グリフォン
by チャールズ・バクスター
水曜日の午後、地理で古代エジプトの手動灌漑設備を勉強したあと、つぎの美術の授業で山裾に拡がる模型の街のスケッチを始めたときに、ぼくたち四年生を受け持っていたヒブラーという男の先生が咳こみだした。初めのうち、くぐもった咳払いのような音が続いていたのだが、ヒブラー先生の閉じた口から漏れる音は、次第に大きくなっていく。
「あの音、聞こえる?」キャロル・ピータースンがひそひそ声で話しかけてきた。「もうすぐ吹き出すよ」
ヒブラー先生は笑うとき――そんなことはめったにないのだが、なんだか困ったような、咳払いのような声を出すのだ。だが、模型の街をスケッチしていたぼくたちが、先生は何を笑っているのだろうと目を上げると、顔が真っ赤になって、ほおがふくらんでいた。笑ってるんじゃない。二度、体をくの字に折って、ゆるめたネクタイが鉛直線のように首から下がった。それから先生は、ティッシュペーパーを口に当てて激しく咳き込んだ。先生が、すまん、と言ったあとも、咳は続いた。
「10セント賭けようよ」キャロル・ピータースンがささやいた。「明日代わりの先生が来る」
キャロルはぼくの席の前の態度の悪い子で、だれも見てないと思ったら、ノートをちぎって鼻をかんでから、それを丸めてゴミ箱に放り込んだりするようなやつなのだが、ここぞというとき、真実を衝くのだ。ぼくが10セント取られるのはまちがいなかった。
「いやだ」とぼくは断った。
終わりのベルの前に、ぼくたちがドアの前に整列したときには、ヒブラー先生は満足に口もきけない状態だった。「すまないね、君たち」彼は言った。「調子が悪くなってしまった」
「ヒブラー先生、明日はお加減がよくなるといいですね」そう言ったのはボビー・クリザノウィック、完全無欠のおべっか使いだ。その言葉に、キャロル・ピータースンが意地悪なくすくす笑いを漏らすのが聞こえた。ヒブラー先生がドアを開け、ぼくたちはバスに向かって歩き出した。10メートルも離れれば、もうヒブラー先生の耳には届かないだろうと、ぼくたちはさっそく咳払いをしたり、笑い合ったりし始めた。
ファイヴ・オークスはミシガン州の田舎町だ。だから代理の先生も決まっていて、町に住んでいる、コミュニティ・カレッジを出ていまは仕事をしていない、四人のお母さんたちから調達されるのだ。この人たちはそわそわと落ち着きがなく、おっかなびっくり、一週間も前にやった単元をおさらいするような気楽な授業をやってくれる。だから翌日、教室に見たこともない女の人がやってきたときには、ぼくたちはみんな驚いた。紫のハンドバッグと格子縞のランチボックスを下げ、本を数冊抱えている。その女の先生は、ヒブラー先生の机の端に本を置き、その反対側、ヴォイス・オブ・ミュージック社製の蓄音機が置いてある隣りにランチボックスを置いた。先生が教室に入ってきたとき、ぼくら三人は、教室の後ろでヒーヴァーと遊んでいた。ヒーヴァーはカメレオンで、ぼくたちはビニールを畳んで敷いた飼育箱で飼っていたのだ。
その人はぼくたちに向かって手を叩いた。「そこの男の子たち」と彼女は言った。「なんであなたがた、固まってかがみ込んでるの?」ぼくたちが答えるより先に、先生は言葉を続けた。「生き物をいじめてるの? 戻してやりなさい。自分の席に着いて。一日が始まる時間に、陰謀団なんて必要ありませんよ」ぼくたちはあっけにとられてその女の人を眺めた。「あなたたち」と繰り返した。「着席なさい」
ぼくはカメレオンを飼育箱に戻すと、自分の席まで手探りで戻った。どうしてもその女の人から目を離すことができなかったのだ。その人は白と緑のチョークで、黒板の左側に木を描き始めた。ひどく変わった人だ。おまけにその人が描いた木も、どういうわけだか極端に大きくて、バランスも悪かった。
「この教室には木が必要です」その人はそういうと、一本の線で葉っぱらしきものを描いた。「大きくて、葉が茂り、木陰を作って、秋には落葉する……樫の木が」
彼女は細い金髪を上にまとめて――やがてぼくはその髪型がシニヨンというのだと知るようになる――、薄い水色がかったレンズの金縁眼鏡をかけていた。ぼくの向かいに坐っているハロルド・ナーダールが、「火星人」とひとことささやき、ぼくもゆっくりとうなずいた。ぼくはひどく奇妙な一日になりそうだという予感をかみしめていた。代理の先生はひどくもったいぶった仕草で、もう一本枝を描き加えると、振り返って言った。「おはよう。まだわたし、あなたがたにおはよう、って言ってなかったわね」
ぼくたちに向き合ったその人は、歳がよくわからなかった――大人にはちがいない――が、口の両端から顎に向かって、くっきりと二本の線が縦に伸びていた。その線には見覚えがあった。ピノキオだ。操り人形の線なのだ。
「みなさんはわたしの顔を、ずいぶんじろじろ見ているようですけど」彼女はそう言ったが、ちょうど最後のスクールバスで来た子たちが教室に入ってきたところで、その子たちの目も先生に釘付けになっていた。「でも、じきに始業ベルが鳴りますからね。そうしたら、もうじろじろ見ることは許しません。先生を見ることはかまわないわ。だけど、じろじろはだめ。じろじろ見るのはお行儀が悪いことだし、育ちが悪い証拠です。人のことをじろじろ見るようなことをしていては、ちゃんとしたおつきあいなんてできませんからね」
ぼくに目くばせもせず、つつきもしなかったが、ハロルド・ナーダールがまた「火星人」とささやく声が聞こえてきた。ひとつのジョークで二度受けようとして、いま来たばかりの子供たちに同じことを言ったのだ。
生徒全員が着席したころ、代理の先生も木を描き終えて、ひどく神経質な仕草でチョークを蓄音機の上に置くと、手を払ってぼくたちの方を向いた。
「おはよう」彼女は言った。「わたしはミス・フェレンチ、今日一日、あなたがたを教えることになります。この町には来たばかりなので、みなさんはわたしのことを知らないでしょうね。ですからまずわたしのことをお話しましょう」
ぼくたちが深く椅子に坐り直したところで、フェレンチ先生は話を始めた。なんでも先生のお祖父さんはハンガリーの貴族だった。先生のお母さんはフランダースというところで生まれて、やがてピアニストになり、先生の言葉を借りると「王冠を戴いた人びと」のために演奏会を開いたのだそうだ。ちょっと秘密めかした顔で先生は「グリーグは」と言った。「ノルウェーの大作曲家で、ピアノ協奏曲を書きましたが……」――ここでいったん言葉を切った――「わたしの母はロンドンでのデビュー・コンサートでそれを演奏して、大成功を収めたのです」先生は天井をまじまじと見た。ぼくたちもそれに続いた。天井パネルしかそこにはなかった。
