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鶏的思考的日常 ver.31〜目に若葉 気づいたときは一年後 編〜



2009-06-02:宇宙人の襲来の代わりに

つい先日まであれほど大勢の人がマスクをかけていたというのに、今週になるとみんなが示し合わせたわけでもあるまいに、マスクをかけている人の姿はかき消えてしまった。国内で初めて渡航歴のない感染者が出現した週には、薬局という薬局からマスクの姿は消え、入荷予定日には、開店時間のはるか前から店の前に行列ができていたほどだったのに、いまとなっては、あれは一体何だったのだろう、と思うばかりだ。

ちょうどそのころ、ゴミを出しに行ったついでに、すぐ近所のスーパーに行った。目と鼻の先の店にマスクもしないで入ったところ、買い物客のなかにはわたしに対してひどく厳しい視線を向ける人もいたのだ。おそらくそれは、わたしがインフルエンザにかかることを心配してくれているわけではなくて、マスクをしていないという逸脱をとがめる目だったのだろう。別にわたしは咳をしていたわけではなかったのだが。

さて、この「新型インフルエンザ」も、一種の「宇宙人の襲来」なのである。別にインフルエンザウィルスをもたらしたのが宇宙人である、などという荒唐無稽なことが言いたいわけではない。つまり、わたしたちにとって、新型インフルエンザというのは、ちょうど宇宙人が襲来してきたように、一致団結して当たらなければならない一大事ということだったのだ。

「宇宙人の襲来」並みの一大事だから、日常のあれこれは棚上げする。そのために、それが一体どのような効果をあげるかまったく予想がつかなくても、その結果どうなるかは定かではなくても、学校は休みにするし、子供は家に閉じこめておく。「不要不急」の外出はやめるように言われ、たとえ発病者がいなくても、大阪の中学生は修学旅行先に受け入れてもらえない。それもみな、「人類の敵」である新型インフルエンザと、一致団結して戦うためだ。

だが、このインフルエンザは新型であっても、「弱毒性」であることは、早いうちから指摘されていた。これがほんとうに「宇宙人の襲来」並みの「一大事」だったのだろうか。過ぎた(?)から言えることなのかもしれないが、季節性インフルエンザと同様の対応で足りた、すなわち、日常レベルの対応策で十分だったのではないか。

わたしたちの日常生活というのは、さまざまな矛盾に満ちている。日常の些細なことを棚上げする、ということは、そのさまざまな矛盾も一緒に棚上げするということだ。
わたしたちが「新型インフルエンザ」に、あるいは少し前なら「百年に一度の大不況」に夢中になってしまうのも、ほんとうのところは日々のささやかな矛盾、あちらを立てればこちらが立たず的な状況の中で生きることを棚上げしたいからではないのだろうか。

「宇宙人の襲来」映画があれほど繰りかえし作られるのも、わたしたちはどこかでそれを待っているからなのだろう。みんなが一致団結して解決に立ちあがることができる機会を。自分の能力が、人類のため、地球のために発揮できるような機会を。だから「不況」や「インフルエンザ」を「宇宙人の襲来」の代用にして、日々の矛盾を棚上げし、一致団結を図ろうとしているのだ。たぶん。

鶏頭




2009-06-01:宇宙人が攻めてこなくても

SF映画というと、そのほとんどが宇宙人が地球を侵略しにやってくるというものだ。その嚆矢となった小説『宇宙戦争』を書いたのはH.G.ウェルズで、彼はイギリス人ではあるが、そののちあきれるほど繰りかえし作られた映画は、ハリウッド製のものが圧倒的に多い。世界最強の軍事力を擁する、自国を侵略されたことのないアメリカが、ほんとうのところ恐れているのは、地球外からの侵略者だけなのかもしれない。

たいていそんな映画は、宇宙人の襲来を受けて、地球はあわや全滅の危機に陥るが、やがて人類は一致団結し、立ち向かっていく。

もちろん悪役も用意されていて、彼らは同じ地球人であるにもかかわらず、異なる民族に対して偏見を持っていたり、あるイデオロギーをかたくなに信奉していたりする。あるいはまた自己中心的で、自分一人が助かろうとする者も出てくる。彼らのおかげで、反撃しようとする地球人の団体は、危機に瀕することになるのだが、妨害行為を働く連中は、結局宇宙人にやられてしまったり、逆に改心したりして、結局地球人の大同団結は成し遂げられる。大同団結した地球人に怖いものはない。はるばるやってくる円盤を制作するほど高い技術力を持った宇宙人だって、結局のところ、倒してしまうのである。

ストーリーのなかでは、さまざまな人が、それぞれにその人の持つさまざまな能力を生かすことになる。人類のために献身することと、能力の発揮が、ぴたりと重なり合う、まさに理想的な状況が生まれる。献身は、ときに自己犠牲をもともなうもので、そこに感動的な音楽がかぶせられて、観客の涙を誘うようなシーンまで用意されているのだ。

だが、そんな場面を見ると、どうもわたしは「待てよ」と思ってしまう。確かに自分の能力を発揮される場が与えられるだけでなく、それが人類や地球を救うことにもなれば、その人は何とも言えない、最高の充実感を味わうことだろう。

そしてまた観客は、自分と同じような平凡な(に見える)主人公が、献身的に人類を救うのを見て、一種のカタルシスを得るわけだ。

わたしたちの日常は、宇宙人の襲来とは縁がない。実際、宇宙人が来た暁には(?)、まっさきに放り出さなくてはならないような、人類の運命とも地球の存亡とも縁のない、ごくごくささやかな個人的な生活にかまけて日を送っている。映画の主人公も、最初はそんなパッとしない日を送っているのだが、宇宙人の襲来と共に、彼の生活は一変する。それを観る観客は、言ってみれば宇宙人の襲来が延々と先送りされているようなもの、と言えるかもしれない。ばくぜんと、宇宙人が攻めてこないかなあ、と半ば無意識のうちにそんな日が来ることを待っているのかもしれない。

だが、考えてみれば、そんな「大変なこと」が起こったときの献身にしても、自己犠牲にしても、それは結局その人にしてみれば「巻き込まれているだけ」なのだ。確かに、ひりひりするほどの充実感は得られるかもしれない。けれど、それはほんとうにどこまで「献身」だったり「自己犠牲」だったりするのだろうか。

そんなふうに考えていけば、ささやかな営みを続けている自分の日常が、自分のことにかまけていて、大事における献身が、すばらしい行為ともいえなくなってくる。 むしろ、何も起こらない日々を、何も起こらないように回していくことこそが大切に思えてくる。

もちろんそんな毎日は映画にはならないだろう。
だが、映画にはならない日々であっても、自分が自分のストーリィの主人公として生きるのだから、それ以上に楽しいことはないんじゃないだろうか。

