだった。午後になって妻が日課の昼寝に上がると、水晶をふたたび陳列窓から移動させた。

 つぎの日ケイヴ氏は、とある病院の付属学校に、サメを届けにいかなければならなかった。その学校では解剖のために必要だったのだ。夫が家を出ると、ケイヴ夫人はまた水晶のこと、やがて手に入るであろう思いがけない五ポンドの、しかるべき使い道を考え始めた。すでにいくつか好ましい案はひねり出してある。自分のために、グリーンの絹のドレス、リッチモンドへの旅行、そのとき店の呼び鈴が鳴ったので、出ていった。客は試験監督で、先日注文しておいたカエルがまだ届いていない、と苦情を言いに来たのである。ケイヴ夫人は夫がこの種のものを扱うことが厭でたまらなかったのだ。いささか攻撃的な気分でやってきた紳士が、ほんの数言、交わしただけで引き下がった――紳士の態度は、市民としてすこぶる立派なものだったのだが。やがてケイヴ夫人の目は、自然に陳列窓の方へ向かった。水晶を眺めて、五ポンドと自分の夢を確かめようと思ったからである。ところがなんたることか、驚いたことに水晶はそこになかったのだ。

 ケイヴ夫人はカウンターにのせてあるロッカーの裏側にまわってみた。前の日に、そこで水晶を見つけたのだ。だがそこにもない。すぐに店のなかを必死で探し回った。

 サメを届け終えたケイヴ氏が戻ってきたのは、二時にまだ十五分ほど間のあるときだったが、店の中はひどいありさまで、半狂乱の妻はカウンターの裏ではいつくばって、剥製の材料をひっかきまわしていた。呼び鈴が鳴って夫が帰ってきたことを知るや、ケイヴ夫人は怒りでまっ赤になった顔をカウンターの上に突き出して、すぐさま「隠したんだね」と責め立てた。

「隠したって?」ケイヴ氏は聞き返した。

「水晶に決まってるだろ!」

 ケイヴ氏は見るからにぎょっとして、あわてて陳列窓に駆け寄った。「ここにあったんじゃないのか。ああ、こりゃ大変だ、いったいどうしたんだ」

 ケイヴ氏より一足早く家に戻っていた息子が奥の部屋から出てきて、なにしてんだよ、畜生、と罵った。通りの先の中古家具店で見習いをしている息子は、昼を食べに帰ってきたのに、食事の用意もできていないので、至極まっとうなことに腹を立てていたのである。

 だが、水晶がなくなったことを聞くと、昼飯のことも忘れて、怒りの矛先を母親から義理の父親に向けた。母親も息子もまず考えたのは、当然のことながら、父親が隠したのだ、ということだった。だが、ケイヴ氏は、水晶がどうなったか、天地神明に賭けて知らない、なんなら宣誓供述書を書いたっていい、とまで言い張り、興奮を募らせたあげく、まずは妻を、つぎには息子まで、おまえたちがこっそりと売るつもりだったのだろう、と責め始めたのだった。とげとげしい言葉のやりとりは、感情をむき出しにしたののしりあいとなり、とうとうケイヴ夫人がヒステリーとも気が変になったとも言えない状態に陥ったので、論争も中断したが、息子は午後、家具屋に戻るのが三十分も遅れてしまった。感情を爆発させた妻から、這々の体で逃げ出したケイヴ氏は店にこもった。

 夜になると、また水晶のことが蒸し返されたが、今度は娘が話を治めたぶん、それほど感情的にもならず、法廷のように進んだ。夕食の時間は不愉快なうちに過ぎていき、結局、とげとげしい雰囲気となった。たまらなくなったケイヴ氏は、とうとう怒りを爆発させて、表のドアを力いっぱい叩きつけていってしまった。残された三人は、その場にいないのを幸いとばかり、父親のことを勝手放題にこきおろし、水晶をが見つからないかと家の中を屋根裏部屋から地下室にいたるまで探しまわったのだった。

 翌日、例のふたりの客がまた店を訪れた。応対したのは、涙ながらのケイヴ夫人である。ええ、ええ、どなたもわかっちゃくれませんよ、このあたしがケイヴと一緒になってからこのかた、いったいどれほどひどい仕打ちをされたか、という雰囲気をまき散らしながら、水晶が行方不明になったことを事実をねじ曲げて言い立てた。牧師と東洋人は、顔を見合わせて、声には出さないまま笑い、ずいぶん奇妙なこともあればあるもんですね、と言ったのだった。夫人が自分の来し方を洗いざらい開陳しそうだったので、ふたりは店を出ようとした。そこでミセス・ケイヴは一縷の望みにすがりつき、もしうちの人から何か聞けたらお知らせしますから、と牧師の住所を尋ねたのだった。住所は確かに聞いてはみたものの、書きつけた紙の方はどうやらそのあと、どこにいったかわからなくなってしまったらしい。ケイヴ夫人は結局、何も思い出せなくなってしまったのだった。

 その晩のケイヴ家は、あらゆる感情を使い果たしてしまったかのようで、午後ずっと外に出ていたケイヴ氏も、陰気に押し黙ったままで夕食をとり、昨日の熱に浮かされたような言い争いとは著しい対比をなしていた。しばらくのあいだ一家は、緊張した雰囲気だったが、水晶もお客も、もう現れることはなかった。

