Shirley Jackson

The Lottery

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ここではシャーリー・ジャクスンの『くじ』の翻訳を掲載しています。
邦訳は『異色作家短編集12 シャーリー・ジャクスン くじ』として深町真理子訳で早川書房より出ています。
原文は
http://www.acsu.buffalo.edu/~rrojas/The%20Lottery.htm
で読めます。
誤訳などにお気づきの方は、ぜひご一報ください。




く じ

by シャーリー・ジャクスン



 六月二十七日の朝は、からりと晴れて、暖かく明るい陽射しも澄んだ、夏らしい日となった。花は一面に咲き乱れ、草は青々と繁っている。村の人々は、郵便局と銀行の間の広場に、十時ごろから集まり始めた。

ところによっては、住人すべてがくじを引き終えるまで、丸二日を要するような大きな町もあるという。そんな町では、前日の二十六日から行われるらしいが、この村は全員合わせても三百人ほど、みんながくじを引いたところで、二時間もかからない。だから午前十時から始めても、時間内に終わるどころか、それから家に帰って、昼食の時間に十分間に合うのだった。

 むろん、最初に集まってきたのは、子どもたちである。学校の終業式は、つい先日のことだったので、子供たちもまだ、夏休みの開放感に、十分馴染んではいないようすである。ここに来ても、わいわい走りまわることもなく、ぶらぶらとやって来ては小さな声で話しているだけだった。その話題も、学校のことや先生のこと、教科書や叱られたことの域を出ていない。

とはいえ、ボビー・マーティンのポケットは、早くも石でいっぱいで、すぐにほかの男の子たちもそれにならって、なるべく表面がすべすべの丸い石を集め始めた。集めた石を広場の隅にうずたかく積み上げると、つぎにボビーとハリーのジョーンズ兄弟とディッキー・ドラクロア(村ではデラクロイと発音されていた)が、他の男の子たちの襲撃に備えてそこを守った。女の子たちはすぐそばに立って、自分たちだけでおしゃべりしながら、肩越しにチラチラと男の子の方を見やっている。もっと小さな子どもたちは、地面を転げ回ってはしゃいだり、お兄ちゃんやお姉ちゃんの手にしっかりとつかまったりしていた。

 つぎに顔を見せ始めたのは男衆だった。自分の子どもがいるのを確かめ、作物や雨の話、トラクターや税金の話をしながら、次第に集まってくる。石が積み上げられた一画からは距離を置いたところに輪を作った。ときおり誰かが冗談を口にしても、大笑いする者はおらず、せいぜいが笑みを浮かべて見せるぐらいだ。

女たちは色あせた平生着のワンピースやセーター姿で、男衆より少し遅れてやってきた。挨拶を交わすが早いか、夫の下へ行くまでのほんの短い間に、うわさ話の交換をすませてしまう。そのあと夫の隣りに並んで子どもたちを呼んだ。ところが子どもたちときたら言うことを聞かず、四度も五度も呼ばなければならない。ボビー・マーティンなどは、頭をひょいとかがめて母親の手をかわし、笑いながら石の山のほうに走っていく始末だった。だが、父親が厳しい声で一喝すると、ボビーもあわてて戻ってきて、父親と一番大きな兄の間にちょこんとおさまった。

 くじ引きを運営するのは、スクエアダンスや十代のクラブ、ハロウィンの催しと同じく、市民活動に捧げる暇とエネルギーを十分に持ち合わせているサマーズ氏である。丸顔で陽気な石炭屋の主だが、子どももなく、ガミガミと口やかましい女房とふたりきりで暮らす彼を、村人たちは気の毒に思っていた。そのサマーズ氏が、黒い木箱を携えて広場に到着すると、人びとのあいだからつぶやくような声がこだまする。サマーズ氏は手を振って、一同に呼びかけた。

「みなさん、今日は少し遅くなりましたな」
あとからついてきたのは郵便局長のグレイヴス氏である。両手で抱える三本脚の丸椅子を、広場の真ん中に置くと、サマーズ氏は黒い箱をその上に乗せた。人びとは丸椅子を遠巻きにしたまま、近寄ろうともしない。サマーズ氏が「どなたか手伝ってくださらんか」と声をかけたが、ためらうばかりである。やっとふたりの男、マーティン氏と長男のバクスターが歩みだし、サマーズ氏が箱の中の紙切れをかき回しているあいだ、箱が動かないよう押さえつける役を引き受けた。