鶏頭




2009-05-31:疲れてしまう人

以前、職場が同じだった人と久しぶりに顔を合わせた。一緒に仕事をしていた頃は、その人とこれから顔を会わさなければならないと思っただけで、頭の上に雨雲がたれこめてくるような気がしていた人だったから、駅のホームで、電車から降りてきたその人とばったり顔を合わせたときには、正直、やれやれと思ってしまった。

頭をひとつ下げてやり過ごそうとしたのだが、向こうは、久しぶり、元気だった? と呼び止める。そういえば、以前は相手のことをうっとうしがっている自分が後ろめたくて、必要以上に気を遣い、とかくもめごとを起こしやすいその人となるべく摩擦を起こさないように慎重な口を利いていたことを思い出した。周囲から浮きがちだったその人からしてみれば、何かと気を遣ってくれるわたしは、心安くつきあえる人間のひとりだったのかもしれない。

電車は出たばかり、快速に乗るつもりでいたのだが、もうこうなればなんだっていい、つぎに来た電車に乗ることにして、あきらめてこちらも立ち止まった。

いきなり「どうしてるの、仕事はあるの」と聞いてくるから、「ええ、おかげさまで(誰のおかげにしても、あんたのおかげじゃないけどね、と胸の内で憎まれ口を叩きながら)なんとかやってます」と当たり障りのない返事をしたところ、いまどこにいるの、そこはどうなの、いくらぐらいもらってるの、契約期間は……と畳みかけるようにして聞いてくる。そのうち、数ヶ月ほど前に急逝した当時の職場の上司のことに話題は移って、急だったよねえ、やっぱりガンだったんでしょうね、あんなに身体を鍛えてたのにねえ、あはは、死んじゃったら何にもならないよねえ……と言い出したあたりで、ああ、相変わらずだ、ほんとにこういう人だった……と、うんざりしてしまった。

当時、わたしはその人と一緒にいると、不快になるだけでなく、すっかり疲れてしまって、なんでこんなに疲れてしまうのか不思議だった。自分が嫌いな人と一緒にいるから疲れるんだろうか、それとも疲れるから、この人のことが自分は嫌いなんだろうか、とよく考えたものだ。

一緒にいて楽しい人が相手なら、疲れるどころではない。話のやりとりが楽しいだけでなく、気持ちはのびのびとし、さまざまな刺激を受けて頭はめまぐるしく回転する。よし、これからもがんばろう、と元気もでてくるし、その人がいることがはげみになる。そのひとときが過ぎて、日常に戻ったあとでも、一緒に過ごした記憶は胸を暖めてくれる。相手の言葉を反芻するうちに、次第に自分の考えや行動を見直すことができるようになり、またがんばろう、という気持ちが生まれてくる。

そう考えると、まるでこちらのエネルギーを吸い取ってしまう人と、活力を与えてくれる太陽のような人の二種類がいるように思えてくる。事実、わたしも今日までどこかばくぜんとそんなふうに考えていたのだった。

ところが今日、久しぶりに話してみて気がついた。
わたしがその人と話をしていていつも疲れていたのは、自分が相手の話を聞きながら、きっといらいらさせるようなことを言うにちがいない、と、身構え、神経をすり減らしていたからだ。

確かにその人のものの見方・考え方は、わたしとはちがう。わたしはそんなふうに物事をとらえたりしないし、人の行動もその人のように受けとったりはしない。けれども、その人のものの見方・考え方と自分のそれを、別に一致させる必要はないのだ。

その人の話を聞いて、わたしはよく憤慨したものだったが、別にその人の話を聞いたからといって、わたしがその人のような考え方をするようになったわけでもなければ、同じ意地悪な見方をするようになったわけでもない。その人と話したおかげでわたし自身が損なわれたわけではなかった。

自分をいやな気持ちにしていたのは、ほかならぬ自分だったのだ。勤勉な学生が授業の予習をするように、相手の言葉をいらいらしながら待ちかまえ、あとになってからあんないやことを言っていた、こんないやことを言っていた、と復習を欠かさずにいた。実際の授業はそこまで勤勉ではなかったくせに、そんな相手にだけ、せっせと予習・復習していたのである。

話しながらそのことに気がついたわたしは、その人と話をして、初めて気持ちよく別れることができた。
この人は、これからもこの人であり続けなければならない。けれど、わたしはこの人から離れることができる。電車が駅を出るころには、すっかり忘れることもできるのだ。そう思ったら、なんだかうれしくなってしまったのだった。

鶏頭




2009-05-29:年功序列主義者

運動部に所属したことはないのだが、たまに「体育会系みたい」と言われることがある。昔から、それがたとえほんの一学年であっても、上の人に向かってはぞんざいな口が利けないのである。

おそらく「三つ子の魂百まで」で、やはり家で幼児期にたたき込まれたものなのだろう。どのように教えられたかははっきりと記憶にはないのだが、「親に向かってそんな口の利き方をして良いと思ってるの」などということはしょっちゅう言われた。近所の人や、親戚に向かっての挨拶の仕方も、口やかましく仕込まれたのだが、親が近くにいなくても、年長者に向けては敬語を使わずには話せなくなってしまっていることを、自分でもはっきりと意識するようになったのは、「先輩」という言葉を使うようになった中学以降だったろうか。

言葉遣いというのは、お互いの関係を決めることにもなるので、言葉を崩さないでいると、仕事の場面ではともかく、プライベートな場面では、どうしてもいくぶんは気を置いた、堅苦しい関係になってしまう。

部活動では、同じ女の子同士だと、ひとつふたつ上でも、同級生に相対したときと同じように話している子も少なくなかった。同年代の気の置けない相手に対してしゃべるような「だからさあ」「あのさあ」「だってそうじゃない?」とおしゃべりしているその横で、わたしは「××先輩、譜面台はどこにしまったらいいんでしょうか」と堅苦しい話し方をしていたのだった。「“××先輩”なんて呼ばないで、あたしのことはノッコって呼んで」と言われると、「ノッコ先輩」と呼んでいたような気がする。逆に、自分が上級生になって下級生から「タメ口」を利かれても、別に不快感は覚えず、逆に、その自由さがうらやましかった。

一度、こんな経験をした。
ある年の夏休み、毎日のように友だちと近所の公立図書館で勉強していた、というか、正確にいうと勉強はあまりしなかったのだが、図書館には通っていたのである。そこで、同じように毎日来ている他校の男子生徒から、ときどき声をかけられた。
「学校、どこ?」というのが、たいてい皮切りの文句で、ああ、それなら誰それを知ってる? 中学のとき一緒だったんだ……というのがお定まりの展開だった。