 だが、ほんとうのことをいうと、ケイヴ氏はうそつきだったことを、わたしたちも認めなければなるまい。水晶がどこにあるかなど、すっかり知っていたのだから。ミスター・ジャコビー・ウェイス、ウェストボーン街のセント・キャサリン病院の実験助手の部屋にあったのだ。黒いヴェルヴェットに包まれて、アメリカ産ウィスキーのデカンタの横、サイドボードに置いてある。実は、この話を聞いたのはウェイス氏自身からで、ここで語っているさまざまなことはすべてその話に基づいているのだ。

 ケイヴはサメを入れたふくろに例のものを隠したまま病院へ行き、この若い実験助手に、自分の代わりに保管してくれるよう押しつけたのだ。最初、半信半疑だったウェイス氏は、ケイヴとは一風変わった友情を築いていた。変わり者が好きで、再三この老人を招いては、自分の部屋で一緒にタバコをふかしたり、酒を飲んだり、あるいは老人のおもしろい人生観や、とりわけ妻との話を聞いていた。ウェイス氏は夫人と顔を合わせたこともある。ケイヴ氏が不在の折りに、応対に出てきたからだった。ケイヴが絶え間なく干渉されていることは知っていたし、話を公平に聞いてみて、水晶を預かってやることにしたのだった。ケイヴ氏は、自分がここまでこの水晶にいれあげているわけは、のちにかならず納得がいくよう説明する、と約束してから、このなかには何かが見えるのだ、と断言した。そうしてその夜、ウェイス氏の下を訪ねたのだった。

 ケイヴ氏の話はひどくこみ入っていた。その水晶は、ある骨董屋の個人資産の強制競売があったときに、あれやこれやの半端物と一緒に買い入れて、その値打ちもわからないまま、十シリングの値札をつけておいたのだ。何ヶ月経っても買い手はつかないし、値下げを考え出した頃に、奇妙なことを発見したのだという。

 当時、彼の体調がことのほか悪かった――この体験のあいだ、彼の体調は悪化の一途をたどっていたことは、留意しておくべきであろう――し、加えて妻や血の繋がらない子供たちから、無視されたり、さらには虐待といっていいような仕打ちまで受けていて、かなり精神的に参っていた。妻は見栄っ張りで浪費家、冷たいうえに、隠れて酒を飲むようになっていた。義理の娘は意地が悪く、しかもうぬぼれがひどい、息子の方は反抗的で、ことあるごとに楯突くのだった。資金繰りもきびしく、ウェイス氏の推測では、ときに泥酔することもあったようである。恵まれた環境に生まれ、立派な教育も受けた人物ではあったが、当時は何週間にも渡る憂鬱状態と不眠とに苦しんでいた。妻を起こさないように、そっとかたわらから抜けだし、やりきれない思いを抱えて、家の中を歩き回る。そうして八月の終わり、午前三時頃、ふと店に入っていったのだった。

 薄汚れて狭い店は、あやめもつかぬ闇一色ではあったが、一箇所だけ、ひどく明るく光っている。近くへ行ってみると、水晶の卵が窓の手前のカウンターの隅に立っていたのだった。シャッターの隙間から差しこんだ細い一筋の光が水晶に当たって、卵の内部全体を光で満たしているようだった。

 ケイヴ氏の頭に、これは昔習った光学の法則と一致しないじゃないか、ということが浮かんだ。光線が水晶に当たって屈折し、その内部で焦点を結ぶというのなら納得もいくが、このように光が拡散するのは、自分の物理学的概念では説明がつかない。水晶のそばまで行って、のぞいたり、見回したりしながら、若き日々、現在の職業を選択させることになった科学的好奇心が、一時的によみがえったのを感じていた。驚いたのは、光は安定したものではなく、卵の形をした物質の内部で、身をよじるように動いている。まるで卵の内部は中空で、発光性の気体が入ってでもいるかのようだった。別の角度から見るとどうだろう、とあちこち移動しているうちに、不意に気がついたのは、水晶と光線あいだに自分が立ちふさがっても、水晶の光がいささかも弱くならないことだった。これにはひどく驚いて、水晶を光線が差しこむ場所から、店の一番暗い場所に移してみた。すると、四、五分は明るいままだったが、徐々に光は消えていった。日の光が細く差しこむ場所に戻してやると、光は即座に回復した。

 ケイヴ氏の話はずいぶん常識からは外れていたが、少なくともここまではウェイス氏にも実証することができた。自分でも繰りかえし、光線を当ててみた(光線は直径1ミリ以下でなければならなかった)。そうして完全な暗闇のなかで、たとえばヴェルヴェットでくるむなどしてやると、水晶は実際に、微かな燐光を、疑いようもなく発しているのだった。しかしながらその燐光は、通常のものとは異なるたぐいのもので、だれの目にも等しく見えるわけではないのである。というのも、ハービンガー氏、この名前はパスツール研究所の関係者として、科学に興味のある読者にはおなじみであろうが、彼の場合は、まったくどんな光も見て取ることはできなかったからである。また、ウェイス氏でさえも、その光を感受する能力は、ケイヴ氏にくらべればはるかに低いものであった。ケイヴ氏でさえ、能力にはかなりのばらつきがあった。一番はっきりと見えるのは、極度に衰弱して疲労の極にあるときだったのである。