「ある理由から――詳しくはふれませんが――わたしたち一家の運命は、デトロイトに移ることになり、やがて北部のサギノーという陰気な町に引っ越しました。そうしていま、ファイヴ・オークスにいます。あなたがたの代理の先生として、今日、10月11日木曜日にね。今日はきっとすばらしい日になることでしょう。天気予報はみんなそう言っています。では読解の授業を始めましょう。教科書を出してください。『広い視野』みたいな標題がついていたのじゃなかったかしら」
ジーニー・ヴァーミーシュが手を挙げた。フェレンチ先生はうなずいてみせた。
「ヒブラー先生はいつも『忠誠の誓い』(※アメリカの小中学生は毎朝星条旗に向かって右手を左胸に当てて「わたしはアメリカ合衆国の国旗と、国旗が象徴する共和国、神のもとに統一され、不可分の、すべての人びとに自由と正義が約束された国に忠誠を誓います」という)から始めますけど」とジーニーは不平がましく言った。
「あら、そうなの? でもそれなら」とフェレンチ先生は言った。「あなたがたはもういまじゃすっかり暗記してるでしょ、だからわざわざそのために時間を使う必要はないわよね。ええ、今日に限っては『忠誠の誓い』はなくて大丈夫だと思います。教室はこんなにお日様の光でいっぱいなんだもの。誓いなんて気分じゃないわよね」そう言うと、腕時計に目を落とした。「光陰矢の如し、よ。『広い視野』を出して」
フェレンチ先生がやったのはありきたりの授業で、語彙をひととおりやってから、練習問題をやり、読解問題を解いて暗唱までやらせたので、ぼくたちはがっかりしてしまった。それでも先生は教材があまり気に入ってはいないようだった。数分ごとにため息をついては、手品師がやるみたいに左の袖口からフリルのついたハンカチを引っ張り出して、眼鏡を拭いていた。
読解の授業が終わると、算数になった。午前のぼくの一番好きな時間、穏やかな秋の日が、リボン状にたなびく雲の隙間から教室の東の窓に差しこんで、リノリウムの床までそっと忍び寄る。校庭では最年少の子供たち、幼稚園児たちがジャングルジムの向こうのシバムギの上を走り回っていた。ぼくたちはかけ算をやっていた。フェレンチ先生は最前列のジョン・ワズニーを立たせた。ジョンは六の段をやることになった。ぼくの坐っているところからも、ジョンのぺったりとなでつけた頭のヴァイタリスの臭いをかぐことができた。
ジョンは6×11と6×12の箇所にさしかかるまでは、順調に進んだ。「6×11は」彼は言った。「68です。6×12は……」指を頭に突っ込んで、素早い仕草で、こっそり指先のにおいをかぐ。「……72」そう答えて腰をおろした。
「いいわ」フェレンチ先生は言った。「よくできました。とてもよかったわよ」
「フェレンチ先生!」エディ家の双子の片割れがむちゃくちゃに手を振った。「フェレンチ先生、フェレンチ先生!」
「なんですか?」
「ジョンは6×11は68だと言ったのに、先生はよくできました、って言いました!」
「そう言った?」先生は操り人形の顎をがくりと動かして笑顔になると、教室を見渡した。「わたし、そんなことを言ったかしら? そう、じゃ6×11は何になりますか?」
「66です!」
彼女はうなずいた。「ええ。そうね。でもね、わたしがこんなことを言うと、なかには反対する人もいるでしょうけど、ときに68になることもあるのよ」
「いつですか? 68になるのはどんなときなんですか?」
ぼくたちは固唾をのんで待ち受けた。
「高等数学というのはね、あなたがたのような子供には理解できないでしょうが、6×11が68になることもありうるの」先生はふふん、と鼻で笑った。「高等数学では、数は……もっと流動的なものなのよ。数についてはっきりしているのはたったひとつ、ある一定の範囲に相当するということだけ。水のことを考えてみて。カップ一杯分というのが、ある量の水を測るたったひとつの方法ではないわよね。そうではなくて?」
ぼくたちはじっと先生を見つめたまま、うなずいた。
「鍋をつかうことも、指ぬきを使うこともできるわよね。どちらを使っても、水を同じ量にすることはできます。おそらく……」言葉を続けた。「あなたがたはこう考えた方がいいわ。わたしが教室にいるときだけは、6×11が68になるんだ、って」
「どうして68なんですか」マーク・プーレが聞いた。「先生が教室にいるときだけ」
「だってその方がおもしろいじゃない」そう言うと、水色がかったレンズの奥の目に、ぱっと笑みが浮かんだ。「それにわたしはみなさんの代理の先生でしょう?」わたしたちはみんなうなずいた。「そうね、じゃ、こんなふうに考えたらどうかしら。6×11が68というのは、代理の事実だって」
「代理の事実ですか?」
「そうよ」先生はぼくたちを注意深く見渡した。「代理の事実ということで、だれか困る人がいるかしら?」
ぼくたちは先生を見つめ返した。
「窓辺に置いた鉢植えが困る?」ぼくたちは鉢植えの方を見た。緑のプラスティックの鉢のオジギソウはよく育っていたが、小さな素焼きの鉢のシダは元気がなかった。
「あなたがたのお家にいるイヌやネコは困る? あなたがたのお母さんやお父さんはどう?」先生は待った。「ね」ここで先生は断定した。「なにか問題がある?」
「でも、それはちがってます」ジャニス・ウィーバーが言った。「そうじゃないですか」
「あなたの名前は? お嬢さん」
「ジャニス・ウィーバーです」
「で、あなたはそれがまちがってるって思うのね、ジャニス」
「わたしはただ聞いただけです」
「そう、わかりました。あなたはただ聞いただけなのね。もうこの問題に、わたしたちは十分すぎるほど時間を割いたように思うのだけれど、みなさんはどう? あなたがたがどう考えようと、それは自由です。ヒブラー先生が戻っていらっしゃったら、また6×11は66になって、みなさんもそのことに関しては、もう何も疑問に感じることなくいられるんでしょうね。そうしてそれは、あなたがたがファイヴ・オークスで過ごす残りの一生のあいだ、ずっと続いていくのよ。だけど、それってひどいことじゃないかしら?」先生は眉を上げると、目をきらりと光らせてぼくたちを見た。「さっきのあいだだけはそうじゃなかったの。だけど、もういいわ。あなたがたが今日やることになっている課題を片づけることにしましょう。ヒブラー先生が授業計画を苦心して作られたのですものね。紙を一枚出して、自分の名前を左上の端に書いて」
つぎの三十分間、ぼくたちは残りの算数の問題を解いた。それを提出すると、今度は書き取り、ぼくの一番きらいな科目になった。書き取りはいつも昼食の前にやる。ぼくたちは読み上げられた言葉をつづっては時計に目をやった。
「端から端まで(Thorough)」フェレンチ先生が言った。「境界(Boundary)」先生は広げた書き取りの教科書を手に、ぼくたちの書いている用紙を見下ろしながら、机のあいだの通路を歩いていた。「バルコニー(Balcony)」