その日、わたしと友だちが書架のところで、本を見ながら雑談していたところへ、いつも自習室で勉強しているのとはちがう、ちょっと大人っぽい感じの男の子がやって来て、例の「学校、どこ?」という話を始めた。彼が「Aを知ってる?」と出した名前は、わたしたちより二学年上の、その年東大の医学部に現役で合格した、“ものすごく頭がいい”という評判が下級生にまで鳴り響いていた名前だった。

「同じ中学にいらっしゃったんですか」
とわたしが特に深い考えもなくたずねたところ、
「いらっしゃった、か」
と、相手は唇を歪め、いやな笑い方をしてわたしから眼を背けた。

わたしが敬語をつかったのは、単に相手が年長だからに過ぎなかったのだが、どうやら相手は「A」のおかげで自分の格まで上がったのか、と考えたらしかった。
それは誤解だ、そんなつもりはなかった、と言いたかったのだが、相手はそのまま向こうへ行ってしまった。誤解されるということは、初対面であっても、さらにはこれから先も、ほとんど関わりがなさそうな相手であっても、気持ちが悪いのだなあ、と思った経験でもあった。

もしそのときに、「そう、同じ中学だったんだ」とわたしが言っていたら、そこから話も続いていただろう。別に話したい相手でもなかったのだが、言葉遣いひとつで人を不快にさせてしまった経験は、自分にとって「痛い」経験だった。

だが、その後もやっぱりわたしは自分より学年が上の人に対しては、丁寧なしゃべり方をしてしまう。そうでないしゃべり方をしようとしても、気持ち悪くなってしまうのである。「わたしにそんな気を遣わなくていいよ」と相手から言われるようなときは、気を遣っているのではなくて、こういうしゃべり方しかできないんです、と、相手にもあきらめてもらうことにしている。

先日、道を歩いていたら、目の前にいた中学生が、「あいつ、めっちゃアタマくんねん」と怒っていた。「一年のくせに、おれにタメ語使いよんねん」

先生にもとんと敬語を使わなくなった、と評判の、最近の中学生であるが、同じ部活の内部では、やはり敬語は重要なものらしい。

鶏頭




2009-05-27:タリスマン

以前、「猿の手」を訳したときに、talisman をどのような日本語に当てはめようかずいぶん考えた。そもそも「猿の手」が、その talisman なのである。

辞書には「お守りや魔除け、まじない札」とある。だがこの「猿の手」は、どう考えてもお守りでもなければ、まじない札でもなく、逆にまがまがしい何ものかを呼び出す大変なものだから、とりわけ正体が明らかになってからは、絶対に「お守り」なんかではない。だから本文を訳すときには「願い事をかなえるもの」のような日本語を当てた。

さて、外国人に神社などでもらってきたお守りをプレゼントするときには、これは日本のタリスマンだ、と言えば大丈夫だ。日本の神社の、とか、ジャパニーズ・ゴッドの、という話になると、宗教がからんでとたんに話はややこしくなるし、わたしたちの多くは信仰を持ってお守りをかばんにぶら下げているわけでもない。言ってみれば、海外旅行に行く前の“飛行機が落ちませんように”、受験前の“試験に合格できますように”といった、本人でさえどこまで信じているかは定かではないが、何となく持っていると気休めぐらいにはなるようなものだから、まさに“タリスマン”という言葉こそがふさわしいはずだ。

逆に言ってみれば世界のあらゆる国や地域で、大昔から人びとは何らかの“タリスマン”を持っていたのだ。猿の手ならぬウサギの脚をキーホルダーにして腰にぶらさげている外国人はめずらしくないし、小さな木ぎれをポケットに入れている人を見たこともある。

その人がポケットの何かを探すために、テーブルに中身を全部ぶちまけたのだ。小銭やら鍵やらに混ざって、なぜか一緒に木ぎれが出てきたのである。ありきたりの木の切れっ端である。ずいぶん持ち歩いているのが長いのか、手垢というのか、端が擦れ、変色し、てらてらと光っていた。
「これは?」と聞くと、「タリスマンだ」という。道で車に轢かれた動物の死骸を目の当たりにしたときのように、何か見たくないものを見たとき、遭遇したくないような出来事に遭遇したときにそれにそっとふれて、災いが自分の身に及ぶのを避けようとするのだ、と教えてくれた。その気持ちはわたしにもとてもよくわかるように思った。

一日の終わり、服を着替えるときに、ポケットの中身をあける。そうして、つぎにまた外出するとき、鍵などと一緒に、その木ぎれはその人のポケットのなかに収まるのだろう。見たくないものを見たり、何かふと不安をかき立てられるような出来事があったりすれば、そっとそれにふれる。それでどうとなるわけでもないと頭ではわかっていても、ふれることで安心する習慣がその人の内にできていれば、精神状態はその習慣によって落ち着きを取りもどす。わたしたちの内に兆す不安感の多くは、実際、はっきりとした根拠や原因があるわけではないものがほとんどなのだから、自分を落ち着かせるきっかけだって、別に木ぎれだろうが石ころだろうが、何であってもかまわないのだ。

きっかけは何であれ、「タリスマン」となっていくのは、その木ぎれや石ころと自分とのあいだに、ささいなものではあっても何らかの引っかかりを感じたからだろう。そうしてそれを繰りかえすうち、結びつきは深まっていく。「タリスマン」とともに不安な日々を乗り越えるたび、ありふれた木ぎれは「特別な力」を持っていくのだろう。

引っ越しというのは、「いつかは使うだろう」と取って置いた不要品の整理の機会でもある。だから荷造りの傍ら、そういう不要品をせっせと捨てていくことになる。そうなると、家のなかにふだん開けることもない引き出しや押入れがどれだけたくさんあるか、改めて思い知らされることになる。そうやって出てきた箱のなかから、古びたコインが出てきた。大学に行くために家を離れることになったとき、それまで英語を習いに行っていた先生が「タリスマン」として、わたしの守護聖人のコインをくれたのである。

しばらくのあいだ、ポケットに入れていたはずだ。まったく記憶にはないけれど、いつかの段階で、わたしはポケットから出したのだろう。そうやって箱のなかに細々としたものと一緒にしまい込まれ、わたしと共にあちこちを移動してきたのだ。

引っ越しをした記念に、わたしはそれをまた外に出してやった。いったいどこに入れておくか、その場所はまだ決めていないのだけれど、「タリスマン」として、また日々を共にしていこうと思っている。

わたしの、タリスマン。

鶏頭




2009-05-22:自分に正直な人

本棚の奥からマーガレット・ミラーの本が出てきた。他のはだいたいどんな話だったか記憶にあるのだが、『見知らぬ者の墓』だけはちっとも思い出せない。引っ越しの準備の合間合間に読み直してみたのだが、これがまたえらくおもしろい。

読んでいて、こんな一節に行き当たった。ここで言われている「ファニータ」というのは、ストーリーの鍵をにぎる女性なのだが、まあそんなことはどうでもいい。もめごとを行く先々で起こすような人だと思ってもらえればまちがいはないだろう。