 さて、最初からこの水晶の光は、ケイヴ氏に対してあらがいがたい魅力を放つものだった。孤独な魂には、一冊の感動的な書物よりもなお、深く語りかけるものがあったのだ。そのために自分が観察していることは、だれにも打ちあけてこなかった。これまでずっと、しみったれた悪意に囲まれて生きてきた彼が、何かしらの楽しみを持っていることを知られれば、失ってしまう危険が少なからずあったのだ。夜が明けてくるにつれて、光の拡散量が増えれば増えるほど、水晶はどこから見ても発光性を失っていく。しばらくのあいだは、夜間の、店の暗い一隅でなければ、水晶の中には何も見ることができなかった。

 だが、ヴェルヴェットの布を使えば――鉱物の標本の裏張りに使っていることからそれを思いついたのである――、さらに二重にして自分の頭から手元にかけてすっぽりとかぶせてしまえば、昼間でも水晶の内部で光の動きを見ることができるのだった。妻に見つからないよう注意を怠らず、実験は午後、妻が二階で昼寝をしているあいだだけ、カウンター下の引っこんだところで用心深くおこなったのである。そんなある日、水晶を手の中で回転させていると、何かが目をとらえた。閃光のように現れては消えてしまったのだが、彼の目には、水晶の内部に、ひろびろとした見知らぬ大地の光景が、一瞬、拡がったように映ったのである。もういちど回してみると、光が消える瞬間に、また同じ光景が見えたのだった。

 さて、ケイヴ氏の発見を逐一記述することは、退屈でもあるだろうし不必要なことでもある。要点のみを述べるに留めよう。すなわち水晶は、照射光線から約137度の角度で注視するならば、ひろびろと開けた風変わりな風景を、いかなる場合でも鮮明に映し出すのである。それは決して夢のようなあやふやなものではなかった。実在するもの特有の確かな印象がそこにはあり、光線が適切なものであればあるほど、一層現実らしく、また確かなもののように見えるのだった。同時に、動く絵でもあった。つまり、その風景のなかの物体が動いているのだった。ゆっくりとではあるが、実在のもののように、規則的なふるまいだった。光線や視点の角度の変化にともなって、情景も変化した。実際、卵形のガラスを通して風景を眺めていたとしたら、そうしてガラスを回転させて情景のさまざまな面をとらえたならば、そんなふうに見えてくるにちがいない。

 ウェイス氏はわたしに請け合ったのだが、ケイヴ氏の話は微に入り細に入りのもので、幻覚からくる印象特有の感情的な色合いは一切なかった、ということだった。だが、このことは忘れないでいただきたいのだが、ウェイス氏があらゆる手を尽くして、水晶の微かな乳白色の光のなかに、同様のはっきりした情景のを見ようとしても、ことごとくが不首尾に終わったのである。ふたりが受けた印象の強さにはずいぶんの差があり、ケイヴ氏の目に風景と映ったものが、ウェイス氏には曖昧な星雲のようにしか見えなかったのである。

 ケイヴ氏の説明によれば、その情景は決まって広大な平原で、いつもその場所をかなり高いところ、塔かマストのてっぺんのような位置から眺めているらしかった。平原の東と西は、はるか彼方、そびえ立つ巨大な赤土の絶壁が境界を作っている。その絶壁は、昔見た、何かの絵のようだったが、何だったかはウェイス氏も確かめられなかった。絶壁は北から南に――方位は夜空に見える星をもとに判断できた――ほとんど無限の彼方まで遠近法に沿って伸びていき、二本の線が合わさる前に、かすんで見えなくなってしまっていた。ケイヴ氏がいるのは、東側の絶壁に近いあたりだった。最初に見たときは、太陽が絶壁の上を昇っていくところで、空に舞いあがる無数の姿、太陽の光を背にしたときには黒く、絶壁の影を背にしたときは白い姿が見えたので、あれは鳥なのだろうとケイヴ氏は考えた。眼下にはさまざまな建物が拡がっていた。自分が見おろしているのはその建物であるらしい。情景の端はぼやけて屈折していて、この部分ははっきりしなくなっているのだ。奇妙なかたちの木、苔むしたような緑と美しい灰色の木が、広く、陽に輝く運河沿いに続いている。なにか巨大であざやかな色のなにものかが、情景を横切るように飛んでいった。ケイヴ氏が初めてこの情景を見たのは、ほんの一瞬だったのだが、手は震え、頭はくらくらし、映像も現れたかと思うと消え、すぐに霧がかかったように、はっきりしなくなってしまった。そうして最初のうちは、ひとたび情景の方向を失ってしまうと、もういちど見つけることはとんでもなく大変だった。