ぼくは鉛筆をぎゅっとにぎった。先生がそういう言葉を口にすると、まるで外国語のように、母音も子音もちがって聞こえた。ぼくは自分の書いたつづりをじっと見た。“Balconie”。鉛筆を逆にして消しゴムでおかしいところを消した。“Balconey”。多少ましにはなったけれど、まだちがっている。ぼくはつづりの世界を呪い、もういちど消したので、紙が薄くなってしまった。“Balkony”。不意に手が肩にかかった。
「わたしもその言葉はきらい」フェレンチ先生は、身をかがめて、ぼくの耳元に口を寄せてささやいた。「醜いわよね。もしあなたがその言葉がきらいだったら、使う必要なんてないとわたしは思うのよ」そう言うと、先生は体を起こして離れたが、かすかにクロレッツの匂いが残った。
ランチタイムになったので、ぼくたちは教室を出て、トレーにスロッピー・ジョー(※挽肉をトマトソースで味付けしたもの。パンにはさんで食べる)、モモのシロップ漬け、ココナッツクッキーと牛乳をのせて、教室に戻ってきた。教室ではフェレンチ先生が席に坐って、しっかりと輪ゴムで留めていたパラフィン紙を開いて、何か茶色いねばねばしたものを食べようとしているところだった。
「フェレンチ先生」ぼくは手を挙げて言った。「先生はぼくたちと一緒に食べなくていいんです。ほかの先生がたと一緒に食べればいいんです。先生専用のラウンジがあります」最後に付け加えた。「校長室の隣です」
「ありがとう。だけどいいの」先生は言った。「ここにいるほうがいいわ」
「だけど、クラスのお世話をしてくれるボランティアの人がいるから」ぼくは説明した。「エディさんです」ぼくはジョイスとジュディのお母さんで、教室の後ろに坐って編み物をしているミセス・エディを示した。
「それでかまわないのよ」フェレンチ先生は言った。「わたしはここで食べることにします。あなたがたと一緒にね。ここのほうがいいのよ」もう一度そう言った。
「どうしてですか」ウェイン・ラズマーが手も挙げずに聞いた。
「今朝、授業が始まる前にほかの先生がたとお話したの」そう言うと、フェレンチ先生は茶色い何かに噛みついた。「つまらないことをああだこうだ、やかましいったらないの。あの手のさわぎは好きじゃない。コピー機から出てくるみたいなジョークにはうんざり」
「へえ」ウェインは言った。
「何を食べてるんですか?」マキシーン・シルヴェスターが鼻をくんくんさせながら聞いた。「それ、食べれるの?」
「もちろん食べられるに決まってるじゃない。イチジクの詰め物よ。これを買いに、わざわざデトロイトまで行かなくちゃならなかったんだから。チョウザメの薫製もあるわよ。あとそれから」そう言うと、ランチボックスから緑色の葉っぱを取り出した。「生のほうれん草。今朝、採ってきたの」
「なんで生のほうれん草なんか食べるの?」マキシーンが聞いた。
「健康にいいからよ」フェレンチ先生は言った。「ソーダ水や芳香塩なんかよりずっと気持ちがしゃきっとするの」ぼくはスロッピー・ジョーを食べながら、窓の外をぼんやり眺めていた。透きとおった月が、真昼の秋空を背に、薄く銀色に光っている。「食事というものは」フェレンチ先生は話していた。「さまざまな食品を混ぜ合わせて食べるべきなのよ。まぜこぜにするの。ほとんどの人が食べているのは……まあいいわ、気にしないで」
「フェレンチ先生」キャロル・ピータースンが言った。「午後は何を勉強するんですか」
「そうね」先生はヒブラー先生が作った授業計画に目を落とした。「あなたたちのヒブラー先生は、エジプト人についての単元を予定してらしたみたいね」
キャロルはうめくような声を出した。「えぇぇ」
フェレンチ先生は言葉を続けた。「わたしたちはそれをやりましょう。エジプト人について。立派な人びとよ。アメリカ人とほとんど同じくらい。まったく同じとまではいきませんけどね」先生はうつむくと、一瞬だけ笑顔になって、またほうれん草を食べ始めた。
昼休みが終わって教室に戻ると、フェレンチ先生は黒板の樫の木のとなりにピラミッドを書いていた。野球をしていたぼくたちは、教室の後ろでわいわいさわぎながらバットやグローブを用具入れに放り込んだ。レイ・ショーンツェラーがぼくをぶん殴ったときに、フェレンチ先生の甲高い、ヒステリックにふるえる声がした。
「そこの男の子たち!」先生は言った。「黙っていますぐ席に着きなさい。授業時間をムダにしたくないの。地理の教科書を出して」ぼくたちはのろのろと着席すると、汗をしたたらせながら『遠い国と異国の人びと』の本を引っ張り出した。「42ページを開いて」三十秒ほど待ったあと、ケリー・マンガーの方を向き、「あなた」と声をかけた。「どうしてまだ机のなかをごそごそしているの?」
ケリーはいきなり足を踏んづけられたような顔になった。「ぼく、何かしましたか?」
「あなたはどうして……そんなふうに机のなかに頭を突っ込んでるの?」
「本を探してるんです、フェレンチ先生」ボビー・クリザノウィック、完全無欠のおべっか野郎、自分から進んで最前列の席を陣取っているやつが、そっと言った。「あの子はケリー・マンガーっていうんです。自分のものを見つけられないんです。いつもああなんだ」
「名前なんてどうだっていいの、とくに、お昼ご飯のあとではね」フェレンチ先生は言った。「本はあった?」
「ありました」ケリーが机のなかをのぞきこみながら、両手で本を引っ張り出すと、手前の鉛筆やクレヨンも一緒に出てきて、膝の上にどさっと落ちたあと、こんどは床にまで転がった。
「整理整頓できていないのが先生は一番きらいよ」フェレンチ先生が言った。「机のなかにしても、頭のなかにしても、整理整頓できていないと、すごくいやな気分になるわ。それって……不衛生だと思わない? もしあなたがおうちにいるとき、家のなかがまるで学校の机のなかみたいだったらどうする?」
答えを待たずに先生は言葉を続けた。「わたしだったらいやよ。自分の家のなかというものは、人間の手でできるかぎりきちんとしておくべきなの。あら、何を話していたのでしたっけ? エジプトでしたね。42ページを開いて。ヒブラー先生の授業計画にあったのですが、みなさんはエジプトの灌漑様式について話し合ったんですね。興味深いけれど、わたしが思うに、わたしたちがこれからやろうとすることにくらべれば、それほどでもないようね。ピラミッドとエジプトの奴隷労働者。その良い面と悪い面について、見てみましょう」ぼくたちが42ページを開くと、そこにはピラミッドの写真はあったが、フェレンチ先生は教科書など見てはいなかった。その代わりに、先生がじっと見つめていたのは窓のすぐ外の何かだった。
「ピラミッド」フェレンチ先生は窓の外に目をやったまま言った。「あなたたち、ピラミッドのことを想像してみて。その内部はどんなふうになっているかしら。まず、ファラオの遺体があるのは当然ね。それから一緒に埋葬された宝。巻物。おそらくね」フェレンチ先生はすごくうれしそうだったが、笑みは浮かべていなかった。「その巻物はたぶんファラオのための小説みたいなものだったのよ、何世紀にも渡る長い長い旅のあいだの暇つぶしに。あら、もちろんこれは冗談だけど」ぼくはフェレンチ先生の顔の皮膚に刻まれた線をながめていた。