「クリニックとしては最善を尽くした。それにもかかわらず功を奏さなかったのは、当の本人が、自分が問題児であることを頑として認めようとしないせいなのだ。手に負えない連中のご多分に漏れず、ファニータも、女なんてみんな大同小異で、自分が特異な存在に見えるのは、正直すぎて何事によらず率直に行動に移してしまうせいだと思い込もうとしていた(むろんわれわれにもそう思い込ませようとした)。正直で率直というのは、自己欺瞞を犯す連中が好んで使う科白だ。いいかい、よく憶えておきたまえよ、スティーヴ。自分は正直だ、正直だといやに声を大にして強調する相手に出会った場合には、現金箱を改めてみるにかぎる。誰かにいじられた形跡があっても驚くには当たらない」

マーガレット・ミラー『見知らぬ者の墓』

ここを読んだとき、ああ、この本だったか、と思った。ちょうど、前にこの箇所を読んだとき(といっても十年以上前の話なのだが)、自分が身近な人にばくぜんと感じているいらだちをそっくり言葉にしてもらっているようで、ああ、そうなのか、そういうことなのか、と思ったのである。

当時、わたしは数人の友人たちと一緒に読書会を開いていた。地味なイギリスの小説を辞書を引き引き苦労しながら読んでいくので、次第に人数は減っていくし、そうなれば分担はすぐに回ってきて負担も増える。自分の割り当てを、きちんと訳して来る人ばかりではなく、そうなるとその回はグダグダになってしまう。そこで、ちゃんと訳してこない人を責める人も出てくるし、能力の差を無視するわけにはいかないのだからそんなことを言うべきではない、と責める人を責める人も出てくる。早い話が、志高く始まったその会も、ほどなく停滞の憂き目をみていたのである。

そんなとき、あるメンバーが「友だち」を連れてきた。積極的な人で、活発に発言するし、他の人が発言すると、打てば響くように意見を返す。その人のおかげで、一気に読書会は活気づいた。その人も、前に参加していたグループよりこちらの方がずっといい、と楽しそうだった。以前はもうちょっと規模の大きな、別の読書会に参加していたという。前のグループはそれはそれはひどかった、と、毎回のように手厳しい批判を浴びせ、へえ、そんなにひどいのか、端から見るとちゃんとやっているように見えてもわからないものだなあ、などと、わたしたちはそれを聞くたび、いい気になっていた。

だが、なにしろ読んでいるのは、ヴィクトリア朝の小説で、屋敷の描写やら庭園の描写やらが延々と数ページに渡って続くのである。何も起こらないまま、複雑な構文で、やたらまわりくどい描写が際限もなく続いていく。その人も、おそらく入会当初の熱が冷め、飽きたということもあったのだろう。やがてそこにいた男性メンバーにちょっかいを出し始めたのである。その男性にはガールフレンドがいたために、話は非常にややこしくなった。すったもんだがあったのだが、まあそれを書くことが眼目ではないので、ざっくりと割愛する。

「わたしは自分の気持ちには嘘はつきたくない」というのが彼女の口癖で、わたしとしてはよそでやってくれ、と言いたかった、というか、実際にそう言ったかもしれない。ともかく、常に自分の気持ちに正直な彼女のおかげで、ヴィクトリア朝の小説も全体の四分の一ほどで頓挫してしまい、読書会事態も非常に後味の悪い幕切れになってしまったのだった。

それからだいぶ経ったあと、彼女が前に参加していたグループの人に会う機会があって、たまたま彼女の話になった。なんと、そこでも同じような騒ぎを起こして、そちらでは出入り禁止になったらしかった。
「はあ〜、そういう人だったんだ〜」
「そうよ〜、そういう人だったのよ〜」
と、相手はため息混じりに苦笑をしていたのだった。
以来、わたしは「自分に正直」と声を大にする人を見ると、逃げ出す準備をしたくなるのである。

ところが、わたしたち自身が、ときに「自分は正直である」と言わなければならなくなる場面がある。誰かに自分のことをどうしても信じてほしい、と思うようなときである。 事実、マーガレット・ミラーのこの小説でも、この言葉を聞いた主人公の探偵は、

「ぼくは一般論は信じません。…ぼくもよく自分は正直だって強調します。事実いまだってそうだし」

と言う。実際、探偵という職業は、依頼人に対して「正直である」と言って、信頼してもらわなければどうしようもないだろう。

「自分に正直」という人は、周りの迷惑をかえりみない……という一般論が成り立つとしたら、「自分は正直である」という言明は、一般論には当てはまらないことをわたしたちは証明できるのだろうか。
もし証明できないとしたら、「自分は正直だ」と誰かに対して訴えることは、まったく無意味になってしまうのだろうか。

わたしたちの周囲には、自己言明に関するこうした一般論があふれかえるほどにある。

「自分を信じてくれ、という人間ほど、当てにならないものはない」
「神経質だと言う人間に限って、無神経なものだ」
「わたしにはコンプレックスなどないと言う人間ほど、実は根深いコンプレックスを抱えている」
「下心などないと言う人間は、決まって下心を隠しているものだ」

いくつかの「一般論」は、巷間口にされているわけではなく、いまわたしがデッチ上げたのだが(笑)、こういう言い方をすると、ああ、と当てはまる例をいくらでも思いつくことができるでしょう?

けれども、自分を信じてほしい、下心もなにもなく、いまの自分は誠心誠意そう思っているのだ、という局面が、現実にはかならず起こってくる。自分のいまの言葉も、そうした一般論に解消されてしまうかもしれない、と、半ば絶望的な気持ちになりながら、何とか「自分だけはほんとうにほんとうなのだ」と訴えたい場面である。

だが、結局のところ、言葉だけで言葉を否定することはできないのだ。
どれほどの言葉を費やしても、「自分を信じてくれ、という人間ほど、当てにならないものはない」と思っている相手に、自分の言葉を信頼させることは不可能なのだ。

けれど、わたしたちは、いま、その瞬間だけしかないわけではない。その人にはこれまでの過去がある。わたしたちは、過去のその人の行為を見て、その人のことを知っている。事実、ミラーの小説で、先の言葉を言った人物も、主人公の言葉を聞いて意見を変えるのである。

「…こういう仕事に携わっていると、どうもシニカルになりがちだ。それこそ枚挙にいとまがないほど約束がなされては破られ、期待を抱いては挫かれる――その結果、人間には逆のことを言う心理が働きがちだとする説をとかく信じるようになるのだ。つまり誰かがやってきて、自分は温和な正直者で単純にできていると言えば、さては底の知れない刺々しいぺてん師だと判定する嫌いがわたしにはあるのだよ、こういう判断は時と場合によっては実に危険で、回避しなければならない。いや、感謝するよ、スティーヴ、指摘してもらって」