 つぎにはっきりとした情景が現れたのは、一週間ほどのちのことで、そのあいだにはいかにも期待の持てそうなものがチラッと見えたほかは、たいして有益な出来事もほとんどなかった。二度目の情景は、渓谷を縦方向に見おろすものだった。映像はちがっていても、自分はこの異世界の、まったく同じ地点から別の方角を眺めているのだ、という奇妙な確信は、のちの観察によって裏づけられた。巨大な建物の長い外観を、以前は屋根の部分を見おろしていたのだが、いまは遠近法によって消失していく位置に見ている。屋根には見覚えがあった。建物の正面には、きわめて大きい、どこまでも続いていくテラスがあって、なかほどに一定の間隔をあけて、巨大でしかも優雅なマストが立ちならび、てっぺんの小さな輝く物体が、夕陽にきらめいていた。その小さな物体が何を意味するものなのか、しばらくケイヴ氏にはわからなかったのだが、のちにその光景をウェイス氏に説明するとき、不意に思い当たったのだった。

テラスは美しい植物が密生する繁みにせりだすようなかっこうになっていて、テラスの向こうには芝地が広がり、そこに何かひらべったい生き物、カブトムシのような形ではあるがはるかに大きな生き物が、じっとしていた。さらにその向こうには、ピンクがかった石を美しく敷き詰めた道が続く。道を越えると、赤い草が生い茂る岸に沿って、幅の広い運河の鏡のように輝く水面が、遠くの絶壁と平行に渓谷を横切っていくのだった。空は優雅なカーブを描いて飛ぶ大きな鳥の群れで埋めつくされそうだった。運河の向こう岸には数多くの豪華な建物が、さまざまに彩られ、金属製の窓格子や壁面をきらめかせながら、地衣植物におおわれたような森や木立のあいだに立ち並んでいた。

不意に、羽ばたきながら視野を何度も横切るものがあった。まるで宝石をちりばめた扇か、翼をはためかせているようで、顔、というより、非常に大きな目をもった上頭部が、目前、まるで水晶のすぐ向こうにあるかのように見えてきた。度肝を抜かれたケイヴ氏は、その目があまりにも迫真的だったので、首を引っこめてうしろを振り返ってみた。夢中でのぞいていたせいで、自分が寒くて暗い店の中、メチルアルコールとカビと何かが腐ったような臭いに囲まれていることに気がついて、あらためてぎょっとした。まばたきしながらあたりを見まわしているうちに、水晶の光は薄くなって、やがて消えてしまった。

 ケイヴ氏が初めのころ抱いていた印象は、おおむね、このようなものだった。この話は不思議なほど直接的で、詳細でもある。渓谷の情景が浮かびあがった瞬間から、ケイヴ氏の想像力は奇妙なまでに影響を受け、自分が目にしている景色を細部まで観察しているうちに、驚きは情熱へと高まっていった。気乗りのしない商売を上の空でこなしながら、考えることはただ、水晶の観察にもどれるときが早く来ないか、ということだけだった。渓谷の風景を初めて見てから数週間後に、あのふたりの客がやってきたのだった。ふたりの申し出によって、緊張したり興奮したりしたことや、水晶がすんでのところで売却を逃れたことは、すでに述べたとおりである。

 さて、水晶がケイヴ氏だけの秘密であったあいだは、単なる不思議なことであり、こっそり寄っていってのぞくだけ、子供が禁断の園をのぞくのと同じようなものだった。ところがウェイス氏、若き科学研究者は、とりわけ頭脳明晰で、継続的な思考習慣のもちぬしだった。水晶とそれをめぐる話は深く動かされ、水晶の燐光を自分の目で確かめて、ケイヴ氏の言葉が何の根拠も持たないものではいことを自分でも納得したために、この問題の系統的な探求に乗り出したのである。ケイヴ氏の方は、ただもうやってきては不思議の世界を眺めて楽しむことに夢中だったので、毎晩、八時半から十時半までをそこで過ごしただけでなく、ときにはウェイス氏が不在の昼間のあいだにやってくることもあったし、日曜の午後にくることもあった。最初からウェイス氏は詳細な記録を残し、水晶の反応開始光線の進入角度と映像の方向の相関関係が明らかになったのは、彼の科学的方法があったからこそだった。ウェイス氏は水晶を暗箱に入れたが、その箱には小さな孔がひとつだけ、励起光線を取りこむために開けてあって、暗幕にしていた平織りの布を、黒い絶縁布にとりかえ、観察の環境を次第に整備させていった。そうやって、まもなくふたりは渓谷の情景を、望む方向で観察することができるようになったのだった。

 こうして条件は整ったのだが、ここでわたしたちは水晶の中の夢のような世界のことを、簡単に説明をしておこう。いかなる場合でも、出来事を観察するのはケイヴ氏、水晶をのぞきこみ報告する、研究のこの部分は、つねに彼に任されていた。一方、ウェイス氏はその報告を簡潔に記録した(科学の徒として暗がりで書き留める技術を身につけていたのだ)。水晶の光が弱まると、暗箱のしかるべき位置に設置して、電気光線を照射した。ウェイス氏は質問をしたり、観察するうえで困難な点を解決するための助言をおこなったりした。実際、これ以上に非幻想的で実際的な観測は不可能だっただろう。