 くじ引きが始まった当時の道具は、とうになくなってしまっていたが、丸椅子の上の黒い箱も、村一番の年寄り、ワーナーじいさんが生まれる前から使用されている。サマーズ氏はちょくちょく、新しい箱を作ったらどうかね、とみんなに持ちかけていたのだが、たかだか箱ひとつ分の伝統すらも、誰も破ろうとはしない。というのも、この箱はには、前の箱の一部が使われているという言い伝えがあるからなのだ。前の箱、すなわちこの土地に入植し、村を築いた人びとが作った最初の箱である。

だから、毎年くじ引きが終わって、サマーズ氏が判で押したように新しい箱のことを口にしても、実際にどうにかしようとする者もないまま、立ち消えになってしまうのだった。年々黒い箱は古ぼけて、いまではひどくささくれて地の木目が顕わになっている箇所さえある。おまけに、あちこち塗りもはげ、染みがついたりして、「黒」とすら言いかねるようなありさまだった。

 マーティン氏と長男のバクスターは、サマーズ氏が箱の中の紙片を十分にかきまぜてしまうまで、丸椅子の上の黒い箱を、動かないようしっかり押さえつけていた。なにしろ儀式の手順も少なからず、忘れられ、簡略化されてしまっている昨今であるから、サマーズ氏も、何世代にも渡って用いられてきた木の札を、紙片に代えることに成功していた。村が小さかったころなら、木札も大変結構だったのだろうが、現在のように人口も三百人を越し、さらに成長を続けるなかにあっては、黒い箱にはもっと出し入れのしやすいものがふさわしかろう、と、サマーズ氏が熱弁をふるったのである。

紙片は、くじ引き前夜、サマーズ氏とグレイヴス氏が作成し、箱に入れた状態で、サマーズ石炭商会の金庫に保管される。翌朝サマーズ氏が広場へ持ち出す準備ができるまで、金庫の鍵はかかったままだ。くじ引きが終わってしまえば、毎年箱は、さまざまな場所にしまいこまれていた。ある年にはグレイヴス氏の納屋、またある年は郵便局の地下、またある年は、マーティン食料品店の棚、という具合に。

 サマーズ氏がくじ引きの開始を宣言するまでには、まだやらなければならないあれやこれやがあった。第一に、リストの作成である。一族の長のリスト、その一族に含まれる各家族の世帯主のリスト、さらに各家族の成員のリスト。それから郵便局長が、サマーズ氏を正式に、くじの審判員に任命する。昔はここで、審判員が朗詠をやっていたもんさ、と当時を覚えている村人もいた。毎年毎年、決まった時間に、調子っぱずれの詠唱が繰りかえされたもんだ。審判員は立ちっぱなしで朗読、もしくは詠唱していたと言う者もいれば、人々の間を歩き回っていたのだ、と主張する者もいたが、いずれにせよ、ずいぶん前から儀式のこの手順は省略されてきたのだった。昔は迎えの言葉も決まっており、くじを引くひとりひとりに、審判員はその言葉を投げ掛けることになっていたのだが、それもまた時とともに変わっていき、いまでは来る者に、一言、声をかけさえすれば十分、と考えられていた。

サマーズ氏はこうしたことをすべて、うまくこなした。清潔な白いシャツにジーンズといういでたちで、片手を無造作に黒い箱に乗せて、グレイヴス氏とマーティン親子に向かってよどみなく話し続ける様子は、まさしくこの儀式にふさわしい、重要人物のそれだった。

 長い話をやっとのことで切り上げたサマーズ氏が、集まった村人たちの方を向いたちょうどそのとき、ハッチンスン夫人が、広場に通じる道をバタバタと駆けてきた。肩に引っかけたセーターを揺らしながら、会衆の後ろに滑り込んだ。

「あたし、今日があの日だったってこと、すっかり忘れちゃってたわ」と、隣にいたドロクロア夫人に声をかけると、ふたりはそっと笑った。
「父さんがいないから、また薪を積みに行ってるんだろうと思ってたんだけど、外を見たらチビたちもいないじゃない、それで今日が27日だったってこと思いだして、いそいで走って来たのよ」
エプロンで手を拭うハッチンスン夫人に、ドラクロア夫人が答えた。
「間に合ったわよ。あそこじゃまだまだ話のまっ最中だもの」

 ハッチンスン夫人は首を伸ばして人混みを見渡し、夫と子どもたちが前の方に立っているのを見つけた。それじゃあね、とでもいうようにドラクロア夫人の腕を軽く叩いてから、人波をかき分けていった。みんな、快く道を空けてやる。
「ほら、ハッチンスン、かみさんが来たぞ」「ビル、奥さんが間に合って良かったな」という声が、人垣の向こうから上がった。