その人の、それ以外の話しぶりや仕草、これまでにやってきたこと、そういう言葉は一般論よりもはるかに強力な例証となる。

そうしてもうひとつ。たとえその人が、仮にこれまではその言葉に反するような行動をしていたとしても、やはりその言葉を、いまは無理でも、信じてもらうことは可能であるように思う。

それは「これからを見てくれ」ということだ。現時点では証明できないが、「自分は正直である」という言葉が事実であるよう、自分はこれからその言葉に背かないように生きるつもりである、それを信じてくれ、と。

その人というのはいまだけでなく、過去を含めて「その人」としてみなされる。というか、いまの「その人」をかたちづくっているのは、その人の過去の一切だ。けれども、同時にそれだけではない。時の流れのなかにいる人間には、「これから」がある。

いままで自分は何度も嘘をついてきた。これからだってつくかもしれない。けれども、あなたに対しては嘘をつきたくない。自分は「嘘をつかない」という自分の言葉に責任を負って、これからは生きていく。

そんな思いをこめた「自分は嘘はつかない」という言葉は、単に言葉ではなく、その人の「行為」であると言えるだろう。

鶏頭




2009-05-20:気がつけばフサフサ

定かな記憶ではないのだが、男性用カツラのコマーシャルで、ちょっとずつ髪の毛の量を増やしていき、気がつかないうちにフサフサになっている……というのがあったような気がする。それを見て、ウソだね、と思ったことを覚えているから。

たいていの人は、他人の頭の毛など気をつけて見たりはしないものだ。おそらく「ちょっとずつ」の期間はまったく気がつかず、ある日突然、どーんと増えたことに気がついて、隣の同僚に「ねえねえ、課長、カツラだよね」と耳打ちして、こっそりふたりで笑うのである。

これは日が暮れるのと一緒だ。正午を回れば、日は少しずつ翳っていくのだが、そのことに気がつくまで、四〜五時間かかる。やがて急に「こんなに暗くなってる!」と驚くのである。

星にしてもそうだ。星はずっと天空にある。だが、太陽の出ている間は、日の光に邪魔されて見えない。だが、太陽が沈んでしまい、ある一定の暗さになると、「宵の明星」が急に現れたような気がする。

わたしたちの目は、どうやら徐々に移り変わっていくものをとらえるのは得意ではないらしい。移り変わって、移り変わって、ずっと気がつかずにいて、ある一点を過ぎて初めて「あっ」と驚くのだろう。

卒業したり、引っ越したり、生活がある時点を境に急に変わるような出来事を経験すると、わたしたちは悲しみや淋しさを感じてしまう。つまり、そういう出来事は、わたしたちが「当たり前」として、気がつかなくなっていた「日常性」がこわれるということなのだろう。それまでは日常茶飯の出来事として、なれっこになってしまい、それを経験しても眠り込んでしまっていた感覚は何も感じずにいた。ところが別離を経験することで、感覚は揺すぶられて目が覚めるのだろう。

目前にせまる別離は、入学とか、そこに入ってきたときのこととかを、否応なく呼び起こす。そのときの新鮮な気持ちや喜びが思い出され、いま現在の、何の感動もなくなった気持ちがつきあわされて、その濃淡の差に、わたしたちはとまどったり、驚いたり、寂しくなったりする。

毎日の決まり決まった動作に「慣れる」ということは、とても大切なことだ。車を運転していて、目の前に子供が走り出してきたときに、考えたり判断したりする前に身体が条件反射で動かなくては、大変なことになってしまう。条件反射を可能にするのも、その「慣れ」だろう。「慣れ」ていると、いちいち考えなくても、見なくても、聞かなくても、わたしたちはその行動を取ることができる。慣れることがなかったとしたら、わたしたちはおびただしい物事を見なければならず、聞き取らなければならず、判断しなければならない。それでは毎日が疲れて、つらくて大変だろう。

一方で、この「慣れ」は、いろんなものを見えなくし、聞こえなくしてしまう働きもある。わたしたちが実際に、見えているはずなのに見ていなかったり、聞こえているはずなのに聞いていなかったりすることがどれほどあることか。まるで、昼間の星を見ることができないように、そこにあるのにわたしたちの目は、それを決して拾い上げてはくれない。

だからこそ、わたしたちは、日常のなかにいくつもの刻み目をつけていき、去年と今年でその刻み目を比べたり、転換点を作って、住む場所を変えてみたりするのだろう。そうすることによって、日常に「めり」と「はり」を作るのだ。

ものごとにはすべて両面がある。この両面のどちらかを「えこひいき」することなく眺め、受け入れることができるようになるとき、人は大人になったと言えるのかもしれない。

鶏頭




2009-05-18:インフルエンザの風景

いよいよ今週末、引っ越しである。大物はずいぶん片づいたが、まだまだ本と資料関係が片づかなくて困っている。ところがそこに出来したこのインフルエンザ騒ぎ、無事引っ越しができるのだろうか、と別の心配要因が加わってきた。

わたしも昨日からマスクをかけているのだが、行き合う人がみなマスクをかけている異様な光景も、今日になればすっかり見なれたものになってしまった。それより驚いたのは、今日は窓を開けて作業をしていたのだが、周囲が異様に静まりかえっているのである。

こう静かになって改めて気がつくのは、わたしたちの日常というのは、さまざまな生活音に満ちているということだ。いまのわたしの部屋は地上から十数メートルのところにあるのだが、階下の音ばかりでなく、下を通っている人の話し声や車のエンジン音なども、意外な近さで聞こえてくる。ところが今日は、そうした音が一切消えてしまっているのである。わずかにいつもと同じなのは、近くの線路を走る電車の音のみ。だが、それもベランダからのぞくと、車内はがらがら、というか、人影がほとんどない。明け方の始発電車のように、昼間の、それも特急電車の車窓に人間の頭が映っていないのである。

学校が休みになって、子供たちも自宅待機のはずなのに、外で遊ぶ子供の姿もないし、声も聞こえてこない。ここまで人の気配が感じられないと、朝起きたら自分以外の人がいなくなってしまった…というSFにありがちな舞台設定を思い出してしまう。

学校の休校はとりあえず一週間ということになったらしい。だが、一週間経ったらどうなる、という見通しが立ったものではないだろう。それとも一週間、みんなが息を潜めていれば、感染も終息するのだろうか。

冬のインフルエンザなら、あの人はインフルエンザらしい、とか、このあいだまでインフルエンザだったんだ、とかという話も耳にしたが、今回は、実際には感染した人の話はニュースでしか聞かない。感染者も徐々に増えてはいても、爆発的に増える、というところまではいかない。一週間が過ぎると、どういうことになっていくのだろうか。