「ピラミッド」フェレンチ先生は続けた。「そこにはね、宇宙の力が蓄えられていたの。ピラミッドの本質は、宇宙の力を導いて、ある一点に集中させる点にあるんです。エジプト人はそのことを知っていた。わたしたちはもうそのことをとっくに忘れてしまったけれど。みんなはこの話を知ってた?」そう尋ねると、教室の反対側まで歩いていって、コートの入っているクロゼットの脇に立った。「ジョージ・ワシントンにはエジプト人の血が流れていたのよ。お祖母さんからのね。合衆国憲法のなかには、はっきりとエジプト人の考え方が見て取れるわ」
教科書にちらりとも目をやらずに、エジプト人の宗教に見てとれる魂の転変について話し始めた。人が死ぬと、その魂はオオアリクイかクルミの木になって地上に戻ってくる。どちらになるかは、その人が生きているあいだにどうふるまったか――「善」か「悪」か――によるのだ、と。それから、エジプト人は、人びとは、潮の干満を引き起こす太陽系の磁力に従って行動すると信じていた、太陽系の磁力とは、太陽と「惑星の同志」である木星が生み出す力のことだ、と教えてくれた。それからこうも言った。木星が惑星であると、わたしたちは聞かされてきましたが、「ある種の恒星の性質」も持っているのです、と。
先生はひどく早口だった。エジプト人は偉大な探検家であり、征服者でした。でも、征服者のなかでもっとも偉大な征服者は、ジンギス・カンです。ジンギス・カンの墓には、四十頭の馬と四十人の若い娘が殺されて埋葬されました。
ぼくたちは聞いていた。口を挟む者はいなかった。
「わたしもエジプトには行ったことがあるのよ」先生は言葉を続けた。「砂埃と、残虐なふるまいをどっさり見てきたわ」それから、エジプトではサーカスで働いていた老人に、檻のなかの動物を見せてもらったという話をした。その動物は、実は怪物で、体の半分が鳥、半分がライオンだった。その怪物はグリフォンと呼ばれていて、先生はそれまで話には聞いたことがあったが、カイロ郊外を旅行するまで、実際には見たことがなかったのだそうだ。先生は黒板に大文字で「GRYPHON」と大きく書いた。それから、古代エジプトの天文学者が土星を最初に発見したのだが、輪は見つけられなかった、と話した。そのほかにも、犬が病気になると、川の水を飲まずに、口を開けて雨が降ってくるのを待つのを初めて発見したのもエジプト人だった、と教えてくれた。
「あの先生、嘘ばっかり言ってら」
ぼくたちは家に向かうスクールバスに乗っていた。ぼくの隣りに坐っていたのはカール・ホワイトサイドで、息の臭い、とてつもない数のビー玉のコレクションを持っているやつだ。カールは、先生の話は嘘だと思ったらしい。ぼくは、ちがう、と反対した。
「あの鳥がどうとかいう話を真に受けるわけがないだろ」カールは言った。「おまけにあいつがピラミッドのことをどういうふうに言ったよ? あんな話が信じられるわけがないだろう。自分が何を言ってるのかわかってんのかね」
「そうか?」ぼくは先生に引きつけられていた。とにかく普通ではなかったのだ。カールなら言い負かすこともできるにちがいない。「もしさ、ほんとに先生が嘘を言ってるとしたら」ぼくは言ってやった。「いったいどこが嘘なんだ?」
「6×11は68なんかじゃない。絶対ちがう。66だ。これは確かだ」
「先生だってそう言ったじゃないか。その点は認めてた。ほかにどんな嘘をついた?」
「わかんねえよ」カールは言った。「まあいろいろさ」
「いろいろって?」
「そりゃ」話しながら足をぶらぶらさせた。「おまえさ、半分がライオンで半分が鳥なんていう生き物を見たことがあるか?」そう言いながら腕組みをした。「なんかやたらうさんくせえんだよ」
「ほんとにいるかもしれない」ぼくはカールをやっつけるために、話をでっちあげなければならなかった。「うちのママがIGAスーパーで買ってきた新聞を読んだんだけど、それに科学者の話が載ってたんだ。そいつはさ、スイスのアルプスに住んでたんだけど、気ちがい科学者でね、遺伝子とか染色体とかそんなものを試験管のなかで混ぜ合わせて、人間とハムスターを合体させたんだ」ぼくは話に信憑性をもたせるために、言葉を切った。「ヒュームスターの誕生だ」
「まさか」カールは口をぽかんと開けたまま、ぼくをじっと見た。臭い息がまともにぼくの顔にかかった。「なんて新聞だ?」
「ナショナル・エンクワイヤー」ぼくは言った。「レジの横で売ってるやつ」カールを見ると、ああ、それなら知ってる、という表情が浮かび、自分がうまくやったことがわかった。「でさ、その気ちがい科学者の名前はね、えーと、フランケンブッシュ博士だ」言ってしまってから、しまった、その名前は失敗だった、と気がついた。カールが、その名前は例の気ちがい科学者のもじりだな、と言い出すのを待ちかまえたが、カールはそこに坐っていただけだった。
「人間とハムスターだって?」カールは気持ち悪そうに口をゆがめたまま、まじまじとぼくを見た。「おえっ。そいつどんな格好なんだ?」
バスがぼくの降りる場所に着いた。バスを降りて、舗装していない道を通って、裏庭を走り抜けるとちゅうで、幸運のおまじないにタイヤのぶらんこを蹴飛ばす。教科書を裏の階段のところに放り出して、イヌのセルビー氏を抱きしめてキスしてやった。それから急いでなかに入った。芽キャベツを料理しているにおいがする。ぼくの大嫌いな野菜だ。母は流しで何かほかの野菜を洗っていた。赤ん坊の弟が、台所の床に置いた黄色いベビー・サークルのなかで、大きな声で何か言っていた。
「ママ、ただいま」ぼくはベビー・サークルをひょいと飛んでよけると、ママにキスした。「ねえ、知ってる?」
「どうしたの?」
「今日ねえ、代理の先生が来たんだ、フェレンチ先生っていうの。いままで見たことのない人だよ。話とか考え方とか、いろいろ教えてくれたんだ」
「そう、それは良かったわね」ママは流しの前にある窓から外を見ていた。その視線の先には、家の西に拡がる松林があった。昼下がりのこの時間、ママの肌はいつもとても白く見えた。よその人はいつもママのことを、ベティ・クロッカー、インスタントビスケットミックスの箱の横で大きなスプーンと一緒に印刷されている人によく似ていると言う。
「あのね、トミー」ママは言った。「二階へ上がって、バスルームの床に脱ぎっぱなしの服を拾っておきなさい。それから納屋へ行って、今朝パパが使ったままになってるシャベルと斧を戻しておいてくれないかしら?」
「先生はね、6×11が68になることもあるって言ったんだよ!」ぼくは言った。「それから、先生は半分ライオンで半分鳥の怪物を見たことがあるんだ」ぼくはママの返事を待った。「エジプトでね」
「わたしの言ったことが聞こえた?」ママはぼくにそう言うと、腕を上げ、手の甲で額の汗をぬぐった。「自分の仕事をやってちょうだい」