ハッチンスン夫人が夫のところまでやって来るあいだ、ずっと待っていたサマーズ氏が、ほがらかに声をかけた。
「テシー、あんた抜きで始めなきゃならんかと思ってたぞ」

にっこり笑ってハッチンスン夫人は言い返す。「このあたしに流しに皿を置きっぱなしにさせとくつもり、ジョー」
夫人を通そうと譲った場所から、元の位置に戻っていく会衆の間に、低い笑い声がさざ波のように拡がった。

「さて、と」サマーズ氏が改まった声を出した。「さっさと取りかかって終わらせてしまうとしようじゃないか。そうすれば仕事にも戻れる。だれかここにいない者は?」
「ダンバーがいない」
「ダンバーさんだよ」という声があちこちからあがる。

 サマーズ氏はリストを調べた。「クライド・ダンバーだね。そうだ、脚を折ったんだったな。だれが代わりにひくのかね」

「あたしってことになると思います」という声に、サマーズ氏は振り返った。
「女房が亭主のかわりに引くんだな。あんたのかわりをしてくれる大きな息子はいないのかね、ジェイニー」

サマーズ氏ばかりでなく、この村の住人ならひとり残らずその答えをよく知っていたのだが、こうしたことを正式に訊ねるのも審判員の役目なのだ。ダンバーの奥さんが答えるのを、サマーズ氏は礼儀正しく、いかにも関心がありそうな顔をして待った。

「ホレスはまだ十六歳になってません」ダンバー夫人は残念そうに答えた。「ことしはあたしがうちのひとの穴埋めをやらなきゃならないんです」

「よろしい」サマーズ氏は手に捧げていたリストに書き込みをする。
「ワトソンの息子は今年引くのかね」

 会衆のなかの背の高い少年が手を挙げた。
「はい。ぼくが母さんとぼくの分を引きます」そういって、落ちつかなげに瞬きしながら、会衆の間から上がる「いい男になったな、ジャック」だの「おまえの母ちゃんが一人前の男を育てたことがわかってうれしいぞ」といった声に、首をすくめた。

「わかった。これで全部だな。ワーナーじいさんはきとるかね」
「おお、ここにおるぞ」と答える声に、サマーズ氏は頷いて応えた。

 サマーズ氏が咳払いして、リストに目を落とした瞬間、一同は水を打ったように静まりかえった。
「皆の衆、用意はいいな?」サマーズ氏が声を上げた。「これから名前を読み上げる――最初は一族の長からだ――呼ばれたものは出てきて、箱からくじを引く。全員の番が終わるまで見ずに、たたんだまま手に持っておくこと。皆の衆、よろしいか」

 村人たちはもう何度も同じことをやってきていたので、指示など話半分にしか聞いていなかった。ほとんどの者は、無言のまま唇を湿らせながら、一点を見つめている。サマーズ氏が片手を高々とあげて名前を呼んだ。

「アダムズ」ひとりの男が会衆から離れて進み出た。
「やあ、スティーヴ」サマーズ氏が声をかけるとアダムズ氏も「どうも、ジョー」と答えた。たがいにこわばって神経質な笑みを交わす。アダムズ氏が黒い箱のところへやってきて、小さく折たたんだ紙片を取り出した。端をしっかりと握りしめ、くるりと向きを変えて、足早にもとの場所に戻り、家族から少し離れて、手元から目を背けるようにして立った。

「アレン」サマーズ氏がまた呼んだ。
「アンダーソン、……、ベンサム」

「くじとくじの間なんてあっという間のような気がするよ」とドラクロワ夫人が後ろのグレイヴス夫人に話しかけた。
「前のときなんて先週おわったばっかりみたいだよ」
「確かに日が過ぎるってのは早いわね」とグレイヴス夫人。
「うちの父ちゃんが行くよ」とドラクロワ夫人は言うと、夫が前へ出ていくのを、息を凝らして見つめた。
「ダンバー」サマーズ氏が呼び、ダンバー夫人がしっかりした足取りで進み出る間、「ジェニー、がんばって」「ほら、奥さんが行くよ」と、あちこちからささやきが洩れた。

「次はうちの番だわ」
グレイヴス夫人はそう言うと、夫が箱の脇をぐるっと回って進み、重々しくサマーズ氏と挨拶を交わし、箱のなかから紙片を選ぶ様子を見守った。そのころまでには会衆のなかに、小さく折りたたんだ紙片を大きな手で持ったまま、いらいらと裏にしたり表に戻したりを繰り返す男たちの姿が見られた。紙片を握るダンバー夫人もふたりの息子と一緒に立っている。