いつまでも部屋で息を潜めていられるものなんだろうか。
何でも慣れるわたしたちは、いわゆる「弱毒性」ということで、怖れることにも疲れてくるかもしれない。そのうちこの状態にも徐々に慣れていくだろう。そうなると、普通のインフルエンザのように、「新型インフルエンザ」の影を感じつつ、なしくずしに生活が送られるようになっていくのだろうか。

鶏頭




2009-05-04:本を捨てる

最近はゴミの分別が厳しくなって、紙類は「古紙」に分類されるようになってしまった。ビデオテープを「普通ゴミ」として出してかまわなくて、反古紙が「リサイクル可能だから」という理由で「普通ゴミ不可」となるのは納得がいかないのだが、まあこういう規則というのはどこかに線を引かなければならないのだから、完全に納得ができる分類というのもあり得ないのだろう。

それでも、普通ゴミであれば、扉のある集塵庫に捨てることができるのに対し、古紙類は道路に面した粗大ゴミ置き場に捨てることになる。新聞や古雑誌ならともかく、プリントアウトや答案類などをそういう形で捨てるのは、大変抵抗があるために、シュレッダーを買うことにした。シュレッダーと言ってもたいしたものではない。ハンドルがついていて、鉛筆削りのようにそれをキコキコと回していくのである。きしめん状になった紙を大量に袋に入れて出す。

ところが、日常少しずつでもそうやって処分していればよかったのだが、引っ越しともなると、押入や机の引き出しの奥から、出てくるわ出てくるわ、大学一年のときに書いたレポートやレジュメまで出てきたのである。何でこんなものを取っていたのやら。一応目を通してみたのだが、書いた記憶はまったくないにもかかわらず、まぎれもなく自分の書いたものであることは、はっきりとわかる。文章の癖といい、書き癖といい、ついでにそこから浮かび上がる自意識みたいなものまで、どこを取っても自分にほかならず、頭を抱えたくなったものだ。

そんな段ボール箱一杯のレポートやレジュメの束を、しばらくきこきこやっていたのだが、すぐにうんざりしてしまった。どうせ「普通ゴミ」は燃やしてしまうのである。紙を燃やして何が悪い? ここは市当局に大目に見てもらうことにした。

さて、市が発行する「ゴミの分別表」には、新聞・雑誌はあっても、「本」という項目はない。リサイクルではなく、古本屋に持っていけ、ということなのか。だが、少々の本ではないのである。ミステリやSFや時代小説の文庫本は古本もかなりある。山のようにある英語の雑誌は、引き取ってくれないだろう。古紙類の回収の日に出すことにした。

ちょうどその前日、せっせと結束しているとき、テレビで「誰かの『こころ』が捨てられている」というブックオフのコマーシャルをやっていた。雨に打たれている『こころ』たち。胸が痛んだ。やっぱりブックオフに持っていこうかな、と思ったのだが、いまさら古本屋で買った本と、通常の本屋で買った本を分類するのも面倒なのだった。

つぎの日の朝、台車に乗せてゴミ置き場に出した。なにしろ量が多い。二度に分けることにした。よいしょよいしょと台車に載せて、ゴロゴロと運んでいき、よいしょよいしょと下ろしていく。

ところが二度目に持って降りたときに、なんと、さっき下ろした文庫本のすべてが消えているではないか。おまけにハードカバーを結束していた紐がはずされ(あんなに苦労して縛ったのに)、三分の一ほどになった本が散乱している。それをもういちど結わえ直し、台車から本を降ろしているときだった。

軽トラックがやってきたかと思うと、わたしがたったいまおろした文庫本類をごっそりと持っていくのである。しばらく見ていたところ、ハードカバー類もどんどん軽トラックに積んでいく。結局ペーパーバックと洋雑誌だけが残されたのだった。

やがて、出かけるときにそこを見てみると、きれいに何もなくなっていた。そこに残っていたのは、よその人が出した段ボールだけだった。少なくとも、本が雨に濡れているのを見なくてすんだのだった。だが、本の行った先を考えると、なんともいえない「ざわざわした気持ち」が胸の奥に残った。

犯人の視点から描かれたミステリを読んでいると、殺人行為ではなく、死体の始末である。見つからないように、目立たないように、どう処理するか。犯人は一様に頭を悩ますのだが、その気持ちがつくづくわかる。本を捨てるのがこのくらい厄介なのだ。いわんや、人間の体においてをや。

鶏頭




2009-05-03:ヤドカリの家移り

今月末に引っ越しをすることになった。
ごく近所に引っ越すのだが、それでも家移りにはちがいなく、あらゆるものをパッキングしなければならないことに変わりはない。

パッキングする前に、まず捨てる物を選り分けなければならない。いまの自分に必要ないもの、かつ、今後もおそらく必要とはしないものを、思い切りよく処分していくのだ。

本を除けば服にしても、食器にしても、もともと持っている絶対量が少ないから、それほど大変ではないだろうと軽く考えていた節がある。ところが、蓋を開けてみると、なんだかんだとあるのだ。もらい物の毛布だとか、コーヒーカップや皿、バスタオルやタオルの類もずいぶんあった。毛布なんて、のし紙さえ箱についたまま、押入にしまいこんであった。わたしは基本的に毛布は使わないのだが、なかなか手触りの良さそうな、ブランド物の毛布である。もしかしたらそのうち使うときが来るかもしれない……と考えると、捨てられなくなってしまう。

服はむずかしい。シャツにせよ何にせよ、使い勝手のいい衣類というものがある。たとえば季節の変わり目にあると便利なカーデガンやパーカーの類、ガーゼの裏地つきの厚手のシャツ。夏にパジャマがわりにしている、伸びてしまっててろてろなのだが、うっとりするような肌触りのシャツ。そんなものは、少々古くなろうが捨てられない。袖口がほころびたのを、自分で繕った、おっそろしくへたくそな跡があっても、大切な部屋着だ。

ところがそれよりはずっと値の張ったものであっても、しかも、着る機会もそれほどなくて、ほとんど型くずれのあとがなくても、年齢的に多少ふさわしくなくなってしまったようなワンピースとか、スカートだとかは処分しなければならない。

そういうことを考えると、つくづく物を取っておくか、捨てるかの判断は、その物の価値とはあまり関係がないことに気がつく。特に、いまの自分、および想像しうる範囲での未来の自分が必要とするであろうものと、それを買ったときの値段には、何の関係もない。

手紙の類、写真の類は、もう考え出すときりがないので、全部そのまま持っていく。いつかそのままごっそり捨てるときが来るのかもしれないが、なんとなく、いまはまだそのときではないような気がする。ただ、私信の類は95年を境いに、ばったりと増えなくなってしまった。わたしの生活から「手紙」は劇的に消えていき、メールの取って代わられたらしい。写真も手紙も増えないのをいいことに、箱に入っているのを開けることもなく、そのまま持っていこうと思っている。