「わかってるよ」ぼくは言った。「ぼくはただママに代わりの先生のことを聞かせてあげたかっただけなんだ」
「とってもおもしろかったわよ」ママはちらっとぼくを見た。「だけどその話ならあとでまたできるでしょ。いまはしなきゃいけないことをやってね」
「わかったよ、ママ」ぼくはカウンターのびんのなかからクッキーを一枚取って、外に出ようとして、不意に思いついたことがあった。走ってリビングルームに行き、テレビ台の横の辞書を引っ張り出して、Gのページを開く。五分ほどして目指す言葉を見つけた。
【Gryphon】:griffin の異形つづり。
【Griffin】:ワシの頭と羽を持ち、ライオンの胴体を持つ伝説上の(fabulous)動物。
とびきりすばらしい(fabulous)というのはまさにその通りだ。ぼくは勝利の雄叫びを上げると、パパの道具を片づけに外へ駆けだした。
フェレンチ先生はつぎの日もやってきたが、少し感じがちがっていた。髪の毛をおさげにして左右にたらし、毛先から三センチぐらいのところを赤いゴムできつく結わえている。緑色のブラウスにピンクのスカーフといういでたちで、授業のあいだずっと先生の方を見ているのはつらそうな感じだった。今日は先生は読解だの算数だの、そんな授業をやるふりはいっさいしなかった。始業ベルがなると、いきなり話を始めたのだ。
四十分間、先生はぶっ通しで話した。それぞれの話のあいだにほとんどつながりはなさそうだったが、話はどれも辞書にあった言葉のように不思議な(fabulous)ものばかりだった。
昔、とんでもなく大きな宝石の話を聞いたことがあるわ。対蹠地(という言葉を先生は使った)にその宝石があってね、ある角度から光が差しこむと、その中心を見た人はみんな目が見えなくなってしまうのよ。こんな話もあるわ。世界一大きなダイヤモンドは呪われていて、それを所有した人はみんな死んでしまうの。ところがそれは運命のいたずらで、“希望のダイヤモンド”と呼ばれてるのよ。ダイヤモンドにはどれも魔力がある。だから女の人は指にはめるの、女らしさという魔力を持っているしるしにね。男には強さがあるけど、ほんとうの魔力は持ってない。だから男は女に恋をするけれど、女が男に恋をすることはないのよ。ただ愛されることが好きなだけ。ジョージ・ワシントンが死んだのは、ダイヤモンドのことで過ちを犯してしまったからなの。ワシントンはほんとうの初代大統領じゃないのよ(だが、それが誰だったかは言わなかった)。世界には、男も女も木の上に住んでいて、朝食にサルを食べているようなところもあるのよ。そこでは呪術師がお医者さんなの。海の底の生き物は、パンケーキみたいに薄っぺらで、科学者たちも未だに研究することができないの。だってその魚を引き上げて空気に触れさせると、破裂してしまうから。
教室は物音ひとつしなかった。そこにフェレンチ先生の声が響き、ときおりドナ・デシャーノが咳をした。トイレに行こうとする子さえいなかった。
ベートーヴェンは――先生の話は続いた――耳が聞こえなかったわけではないの。有名になるための策略で、それがうまく当たったのよ。しゃべるたびに先生のおさげが前後に揺れる。世界には肉食の木があるの。その葉っぱはねばねばしていて、ちょうど手を合わせるみたいに、虫を捕まえちゃうのよ。そう言いながら先生は両手を上げて、手のひらをぱたんと合わせてみせた。ほとんどの人は、金星は太陽から二番目に位置する惑星だと思っているけれど、いつもそんなに近いわけじゃないのよ。金星は、厚い雲に覆われてるせいで、わからないことばかり。
「でもね、わたしは雲の下に何があるのか知ってるの」フェレンチ先生はそう言って言葉を切った。「天使たち。天使が雲の下に住んでるの」先生は、天使は誰もに見えないわけではなく、実際には人びとが考えているよりずっと利口なのだと教えてくれた。天使たちはよく言われるように、ローブみたいなものを着ているわけではないの。もっとフォーマルなイヴニング・ドレスのようなものを着ているのよ、ちょうどコンサートにでも行くように。ときどき天使がコンサートにやって来て、通路に腰かけていることもあるの。そんなところにいる彼らをたいていの人は気にも留めないけれど。でもね、何よりもおそろしいのはスフィンクスの姿をした天使。「誰もその天使からは逃れられないの」
オハイオ州の地表のすぐ下には消すことのできない火が燃えているのよ。モーツァルトは赤ちゃんの時に、初めてトランペットの音を聞いて、ゆりかごのなかで気を失ったの。ナージム・アル・ハラーディムという人は、歴史上最大の作家だったのよ。惑星は人の行動をコントロールしていて、日食のときに受胎した人はみな、足に水かきのある子供を産むことになるの。
「あなたがた子供は、こうしたことを聞くのが大好きだということをわたしは知っています」彼女は言った。「秘密の話。だからわたしはこんな話をしているの」ぼくたちはうなずいた。先生の話を聞くのは、読解の教科書「広い視野」に出てくる問題を解くよりはるかに楽しかった。
「最後にもうひとつだけお話をしてあげるわ」と先生は言った。「それから算数の問題に取りかかることにしましょう」
フェレンチ先生は身を乗り出し、低い声で言った。「死は存在しないのです。恐れてはなりません。決してね。死ぬことなどありえない。地上とあの世では様態が変化するだけなのよ。これは、わたしがこうやってみなさんの前に立っているのと同じくらい、確かなことです。誓ってもいいわ。だから恐れてはだめ。わたしはその真実を、実際に目で見たの。夢のなかで神様がキスしてくださったから、そのことがわかったわ。ほら、ここに」そうして先生は右の人差し指で、口の両端からまっすぐ下に刻まれている二本の線を示した。
うわのそらのまま、ぼくたちは算数の問題を解いた。休憩時間になると、クラスの子供たちは運動場に出たが、だれひとり遊んでいる者はなかった。みんな、数人ずつのグループに分かれて、フェレンチ先生の話をしていたのだ。ぼくたちには先生の頭がおかしいのかどうか、判断がつかなかった。ぼくは校庭のうに目をやり、ハゼノキの茂みの向こうに錆びた車が山と積み上げられているのを眺めた。そこにある車がこっちにやってくればいい、と思い、それが見たいと思った。
下校のとき、カールがまたぼくの隣りにやってきた。今日はほとんど口を開かなかったが、それはぼくも同じだった。だいぶたってから、カールはぼくの方を向いた。「あのな、虫をつかまえる草のこと、先生が言っただろ?」
「なんだって?」
「草の話だよ」カールはなおも言った。「食虫植物だ。あれ、ほんとの話なんだ。テレビで見たんだ。葉っぱから、ねとねとした糊みたいなものが出てて、草全体を覆ってるんだ。だから虫はくっついたらもう逃げられなくなる。前に見たんだ」カールはとまどってるみたいだった。「先生、やっぱほんとのことを言ってんだな」