 ケイヴ氏が早い段階から注目していたのは、例の鳥のような生物で、これは最初から毎回、大量に出現した。「鳥のよう」という第一印象はやがて修正され、つぎに昼行性のコウモリのようなものではないかと思った。やがて、ずいぶんグロテスクではあるけれど、天使ケルビムのようなものではないかと考えるようになった。頭は丸く、不思議なことに人間に似ていて、そのうちの一体が持つ眼に、二度目の観測で驚かされたのだった。彼らには幅の広い銀色の翼があったが、鳥のような羽毛ではなく、鮮度の良い魚のように輝く、微妙な色合いがゆらめく翼だった。この翼は鳥やコウモリのようなつくりにはなっておらず、ウェイス氏の研究によると、胴体から放射状にのびる、湾曲した肋骨のようなもので支えられていた(彼らの外観を描写するには、チョウのハネの湾曲した翅脈を考えることがもっとも適切であろう)。体は小さかったが、口のすぐ下に、ものをつかむのに適した二束の器官が、ちょうど触手のようについていた。ウェイス氏にはにわかに信じられなかったのだが、見たところ人間のそれとほとんど変わらない巨大な建造物や、見事な庭園を広大な渓谷に作り上げ、それを所有するのは、この生物であると、ついには認めざるをえなかった。ケイヴ氏の観察によれば、建物には不思議なところがいくつもあったが、ひとつには扉がないのだった。その代わり、自在に開閉する円形の大きな窓から、生物たちは出入りした。彼らはまず触手から着地すると、翼を棒ほどに細くたたんで、内部へぴょんと跳んで入る。なかにはもっと小ぶりの翼の生物もずいぶんいて、ちょうどトンボやガや飛んでいるカブトムシに似ていた。芝生の上には鮮やかな色の巨大なカブトムシが、のろのろと行きつ戻りつ、はいまわっていた。さらに道やテラスには、頭の大きな生物がいて、彼らは翼の大きな生物に似ていたが、翼はなく、手のような触手を忙しく動かして、ぴょんぴょんと跳ねていた。

 近くにある建物のテラスにそびえるマストの頂上に光る物体があることはすでにふれておいた。映像が特にはっきりとしていたある日のこと、ケイヴ氏が一本のマストをじっと見ているうちにしだいにわかってきたのは、その光る物体は、水晶、彼がのぞきこんでいるのとそっくり同じものだ、ということだった。さらに詳しく見るならば、二十本近くのマストそれぞれが、同じ物体をのせていることが確認できた。

 ときおり飛行中の大型の生物が、近くまで飛んでいき、翼をたたんで、たくさんの触手をマストにまきつけると、しばらく水晶に眺め入るようなことがあった――ときには十五分もそうしていた。ウェイス氏の助言に従って一連の観測を続けた結果、ふたりはつぎのような結論に達した。この幻想的な世界では、ふたりがのぞいている水晶は、テラスの一番端に位置するマストのてっぺんにのっているのだ。そうしてケイヴ氏がこの観察をしているときに、別世界の住人が、彼の顔をのぞきこんだのだ。

 以上がこの非常に奇妙な話の本質的な要素である。一切を、ウェイス氏の巧妙な作り話として退けるのでなければ、わたしたちはふたつのうちのどちらか一方を信じなければなるまい。まず、ケイヴ氏の水晶は、ふたつの世界に同時に存在している、という推測である。ただこれでは、一方の世界であちこち持ち運ぶようなことがあっても、他方の世界では同じ場所で変わらない、ということになって、これはまったく理屈に合わない。となるともうひとつの推理だが、それぞれ別の世界にある、互いにそっくりなふたつの水晶のあいだには、何か特殊な感応関係があって、こちらの水晶の内部に見えるものは、相応の条件のもとでは、これと対の別の世界の水晶の観察者にも見えているのではないか、というもの。当然、逆もまた同様であろう。目下のところ、実際、ふたつの水晶がどこまで「感応」しあうものか、わたしたちに理解するすべはないが、そういうことがまったく不可能ではないと考えても良いのではあるまいか。ふたつの水晶の「感応」という推論を立てたのはウェイス氏だったが、わたしには、少なくともそれはきわめてもっともらしいことのように思われるのだ……。

 となると、この別世界はどこにあるのだろうか。この点においても、ウェイス氏は活溌な頭脳を働かせ、速やかに光明を投げかけたのである。そこでは日没後、空は急速に暗くなり――実際、夕暮れが観測されるのはきわめて短時間だった――、星が瞬きはじめる。星は、わたしたちが見ているものと同一で、星座の配列も同じだった。ケイヴ氏は大熊座、プレアデス星団、アルデバラン、シリウスを認めた。ということは、この別の世界は同じ太陽系のどこかで、わたしたちの地球から、せいぜい数億キロのところにちがいない。この手がかりをさらに追求したウェイス氏は、深夜の空が、地球での真冬の空よりもまだ濃い青であること、そうしてまた太陽はいくぶん小さいことを突きとめた。しかも、小さな月がふたつある! 「地球で見る月のようだが、それよりも小さく、しかも著しい相違が見られ」、一方は他方より目ではっきりととらえられるほど速く動いている。こうした月は、天空高く上ることなく、上ったかと思うと消えてしまう。すなわち、ふたつの月は惑星にあまりに接近しているために、公転のたびに蝕を起こしていたのである。これらすべての条件を完全に満たすのは、ケイヴ氏には知る由もなかったが、火星以外にはあり得ない。