問題は、本だ。
二千冊ほどだろうと思っていたのだが、全然そんなものではなかった。気分が悪くなるほどある。まるでテトリスでブロックを隙間なく積んでゆくように、本棚ばかりでなく、本棚周囲の隙間という隙間に、実に空間のムダなく、見事に本を収納していた。自分の整頓の手際に改めて感心してしまう(そういうことではないのか)。

いまのところ、段ボール5箱が部屋の一方に積んであり、および、いま書いている文章に必要な参考書をまとめた段ボールが一箱、机の脇に置いてある。雑誌類と、昔読んで、もう取っておこうと思わない本も、台車に山積みにして、古紙回収の日に出した。だが、本棚の五分の四は、手つかずのまま残っている。家の本が一向に減ったように見えないのはどうしたものだろう。わたしはいったいどうしたらよいのだろうか。

もう本は買わないぞ。全部、図書館ですませるぞ。固く心に誓うのである。
こう誓ったのは、実は二度目。前は阪神大震災のあとだった。つくづく、本に押しつぶされて死ぬのはごめんだ、と思ったし、どれほど持っていても、燃えてしまえばおしまいだと思ったのである。にもかかわらず……あれから本は二倍ほどに増えた。

人生というのはなかなか思い通りにならないものだ。
自分の持ち物さえそうなのだから、いわんや、ほかの出来事においてをや。

鶏頭




2009-04-25:醜い顔ってどんな顔?

わたしはもう昔から推理小説のたぐいが好きで好きで、寝食を忘れて読み耽ったものだ。なかでも好きだったのが横溝正史で、何度も何度も繰りかえして読んだ。

横溝正史の作品では、主要な登場人物が、よくケガをしたりやけどを負ったりして、「この世のものとも思えないほど怖ろしい顔」「二目と見られぬほど醜い顔」になる。いったいどんな顔なんだろうとよく考えた。映画で「犬神家の一族」が公開されたときには、胸躍らせて見に行ったものだが、佐清がマスクを取った瞬間こそ、うへえ、と思ったが、果たしてこんな色になるものだろうか、と違和感だけが残った。

そう思ったのも理由がある。もっと小さな頃、ほんの少しの期間だったが、近所に顔にやけどの痕のある人がいた。顔の片側、頬骨のあたりから首筋にかけてケロイドになっている。おそらくわたしは幼稚園かそこらだったのだが、その人とすれちがうたびに、どうしても目がひきつけられてしまうので、自分でも困った。

母からは、じろじろ見るなんて、とんでもなく失礼なことよ、と怒られたし、たとえ幼稚園児であっても、興味本位で眺めることがいけないぐらい、十分理解していた。それでも、磁石に引き寄せられるペーパークリップのように、その人がいると、自分の目がその人の顔に引き寄せられるのだ。そんなことのないように、たとえうつむいていても、すれちがいざま、がまんできずにちらっと見てしまう。そんな自分がひどく情けなかった。

ただ、怖ろしいとか、気持ちが悪いとか、思ったことはただの一度もなかった。もっとよく見たい、という好奇心でいっぱいだったのだ。ふだん見ることのできないケロイドの引きつれや光沢を、思う存分見たかった。おそらくはただそれだけのことだったのだと思う。心ゆくまで見ることができてその顔に慣れさえすれば、ほくろがあったり、にきびのあとがあったりする顔と同じで、そんなふうに引きつけられることもなかったのではないかと思う。

もちろん、わたしからすればそれだけのことであっても、視線を向けられる人にとっては、どれだけ不快で、視線が突き刺さるように感じられるか。当時であっても相手の心情が想像できなかったわけではない。わかっていたからこそ、よけいにジレンマに陥っていたのだ。

そんな経験があったから、ただ、やけどした、ケガをした、というだけでは「世にも怖ろしい」ことになるとはとても思えなかった。横溝の登場人物の顔というのは、いったいどのような状態になっているのだろう。「醜い顔」というのは、どんな顔なのだろう。そんな描写が出てくるたびに、ピカソの「泣く女」あたりをばくぜんと思い浮かべ、あんな顔の人がほんとにいたら、ちょっと怖いかもしれないな、などと考えていたのだった。

のちに、ディズニーのアニメ映画「美女と野獣」を見たときのこと。
「二目と見られぬほどの怖ろしい顔、誰も愛することができないほど醜い顔」というナレーションののちに、野獣が出てきて、わたしは「おいおい」と思った。

美女と野獣

確かに人間の顔ではないが、別に怖ろしくも醜くもない。こういう人が出てくれば、最初は驚くだろうが、すぐに慣れるにちがいない。
最後に「野獣」は平凡なお兄ちゃん(王子だが)に戻るのだが、こんなお兄ちゃんになってしまって、逆にベル(主人公)はさぞかしがっかりしただろうと思ったものだ。

美女と野獣

テレビには「ブス」という役割を引き受けているらしい人もいるが、そういう顔が醜いかというと、そんなことはない。確かに多少バランスが悪いところはあって、そこをことさらに取り上げられているようだ。だが、確かにその人は容姿端麗とは言えないけれど、「醜い」という形容がふさわしいような顔立ちとは言えない。

こう考えていくと、おそらく「醜い顔」などというものは、どこにもないのだろうと思う。

ところで先日、和歌山カレー事件の被告に死刑判決が出たとき、ニュースには繰りかえし、その被告が笑いながら水を撒いている(あれは家を取り巻いた報道陣に水をかけているのだっけ?)映像が流れた。そのとき被告は唇を歪めて、笑っているような顔をしていたが、全然楽しくなさそうな、おそらく腹を立てている、腹をものすごく立てながら、顔だけ笑っているような、奇妙なねじれの印象を受けた。

そんなふうに、変な感じ、妙な感じ、人によっては怖い感じなどの印象を、わたしたちは人の顔から受けることがある。だが、それは、その人の顔の造作によるものではなく、表情からにじみ出てくる「その人」の「感情」にふれてしまうからのだろう。

「醜い顔」というのがもし仮にあるとするなら、それはその人が醜い表情を浮かべているということだ。誰かを激しく妬んだり、羨んだり、逆に、思い上がって人をバカにしたり。

逆に、楽しそうな表情、明るい表情は、一緒にいるわたしたちの気分をも明るくする。造作が整っているか、アンバランスかという差は、その人が浮かべる表情にくらべると、ほとんど取るに足りないことではあるまいか。

鶏頭




2009-04-21:人間のようなもの

先日までここで訳していたフィリップ・K・ディックの「変種第二号」はいかがでした? なかなかおもしろかったでしょう。いま手を入れているところなので、サイトにアップした段階で、もう一度読んでみてください。なるほどね、そういうことだったんだ、という部分と、え? ちょっとこれは……、という部分の両方があるかなあ。