「うん」
「じゃ、天使を見たことがあるってのは?」
ぼくは肩をすくめた。
「それはないんじゃないかな」カールはそっと言った。「あっちは作り話だ」
「木が一本あります」ぼくはだしぬけに言ってみた。窓の外に目をやると、郡道H号線沿いに農場が続いていた。ぼくは納屋を全部知っていた。壊れた風車小屋も、柵のひとつひとつも、無水アンモニアのタンクも、どれもそらで言えるほど知っていた。「木が一本あります……わたしが前に見たことのある……」
「やめろったら」カールは言った。「頭のネジがはずれちまったみてえだぞ」
ぼくはママにキスをした。ママは調理台の前に立っていた。「今日はどんな一日だった?」ママが聞いた。
「楽しかったよ」
「今日もまたフェレンチ先生がいらっしゃったの?」
「うん」
「で、どうだった?」
「おもしろかったよ、ママ、部屋に行っていい?」
「ちょっと待って、その前に菜園に行ってトマトを何個か、採ってきてくれない?」ママは空を見上げた。「雨が降りそう。大急ぎで行ってきて。戻ってきたら、ちょっとでいいから弟の相手をしててくれる? ママ、ちょっと二階に上がってるから。晩ご飯の前に、掃除をしておきたいの」ママはぼくに目をやった。「ちょっと顔色が悪いみたい、トミー」ママが手の甲をぼくの額に当てたので、ダイアモンドの指輪がぼくの皮膚にふれた。「調子、悪くない?」
「大丈夫だよ」そう言って、ぼくはトマトを採りに外へ出た。
音のしないように咳をしながら、次の日、ヒブラー先生が戻ってきたが、45分おきに向こうを向いて、トローチを口のなかに滑り込ませていた。フェレンチ先生が自分の立てた授業計画をどこまで消化したか、ぼくたちに聞いた。イーディス・アトウォーターがクラスを代表して、ヒブラー先生に説明する役を引き受けた。代わりの先生は、ヒブラー先生とは教え方がちょっとちがっていて、たくさん話を聞かせてくださいましたが、わたしたちは一生懸命勉強しました。何の話をされたのかね? とヒブラー先生は聞いた。いろんな話です、とイーディスは答えた。あまり覚えてません。ヒブラー先生は、フェレンチ先生がどんな話をしていたか、まったく興味を示さなかったので、ぼくたちは胸をなでおろした。おそらく、女がよくやるような話だと思ったのだろう。他愛のない、授業中にはあまりふさわしくはないような。まちがいを直してやらなければならない算数プリントの山を目にして、これで十分と思ったのだろう。
翌月になり、校庭のハゼノキは鮮やかに紅葉し、太陽は少しずつ南の空に移動した。教室の後ろの掲示板にヒブラー先生が貼り付けたハロウィーンの飾りのところにまで日差しは伸びて、カボチャ頭のカカシもオレンジから淡褐色に色が褪せていった。
ぼくは太陽がどれだけ南地平線に移動しているか計測しようと、三日おきに北側の壁に黒いクレヨンで小さな印をつけていった。印といってもアリほどの大きさだったから、そこにそんなものがあることはぼくしか知らなかった。
十二月の初め、その年初めて降った雪が根雪になってから四日が過ぎて、あの人がまたぼくたちの教室にやってきた。教室のドアを開けた瞬間、ぼくの心臓がドキドキし始めた。あの人は、またしても別人のようになっていた。今度は髪の毛をまっすぐ垂らしていたが、ほとんど櫛を入れてないようだった。ランチボックスは持っていなかったが、小さな箱のようなものを持っていた。ぼくたちに挨拶してから、天気のことを話した。ドナ・デシャーノが、先生、コートを脱いだらどうですか、とうながした。
しばらくして始業ベルが鳴り、フェレンチ先生はぼくたちを見渡して言った。「みなさん、このまえはみなさんとご一緒できて、ほんとうに楽しかったわ。だからきょうはみなさんにそのお礼をしようと思ったの」小さな箱を持ち上げた。「これが何かわかる?」しばらくようすをうかがった。「もちろんわからないわね。これはタロット・カードよ」
イーディス・アトウォーターが手を挙げた。「フェレンチ先生、タロット・カードってなんですか?」
「これはね、運勢を占うのに使うのよ」先生は言った。「今日の午前中はこれを使おうと思ってるの。わたしがみなさんの運勢を占ってあげます。わたしはやり方を習ったのよ」
「運勢って何ですか?」ボビー・クリザノウィッツが聞いた。
「未来のことよ、君のね。わたしはあなたがこれからどうなっていくかわかるの。もちろん将来のすべてはわからないわよ。わたしがやるのはファイヴ・カードというやり方だけ。杖、聖杯、剣、ペンタクル、それから大アルカナを使います。さあ、最初に占ってほしいのはだれ?」
沈黙が続いた。やがて、キャロル・ピータースンが手を挙げた。
「いいわよ」フェレンチ先生は言った。カードの束を五つに分けて、ぼくの席の前のキャロルのところへ来た。「それぞれの束から一枚ずつカードを引くのよ」キャロルが〈聖杯〉の4と〈剣〉の6を引いたのはわかったが、そのほかのカードは見えなかった。フェレンチ先生はキャロルの机の上のカードをしばらく眺めていた。
「悪くないわ」先生は言った。「そんなに高い教育を受けることはないでしょうね。たぶん、結婚は早いわ。子供がたくさん。何か殺風景な、砂をかむようなものがここに出てるけれど、それが何かはわたしにはわからない。たぶん、主婦としてのこまごまとした毎日かもしれないわね。あなた、きっとうまくやるわよ、ほとんどのときには」そう言ってキャロルに笑いかけたが、その表情は、先生がたいして興味を引かれていないことを示していた。「つぎはだれ?」
カール・ホワイトサイドがおそるおそる手を挙げた。
「わかりました」フェレンチ先生は言うと「あなたの運勢を占ってみましょうね」とカールの席まで歩いていった。カールが五枚カードを引くと、長いことそれを見つめていた。「旅」と言った。「とても遠いところへ旅に出る。軍隊に入るのかもしれないわ。ここにはあまり恋愛の問題は出ていない。結婚は遅い、もしするとしてもね。だけど大アルカナには〈太陽〉のカードが出ている。これはとてもいいカードよ」そこでクスッと笑った。「きっと幸せな人生を送ることになるわ」
つぎに手を挙げたのはぼくだった。先生はぼくの未来を占ってくれた。ボビー・クリザノウィッツにも、ケリー・マンガーにも、イーディス・アトウォーターにも、キム・プアーにも同じことをしてやった。それから先生はウェイン・ラズマーの席に向かった。ウェインは五枚のカードを引き、なかに死神のカードがあるのにぼくは気がついた。
「あなたの名前は?」フェレンチ先生はたずねた。
「ウェインです」
「あのね、ウェイン」先生は言った。「あなたは大人になる前に、大きな変身を遂げる、つまり変化を経験することになるわ。あなたの大地の要素はきっと高くのぼっていくことでしょう。あなたはとてもいい少年のようだから。このカード、〈剣〉の9は、あなたが苦難に遭遇し、みじめな境遇に陥ることを示しています。そうしてこの〈杖〉の10は、そうね、これは重荷」