 確かに、この水晶をのぞきこんでいるケイヴ氏が、実際に火星と火星の居住民を見ている、ということは、きわめて信憑性の高い結論といってかまわないだろう。それが事実であるならば、情景のなか、遙か彼方の空に明るく輝く星は、ほかならぬわが地球ということになるのである。

 しばらくは火星人たちも――彼らが火星人であるならば、ではあるが――ケイヴ氏が観察していることには気がついていないようだった。一度や二度、のぞきにやってきたが、すぐにほかのマストに移ったのは、この水晶の映像が満足すべきものではなかったためらしい。その時期は、ケイヴ氏も翼を持った人々の行動を、気づかれることなく観察できたし、報告も、曖昧で断片的であるのはやむを得なかったが、それでも教えられることは十分にあったのだ。考えてもみてほしい、厄介な準備の手順を踏んで、相当に目に負担をかけながら、セント・マーティン教会の尖塔のてっぺんからロンドンをのぞく、それも一度にせいぜい四分かそこら、となると、火星人が観察する地球人はどんな印象を与えていたか。

 ケイヴ氏には突きとめることができなかったのだが、翼のある火星人と、舗装道やテラスをぴょんぴょんと跳ねている火星人は同じ種族で、後者も翼を任意に取りつけることができるのかもしれなかった。そのほかに、よたよたと二足歩行する、いささかサルを思わせる、白くて部分的に透き通った生き物を見かけることもあった。地衣におおわれた木々のあいだで何か食べていたが、一度、群れのうちの何匹かが逃げ出したこともあった。例のぴょんぴょん跳ねる頭の丸い火星人が一体、現れたのである。火星人は触手で一匹つかまえたのだが、その瞬間、映像が急に消えて、ケイヴ氏は暗闇のなか、いても立ってもいられない思いをしたのだった。巨大な物体が現れたこともある。ケイヴ氏は最初それを巨大な昆虫であると考えたのだが、運河脇の舗装道を、ものすごい速さで進んでいくのだった。近づくにつれて、金属の光沢を持つきわめて複雑な構造の機械であることがわかった。もっとよく見ようとしているうちに、視界を過ぎてしまった。

 やがてウェイス氏は火星人の注意を引くことを思い立った。あの奇妙な目玉が、つぎに水晶に近づいてきたときに、ケイヴ氏は大声をあげて飛びのいて、すぐに光を当てて、身ぶりで信号を送ってみた。だがケイヴ氏がもういちど水晶をのぞくと、火星人の姿は消えていた。

 十一月の初めには、観察はここまで進み、水晶に対する家族の疑念も薄らいだように感じたケイヴ氏は、水晶と一緒に行ったり来たりするようになった。昼夜を問わず、機会があるごとに慰めを得ようとしたのである。こうして水晶は、ケイヴ氏の人生で唯一、かけがえがないものと思えるまでに急速に成長していったのだった。

 十二月になると、ウェイス氏の仕事は試験が近づいて忙しくなり、水晶の観察も残念ながら、一週間ほど中断せざるを得なくなった。そうして十日か十一日ほど――正確には覚えていないが――ケイヴ氏にも会わないまま日が過ぎた。やがてウェイス氏はどうしても調査を再開したくてたまらなくなり、季節ごとの仕事も区切りがついてきたので、セヴン・ダイヤルズ街に出向いたのだった。角まで来ると、小鳥屋の窓によろい戸がおりているのが見え、さらに靴屋も同様だった。ケイヴ氏の店は閉まっていた。

 ウェイス氏がノックすると、喪服に身を包んだ義理の息子がドアを開けた。息子はすぐに母親を呼んだ。ウェイス氏は観察しないではいられなかったのだが、夫人は安っぽいくせにごてごてと派手な模様の喪服を着こんでいた。夫が亡くなって埋葬もすませたというケイヴ夫人の言葉にも、もはや驚くことはなかった。ケイヴ夫人は涙を流し、声もいささかは沈んでいた。いましがたハイゲート共同墓地から戻ってきたところなんです、という。自分の行く末と、どれだけ立派な葬儀をあげたかで夫人の頭はいっぱいらしかったが、それでもウェイス氏は、なんとかケイヴが亡くなったことの詳細を聞き出すことができた。早朝、店で遺体となって発見されたのだ。ウェイス氏のところから帰った翌日、石のように冷たくなった両手で水晶を握りしめていたという。うちのひとはほほえんでるみたいでした、鉱物の標本の裏張りにするヴェルヴェットの布が足下の床に落ちてましてね、とケイヴ夫人は説明した。おそらく見つける五、六時間前に死んだんでしょうね。

 これにはウェイス氏もひどい衝撃を受けた。老人の体調が悪化している明らかな徴候を、自分は無視したのだ、と、自責の念も起こった。だが、なによりも気になったのは水晶のことだった。その話題にはきわめて慎重にふれていった。というのも、ケイヴ夫人の性格をよくわきまえていたからだった。だが、売ってしまった、という返事には呆然とした。