ひとつ気になったのは、タイトルにもなった「変種」というのは、オリジナルタイプの「クロー」に対する「変種」ということなのだろうが、どうして人間型に変化させたのだろうか、ということだ。

クローは獲物の後ろからついてきて、追いつめ、殺戮する、という目的のために設計された。その任務をできるだけ効率的に遂行するためには、現在のクロー、するどい刃を回転させる金属球で充分のはずだ。ところがクローを怖れて、人間は地下にもぐってしまった。そこで獲物をつかまえるために、人間が集まって隠れている壕のなかに何とかして入り込もうと考えたわけだ。

おそらくは核シェルターも兼ねているであろう地下の掩蔽壕のなかに、どうしたら入りこめるか。

そこでの解決策が「人間そっくり」である。人間そっくりにすれば、人間も気を許して中に入れてくれるにちがいない、と考えたのだ。

ただし、「人間」にはさまざまな「特徴」がある。そのさまざまな特徴のなかで、変種の設計をした「クロー」の親玉は、人間が「あるもの」を「人間と見なす基準」は、それが「人間の姿かたちをしているかどうか」である、と判断したのである。

ちょうど、留守番をしている七匹の子ヤギたちに、何とかして家の扉を開けさせようとしているオオカミのようなものだ。子ヤギは前足を見せてくれ、という。さらに、声がちがう、という。そこでオオカミは手に小麦粉をまぶし、チョークを飲んで声をきれいにした。ここでの子ヤギたちは「白い前足」と「きれいな声」を「お母さんと見なす基準」としたということだ。

もしクローの親玉が「たくみに言葉を操る能力」を「人間が人間と見なす基準」であると判断したとすれば、何を置いてもたくみに受け応えができる機械を送り込んだことだろう。あるいは人間に、サーモセンサーみたいなものがついていて、「暖かみ」を「人間が人間と見なす基準」としていたなら、変種は人肌の「機械」を送り込んだだろう。肌触り、におい、声、人間を構成する要素はさまざまだが、なによりも人間があるものを人間と見なすのは「人間の姿かたちをしていること」と考えたわけだ。

確かに変種第一号の傷痍兵にしゃべる能力がなかったとしても、あるいは、動作や反応がおかしかったとしても、ロシア人の姿かたちさえしていれば、ロシア兵たちは彼を受け入れたにちがいない。「姿かたち」はそれくらい雄弁なのだ。

ただ、変種たちには共通点がある。いずれも「無表情」ということだ。この作品は一種の「犯人探し」の要素もあるのだが、「犯人」には expressionless という単語が繰りかえしかぶせられている。人間の姿かたちをコピーすることはできても、「表情を作る」という能力は、彼らには真似ができなかったのだ。

こんな経験はないだろうか。
写真でしか知らない人というのは、どれだけ繰りかえし見ていても、もうひとつはっきりしない。たとえば坂本龍馬。写真技術の問題があるにせよ、わたしたちはあの写真はもう何度も見ていてよく知っているはずだが、彼がどんな顔をしているか、もうひとつわからない。道を歩いていても、きっとわからないだろう。

他人の卒業写真を見せられても、どうにも興味が持てないのは、そこに知った人がいないという以上に、写真を見ているだけではその人が誰なのか、一向にわからないからだろう。確かに、あ、この子かわいい、とか、この男の子はイケメンだな、と思うことはある。けれども、のっぺりと動かない写真では、いまひとつその人が「どんな顔をしているか」がよくわからない。

たとえ写真でも、人間の顔はかならず何らかの表情をまとっている。緊張した顔もあれば、「こう見せたい」という表情を浮かべている場合もある。楽しげだったり、疲れていたり。愛想笑いやおつきあいで参加している……という、本来なら知らせたくないような「内心」の表情が浮かび上がっている場合もあるだろう。つまり、顔というのは「つらの皮一枚」ではなくて、「表情」あってのものなのである。

ところが動かない写真の表情は、やはり動かない。動くから表情なのかもしれない。知っている人であれば、わたしたちはその写真を、自分の知っているさまざまな顔を重ね合わせて、補って見ることができる。だから「何でこんなに照れくさそうな顔をしているのだろう」とか、さすがに卒業式ともなると神妙な顔をしているな、などと、写真を「一種の動画」として、表情を読みとっているのだ。

ここで思い出すのは、佐々木正人の『からだ:認識の原点』(東京大学出版会)に出てきたこんなエピソードだ。

「戒厳令下チリ潜入」という映画を撮るために、亡命中だった映画監督のミゲル・リティンは、変装して母国チリに潜入することになった。変装の専門家の指導を受けて、度の強い眼鏡をかけ、ひげを剃り、ウルグアイ人からしゃべり方や身ぶりを教わる。それでも、変装の専門家はリティンに警告する。「笑うな。笑ったら死ぬぞ」

つまり、表情というのは、どれだけ変装をしようと、その人の「素の顔」を浮かび上がらせてしまうというのだ。

やはり、顔というのは実は表情であり、そうして動くから「表情」なのではあるまいか。そうして、わたしたちは静止画像としての顔を認識しているのではなく、一連の動きとして表情をとらえ、認識しているのだろう。

だから、わたしたちが誰かと誰かを似ている、と思うのは、笑い方が似ているなどの表情の動きが似ているということなのだろうし、映画「マルコムX」のなかで、デンゼル・ワシントンがマルコムXそっくりに見えるのは、おそらく彼の演技力によるものなのだろう。

こう考えていくと、表情のない「人間そっくり」は、おそらくわたしたちにひどい違和感を覚えさせるにちがいない。

変種を作るとき、おそらくクローの親玉は、写真を元にしたにちがいない。写真は動かない。それを元に作った変種たちの顔も、当然動きようがない。元の写真と同じ表情を、常に貼り付けている。だから変種はしつこいくらいに「無表情」という言葉がかぶせられるのだろう。

ヘンドリックスはもちろん違和感を覚えたのだ。けれども、デイヴィッドはミュータントだから、そうして変種第二号は、戦時下という過酷な情況で生きてきたから、とその「無表情」を解釈していたにちがいない。そこには社会主義政権下のソヴィエト人、ということもあったろうが(アメリカ映画では、たいてい第二次大戦下のナチスや冷戦期のソ連兵は無表情に描かれている。そうでないのは「レッド・オクトーバー」のショーン・コネリー扮するラミウス艦長ぐらいのものではないか)。

最後の場面で、変種たちが続々と押し寄せてくる場面は怖ろしい。「人間の姿かたち」をしていても、表情を浮かべていない変種たちは、決定的に、「人間の姿かたち」とは言えないのだ。この微妙な差異こそが、恐ろしさの根幹にあるのかもしれない。

鶏頭




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