「じゃ、これは何なんですか」ウェインは〈死神〉のカードを指した。
「これはね、坊や、あなたがまもなく死ぬということを意味しているの」先生はカードを集めた。ぼくたちはみんなウェインを見つめていた。「だけど恐れるには及ばないわ」先生は言った。「それはほんとうに死ぬということではないの。ただ、変化するということ。あなたの大地の要素が」先生はカードをヒブラー先生の机の上に置いた。「さあ、算数をやりましょう」
ランチタイムになると、ウェインは校長のフェーガー先生のところへ行って、フェレンチ先生がやったことを知らせた。それから昼休みのあいだに、ぼくたちはフェレンチ先生が緑色の錆びたランブラー・アメリカンに乗って駐車場から出ていくのを見た。ぼくは滑り台の下に立って、ほかの子が滑っていく音や、お皿のように少しくぼんだ終点に降り立つ音を聞いていた。そこでぼくが石ころを蹴ったり、自分の髪の毛を引っ張ったりしていたら、ウェインが校庭に出てきたのが見えた。やつは呆けたようなにたにた笑いを浮かべ、右手の指をひらひらさせながら、自分がフェレンチ先生のことをどのように伝えたか、みんなに話していた。
ぼくはほかのクラスの女の子ふたりを押しのけて、ウェインの前に立った。ウェインは鈍い小さな目で、まじまじとぼくを見た。
「おまえがチクったんだ」ぼくは怒鳴っていた。「先生は冗談を言っただけなのに」
「あんなこと、言っちゃいけないんだ」やつも怒鳴り返した、「算数をやる時間だったんだぞ」
「おまえぶるっちゃったんだろう」ぼくは言った。「弱虫、おまえほんとに弱虫だなあ、ウェインちゃん。あんな小さなカード一枚が怖かったぐらいだもんな」ぼくははやした。
ウェインは飛びかかってきて、両のこぶしで交互にぼくの鼻をなぐった。ぼくはやつのみぞおちに強い一発をお見舞いし、つぎに頭をねらった。こぶしを固めたところで、やつが泣いているのがわかった。ぼくは殴りつけた。
「先生はまちがってない」ぼくは叫んだ。「先生はいつだって正しかったんだ! フェレンチ先生は嘘なんて言わなかった!」ほかの子たちも加わった。「おまえ、怖かっただけだろ。怖かっただけなんだ!」
大きな手がぼくたちを引き離した。そうして今度はフェーガー先生に話をするのはぼくの番だった。
午後になってもフェレンチ先生は戻ってこず、ぼくは鼻の穴に血のにじんだ脱脂綿を詰めて、唇も腫らしていた。ぼくたちのクラスは全員、六年を持っているマンティ先生のクラスに押し込められて、午後の理科の授業はそこで、どぶや沼に棲む昆虫の一生について教わった。ぼくはマンティ先生がどこに住んでいるか知っていた。先生はぼくの家の近所のクリアウォーター・パークにある新しいトレイラー・ハウスに住んでいるのだ。この先生には秘密などなにもなかった。
マンティ先生と、四年のもうひとりの先生であるボーダイン先生――四年の別のクラスの先生だ――は、なんとか四十五脚の机を教室に押し込んだ。ケリー・マンガーが、フェレンチ先生は逮捕されたんですか、と聞き、マンティ先生は、もちろんそんなことはありませんよ、と返事をした。
その日の午後は帰りのバスが来るまで、ぼくたちはコオロギや二本縞バッタ、チャバネゴキブリやセミ、カ、ハエ、ガなどについて勉強した。昆虫の固い外側の殻の外骨格や、ふつうは口と呼ばれている、上唇、下顎、上顎、中舌を教わった。複眼も、卵から幼虫、さなぎを経て成虫にいたる四段階の変態も習った。ほかにも、交尾について、それほど詳しくはなかったがひととおり教わった。マンティ先生はたくみな手つきで、黒板にバッタの解剖図を描いた。ミツバチが、巣のなかのほかのハチに花粉の場所を教えようとダンスをすることも習った。ぼくたちは人間に対して害のある昆虫と、そうではない昆虫の区別をつけられるようになった。線の引いてある白いに紙に、肉眼で見ることのできる昆虫の一覧表を作り、また別の紙に、はっきりと見ることのできない昆虫、たとえばノミとかのような昆虫の一覧表を作った。マンティ先生は、明日までにこの表を暗記してくるのが宿題よ、と言った。明日はきっとヒブラー先生もいらっしゃって、あなたたちがわかっているかどうかテストなさいますからね、と。
The End
作者自身による解説
この短篇は、バクスターの作品のなかでももっとも有名な作品のひとつで、学校でのテキストに採用されていることも多い。公式サイトCharles Baxter official website のなかで、作者チャールズ・バクスターが「グリフォン」について語っている。
ここではこのページの全文訳http://www.charlesbaxter.com/published_works/gryphon_main.htmを掲載する。
* * *
チャールズ・バクスターは短篇「グリフォン」について質問されることが少なくない。学生の理解を助けるために、チャールズは頻出の質問に対して、このサイトのために答えてくれた。
Question:この小説のタイトル「グリフォン」にはどのような意味があるのですか? グリフォンは、作品のなかではそこまで重要ではないように思うのですが――グリフォンというのはこの小説のなかでどのような意味を持っているのでしょう。
Baxter:フェレンチ先生はグリフォンを、自分がエジプトで実際に見た生き物だと言っています。けれども、グリフォンというのは、半身がワシ、半身がライオンという想像上の生き物です。言葉を換えれば、グリフォンは現に存在する「部分」から成り立っているけれど、それを合成すると、この世には存在しない、新しい生き物を作りだすことになります。それまで誰も考えたこともないような。おそらく彼女は子供たちに対して、型にはまらない事実と可能性をあらわにしてみせることが必要だと感じていたのでしょう。もちろん、フェレンチ先生自身がどこかしらグリフォンじみている、と読むことも可能です――半分がこの世の、具体的な世界の存在、もう半分はこの世ならぬ存在として。
Question: この物語のある箇所で、フェレンチ先生は児童たちに向かって「6×11の答えが68になるのは代理の事実」であると言います。この「代理の事実」というのは物語のなかでは大きな問題となっているのでしょうか。
Baxter: 「代理の事実」ということが、単に誤りであったり不正確であったりという場合もありますが、そうでない場合、つまり神話であるとか想像力の産物である場合もあるのです。フェレンチ先生は教室の子供たちに驚くような「事実」を喜んで話してやっています。その話のなかには真実もあれば、神話もある、そうして単にほんとうではない話もある。そうやって子供たちに、不思議さに目を開いていくような感覚を伸ばしてやろうとしているのです。
Question: フェレンチ先生は子供たちに嘘をついていると思いますか?