 遺体が二階に運ばれて、最初にケイヴ夫人が考えたのは、水晶に五ポンド出そうと申し出た変わり者の牧師に、見つかった旨、手紙を書くということだった。だが、どれだけ必死で探しても、娘も手伝ってくれたにもかかわらず、住所を書いた紙は見つからず、とうとうあきらめないわけにはいかなくなった。一家には、昔ながらのセヴン・ダイヤルズ街の住人が求める、形式に則った葬式と埋葬のための費用がなかったので、グレート・ポーランド街に住む親しい同業者に泣きついた。同業者は親切にも、店の在庫の一部を評価額で引き取ってくれたのである。見積もりは同業者がおこなったのだが、そのなかにあの水晶の卵も含まれていたのだった。

 ウェイス氏は、その場にふさわしいお悔やみの言葉を、いくぶんおざなりに口にしたあと、グレート・ポーランド街に急いだ。だがそこでわかったのは、水晶の卵はすでに、灰色の服を着た、長身で色の黒い男が買ってしまったということだった。この奇妙な、少なくともわたしにとってはきわめて示唆に富む話の重要な部分は、ここでいきなり断ち切られることになる。グレート・ポーランド街の古物商は、灰色の服を着た、長身で色の黒い男がだれか知らなかったばかりか、どのような外見をしているか詳しく説明できるほど、注意深く見るようなこともなかった。店を出て、どちらの方角へ向かったのかさえ、見なかったのだった。しばらくのあいだウェイス氏は店に残って、見こみのない質問で店主をわずらわせながら、憤懣やるかたない気持ちをまき散らした。だが、ついに自分の手から何もかもが滑りおち、夜の幻のように消えてしまったことを認めないわけにはいかなくなって、自分の部屋に戻ったのだった。そうして、自分が記録したメモが、乱雑な机の上にのったまま、手でふれることも、見ることもできるのを見て、奇異の念に打たれたのである。

 ウェイス氏のいらだちと落胆は、当然ながら、深いものだった。グレート・ポーランド街をもう一度訪ねてみることもした(そうして同じように何の収穫もなかった)し、骨董品の収集家が好んで手に取りそうな雑誌に広告を打つこともやってみた。《デイリー・クロニクル》や《ネイチャー》という新聞や雑誌に手紙を書いたこともあったが、どちらも根も葉もないことではないかと疑われ、活字になる前に、再考を求められた。このように奇怪な話を物証の裏づけもないまま発表すると、残念ながら、貴殿の科学者としての評判を損なうことになるかもしれません、という助言まで受けたのである。さらに、本業のほうからの求めにも応じなければならなかった。そこで一ヶ月ほどもすると、古物商のいくつかに定期的に問い合わせるほかは、しぶしぶ、水晶の卵の探索を断念せざるをえなくなったのだった。その日からいまに至るまで、水晶の卵は見つかっていないのだ。だが、ときおり、ウェイス氏はわたしにこんなことを言い、わたしもそれは本心だろうと思っている。ぼくはね、求める気持ちに身を焼かれるような気がするんです。差し迫った仕事を投げ出して、探しに出かけてしまうんですよ。

 水晶がまだどこかにあるか、何から何までことごとく、永久に失われてしまったか、いずれにせよ、いまのところはどちらとも言えないことである。現在のもちぬしが蒐集家なら、ウェイス氏の問い合わせが古物商を通して伝わる可能性も期待できる。ケイヴ氏の店に現れた牧師と「東洋人」も見つかった――ジェイムズ・パーカー師と、ジャワ国のボッソ=クニ王子だったのである。わたしはどうあってもくわしい話を聞きにいかなければならなかった。王子が水晶をほしくなったのは、単に好奇心からだった――それに、贅沢でもあった。どうしてもほしくてたまらなくなったのは、ケイヴの売り惜しみする態度が奇妙だったためらしい。二度目の買い手も同じように、たまたま目に留まっただけ、蒐集家とは縁もゆかりもない可能性もある。もしかしたら、水晶の卵はいまこの瞬間にも、わたしからほんの数キロ先にあって、応接間を飾ったり、文鎮として使われていたりするのかもしれない――その特筆すべき機能など知られないままに。事実、そんな可能性を考えたこともあって、わたしはこの体験を、一般の物語の読者の目にふれるように、こうしたかたちで明らかにしたのである。

 この問題についてのわたし自身の見解は、ウェイス氏のそれとほとんど同じである。火星のマストの頂上の水晶と、ケイヴ氏の水晶の卵は、物理的な、だが現在では未だ説明できないような方法で、感応しあっているのだと考える。さらに、地球上の水晶は、――おそらくははるか昔に――火星からこちらに送りこまれたものにちがいない。火星人たちが、わたしたちの出来事を身近で観察する、という目的で。おそらくはほかのマストのてっぺんにある水晶に感応する水晶の卵もまた、地球上にあるのだろう。一時的な幻覚などという理論では、これら事実をとうてい説明することはできないのである。



The End




霧に閉ざされた未来


1897年、地球に「火星人」の物語が誕生した。それがこの『水晶の卵』である。

国立科学博物館の「火星人はいるのですか」というページには、人々が火星人のイメージを作り上げていった経緯が説明してある。暗い細い模様がいつのまにか「運河」となり、そこから高い知性を持つ人々が想像され、さらには火星の重力から、タコ型の火星人が造型されていく。そうしてウェルズはこのイメージを元に物語を作り上げた。