Baxter: 物語のなかで、フェレンチ先生が自分が子供たちに嘘をついていると思っていることを指し示すような点はまったくありません。おそらく彼女は子供たちに「事実」として語る出来事が生み出されるような世界で、ほんのごくわずかなあいだだけでも、生きているのでしょう。
Question: この物語はフェレンチ先生のクラスのひとりの子供の視点で語られていますが、これは回想のかたちを採っています。もしこれが現在時制で語られていたとしたら、物語は変わったでしょうか。物語の語り手は、話が始まった時点にくらべてファイヴ・オークスに対するちがった考え方を持つようになっていたのではないでしょうか。
Baxter: わたしがこの作品を書いたときに、トミーの視点が、明らかに大人の目から見たフェレンチ先生とならないように、非常に気を遣いました(フェレンチ先生がトミーを占ったとき――彼の未来を――彼は読者にその予言が当たったかどうかを明らかにしていないことに留意してください)。わたしには、この物語には振り返っている感覚が必要なもののように思われました。わたしには、この物語をひとりの児童が、児童のままで語ることはできないように感じたのです。読者がこの物語に向かうとき、ひとりひとりが自分の気持ちを決めなければなりません。フェレンチ先生は果たして善良なのか悪人なのか、正直なのか、それとも危険なのか、刺激的な人物なのか、不適切な人物なのか。トミーが自分の考えを読者に押しつけるべきではないのです。
Question: おそらくヒブラー先生のクラスのだれもが、フェレンチ先生は奇妙な人だと思ったでしょう――わたしの目にも、一風変わった人のように映りますから。あの顔にある「操り人形の線」はどこから来たのですか? そうして、どうして彼女はあんな変な話し方をするのでしょうか?
Baxter: 最初にフェレンチ先生を見たとき、トミーはその操り人形の線を見て、ピノキオを連想します。ピノキオは、ご存じのとおり、ふたつの面で有名ですよね。まず、彼はほんものの男の子ではありません(そうなりたかったのですが)。もうひとつ、彼はうそつきだった。フェレンチ先生というのはどこかほんとうの人間ではないようなところ、まるで何ものかに紐で操られているようなところがあります。それに、わたしは昔、ほんとうに、口の両脇からシワが二本下がっている先生に教わったことがあったのです。その先生を見ているといつも操り人形を思い出したものです。そのせいもありますね。
Question: なぜ最後の段落ではこまかな事実がたくさん記されているのですか? そうしてなぜ物語はそこで終わるのですか?
Baxter: フェレンチ先生の影響を受けて、この世界のあらゆるこまごました事実から、不思議さという要素の意味の獲得が始まっていく、ということです。――この物語の結末部分にある、たとえば昆虫のようにもっともありふれたものでさえ。この物語の終わりは、ヒブラー先生が「わたしたちの知識をテストしに」もどってくるだろうというところで終わりますが、もちろんこれは同時に、フェレンチ先生を知ったあとの子供たちが、ほんとうに知ったことは何だったのか、という疑問の始まりでもあるのです。
迎え入れる人びと
この短篇はずいぶん前に「暑いときにはコワい本」で取り上げたこともあるのだが、フェレンチ先生のことをわたしはずっと「エキセントリックな先生」だと思っていた。ところが今回訳すために何度も読み返すうち、ほんとうにこの人はちょっと「コワい」先生なんだろうか、という気がしてきたのだ。
たとえば、フェレンチ先生が "She said her grandfather had been a Hungarian prince" という場面がある。この"prince" を、「ハンガリーの王子(皇太子)」と取れば、何を言っているやら……、ということになるのだが、"prince"には、英国以外の国々の貴族の称号を、爵位別ではなく言うときに使う場合もある(たとえばPrince Bismarck といえば、ドイツの「ビスマルク公」を指す)。とすると、あながち嘘とばかりも言えないのである。作者の言葉を借りれば、フェレンチ先生の話はちょうど“グリフォンのように”、「現に存在する「部分」から成り立っているけれど、それを合成すると、この世には存在しない、新しい生き物を作りだ」しているのかもしれない。
訳しているうちにふと思った。これは裏返しにされた『坊ちゃん』かもしれない。四国松山から出たことのない中学生たちにとって、「坊ちゃん」は聞いたことのない言葉をしゃべる奇妙な先生である。その一挙手一投足が、彼らにとっては物珍しい。ほかの先生はみんな「どこに住んでいるか知っていた。先生はぼくの家の近所のクリアウォーター・パークにある新しいトレイラー・ハウスに住んでいるのだ。この先生には秘密などなにもなかった」なのに、「坊ちゃん」は「とにかく普通ではなかった」から、松山の中学生たちはみんな「先生に引きつけられていた」ことはまちがいない。ファイヴ・オークスの四年生さながら、よるとさわると「坊ちゃん」の話ばかりしていたことだろう。
「坊ちゃん」は、自分が中学生にどんな影響を与えたか、など、まったく頭の隅にもなかったようで、やりたいことだけをやって、さっさと東京へ帰っていく。けれど、あとに残った松山の中学生たちは、おそらく、何もかもが以前とはちがって見えるようになっただろう。
そこしか知らなければ、自分たちがどんなにちっぽけな世界に住んでいるかわからない。そこでのあれやこれやが世界に起こるすべてだ。けれども、ちがう世界の住人がきたとき、人びとは、自分の世界に「外」があることを知り、そこで初めて「内」に気がつく。「内」があって「外」があるのではない。「外」に気がつくことによって、逆に「内」がそこに生まれるのだ。
もちろん「坊ちゃん」の時代の日本ではない、ほうれん草を生で食べるのがまだめずらしいころだから、1970年代ぐらいだろうか。その当時のアメリカだから、トミーはファイヴ・オークスがちっぽけな田舎町であることは知っている。十歳にして、自分を取り巻く世界に飽き飽きし始めている。
それでも、外の世界からフェレンチ先生がやってきたことで、ちっぽけなもの、よく知っていると思ったものが、そうではない可能性を秘めていることに気がつくのだ。もしかしたら6×11が68になる世界があるかもしれないように。
「やってくる人」が登場する物語の系譜がある。もちろん有島武郎の『カインの末裔』や谷崎潤一郎の短篇『小さな王国』のように、「やってくる人」がそこに住みつく場合もあるが、それはやってきた人がどう共同体の一員になるか、というタイプの物語である。だが、『坊っちゃん』や『草枕』、あるいは『カンディード』や『浦島太郎』や『タイムマシン』のように、主人公が異郷を訪れ、やがて帰っていく物語、そしてまた『風の又三郎』や『夕鶴』や、ここで以前に紹介した「木・岩・雲」や「菊」や「これからどこへ行くの、いままでどこにいたの?」のように、迎え入れる人びとの側の物語もある。この「グリフォン」も、「迎え入れる人びと」の物語と言えるだろう。
やってくる人に対して、迎え入れる人びとは否応なく受け入れるしかない。そうして、受け入れるうちに、否応なく変わっていくのである。たとえやってきた人が去っていっても、迎え入れた人びとは同じ場所にはいられない。その世界は、従来と同じではありえない。
初出Nov.08-17 2008 改訂Nov.20, 2008
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