翌年の『宇宙戦争』では、もっと火星人は華々しく活躍(?)する。なにしろ地球に武力で侵略してくるのだから。この作品をラジオドラマ化したものが、全米をパニックに陥れたことは有名だろう。いまだにアメリカではこのパターンの映画やドラマが繰りかえし作られている。ある日突然、宇宙から侵略される、というのは、以来、アメリカ人にとってはオブセッションになったのかもしれない、と思うくらい、引きも切らず作られている。そのすべての発端がウェルズの『宇宙戦争』だ。

ただ、前作にあたる『水晶の卵』は、『宇宙戦争』とはずいぶん趣がちがう。まず、火星人が登場するのは、半ば過ぎてから。短編の前半は、骨董屋店主ケイヴ氏をとりまく描写に費やされるのだ。

暗く、薄汚い、雑多なものがごたごたとした店内。ささくれだったような家庭内の雰囲気。年老い、健康を害したケイヴ氏の毎日が、くすんだ色調で描かれる。

そうしてわたしたちの前にも出現した水晶の中の情景なのだが、ウェルズは確定的なことを何一つ書かない。これもどこまでいってもよくわからない情景なのである。水晶の卵の目的も、火星人が地球を観察するためではないか、と暗示されてはいるのだが、それさえも、ケイヴ氏ひとりの幻影である可能性は否定しない。

一方で、ケイヴ氏が見ている光景は、奇妙にリアルな、しかもサイケデリックな世界なのである。どこまでも続く巨大な建物にそびえ立つ何本ものマストや運河、運河沿いの赤い草。翼を持った奇妙な火星人たち。このテクニカラーの情景は、くすんだ現実世界と際立った対比を成しているせいで、この世のものとは思えないにもかかわらず、現実のケイヴ氏を取り巻く世界より、よほどはっきりとあざやかなのである。

確かに研究者であるウェイス氏は光の存在を認めている。それでもその情景はケイヴ氏にしか見えない。読んでいくわたしたちは、どちらともつかない宙づりにされた状態のまま、物語の終わりを迎えてしまう。ウェルズは周到に、どちらかに決着させることを拒んだかのようだ。

H.G.ウェルズには、「現代SFの父」という冠がかぶせられる。ただウェルズ自身が作家活動を続けたのは五十年にも及び、作品は百を超えているのだが、SFを書いたのは最初の五年ほどで、1900年に入ると作品は社会性の強い普通小説になっていく。とくに有名なのが、二十世紀初頭に発表された『トーノ・バンゲイ』で、下層中産階級に生まれた野心的な、作者と重なり合うような経歴をもつ主人公が、頭の良さを生かして成り上がっていく。やがてウェルズはフェビアン協会の空想的社会主義にも傾斜していき、政治活動にも手を染めるようになる。

ただ、やはり日本ではウェルズというと、SF作家のイメージが強い。
わたしは小学生の時に『透明人間』を読んだのが初めてだったのだが、その前に読んだジュール・ヴェルヌの作品が明るいものだったせいか、あるいはマンガか何かで読んだ透明人間がそうだったのか、漠然と透明人間のコミカルな日常が語られると予想しながら読み進んでいたら、どんどん話は暗く、陰鬱で痛ましいものになっていくのに驚いたのだった。小学校三年生のときに読んで以来読み返していないのだが、ものを食べ、それが咀嚼されて胃におさまったときの描写や、あるいは階段をあがっていく部分の描写など、異様にはっきりと記憶にある。
以来、SFというと、霧に閉ざされたような、どこか閉塞感のある作品世界を常にイメージするようになってしまうのだが、これは、中学に入って本格的に読み出したSFが、フィリップ・K・ディックだった、というのも大きいのかもしれない。
わたしにとって未来とは(それも、自分が生きていないほど先の未来とは)人工的で、太陽光の照らすことのない、暗く閉塞した、霧に閉ざされたような世界だった。

いま、ここで訳すために久々に『水晶の卵』を読み返してみて、不思議な既視感にとらわれる。もちろん昔、読んでいたから当たり前、といえばそうなのだけれど、何もかも、よく知っている光景のような。
それはどういうことかというと、おそらくこのケイヴ氏の骨董屋の飾り窓から、さまざまな作品が生まれていったということなのだ。たとえばこの、『水晶の卵』から五十三年後に描かれたブラッドベリの『火星年代記』のように。

 その水晶の柱の家は、火星の空虚な海のほとりにあり、毎朝、K夫人は、水晶の壁に実る金色の果物をたべ、ひと握りの磁力砂で家の掃除をする。その様がよく見えた。…略…
二人とも、真正の火星人らしい茶色がかった美しい肌と、黄色い貨幣のような眼と、やわらかい音楽的な声のもちぬしである。かつて二人は、化学薬品の炎で絵を描いたり、葡萄酒の木が緑色の液体で運河を満たす季節には水泳をしたり、談話室の青い燐光を放つ肖像画のそばで語り明かしたりすることが好きだった。

(レイ・ブラッドベリ『火星年代記』小笠原豊樹訳 ハヤカワ文庫)


初出Feb.12-19 2006 改訂Feb.24, 2007


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