「ハーバート、……、ハッチンスン」
「ビル、あんたの出番だよ」ハッチンスン夫人の言葉に、周りにいたひとびとは笑いを誘われた。
「聞いた話なんだが……」アダムズ氏が隣のワーナーじいさんに話しかける。「北の方の村じゃ、くじを止めにしようとかいう話が持ち上がってるんだそうだ」

 ワーナーじいさんは鼻を鳴らした。「阿呆どもが集まって騒いでおるわ。おおかた若い衆に丸めこまれでもしたんだろうが、やつらにそんなことができるわけがない。おつぎは、洞穴暮らしに戻りたい、か。働くのはいや、しばらくぐうたらしてみたい、とでも言い出すんだろう。昔から言われてきた通りさ。『六月にくじ引きゃ、とうもろこしはじき実る』とな。やめたことなら、みんな、はこべとどんぐりのシチューを食わにゃならんことを肝に銘じておかねば。くじはいつまでもあるもんだ」じいさんは苛立たしげに付け加えた。
「ジョー・サマーズの若造は、みなにいちいち冗談なぞ言いおってからに」

「だけど、くじをほんとに止めちゃったところもあるらしいよ」アダムズ夫人が言った。
「厄介なことになるだけだ」ワーナーじいさんはひとことで切って捨てた。「尻の青い阿呆が集まってからに」

「マーティン」息子のボビーは父親が前へ出るのをじっと見つめている。
「オーヴァーダイク、……、パーシー」

「ああ、早く終わってほしいよ」ダンバー夫人は大きい方の息子に言った。
「お願いだ、早く終わっておくれ」
「もうすぐ終わりだよ」と息子が答える。
「走って父ちゃんに知らせに行くんだからね。いいね」とダンバー夫人。

 サマーズ氏は自分の名前を読み上げると、きちょうめんに進み出て、箱のなかから紙片を選んだ。
それからふたたび名前を呼ぶ。「ワーナー」
「わしはこの七十七年というもの、毎年くじに出てきた」ワーナーじいさんは前に向かって歩きながら言った。「七十七回目じゃ」

「ワトソン」背の高い少年が、おずおずと会衆の間を進む。「大丈夫だ、ジャック」と声をかける者もあり、サマーズ氏も言った。「ゆっくりやっていいぞ」
「ザニーニ」

 それから長い間があった。息詰まるような時間が過ぎ、やがてサマーズ氏が自分の紙片を虚空に掲げた。「よし、みなの衆」しばらくだれも動けずにいた。それから一斉に紙片が開かれる。

「だれだ」
「当たったのはだれだ」
「ダンバーか」
「ワトソンじゃねえか」
やがてあちこちからこんな言葉が聞こえてきた。
「ハッチンスンだ。ビルだよ」
「ビル・ハッチンスンが当たったんだ」
「父ちゃんに言ってきな」ダンバー夫人が長男に言った。

 村人たちは、ハッチンスンの姿を求めてあちこち見回した。ビル・ハッチンスンは押し黙ったまま、手の中の紙切れを食い入るように見つめている。突然、テシー・ハッチンスンがサマーズ氏に向かってわめいた。
「あんたはうちのひとにくじを選ぶのに十分な時間をくれなかったじゃないか。あたしゃ見てたんだよ。こんなの、ずるいよ」

「テシー、あきらめな」ドラクロワ夫人が声をかけると、グレイヴス夫人も同調した。「いちかばちかだったのはみんな同じさ」
「静かにしろ、テシー」ビル・ハッチンスンは言った。

「さて、みなの衆。ここまではつつがなく進んできた。もうひとふんばり、やることはやって、時間通りに終わらせよう」サマーズ氏は次のリストに目を走らせる。「ビル、さっきはハッチンスン一族を代表してあんたが引いた。あんたの一族にはほかに家族がおるかね」

「ドンとエヴァがいるよ」ハッチンスン夫人が金切り声をあげた。「あの娘たちにも、いちかばちかやらせなきゃ」
「娘は嫁ぎ先の一族で引くんだよ、テシー」サマーズ氏は優しく諭した。
「あんただってみんなと同じぐらい、そのことはよくわかっているだろうに」
「こんなの、ずるいよ」
「ほかにはおらんようだな、ジョー」ビル・ハッチンスンは悔しそうに言った。「娘は嫁ぎ先の一族で引く。そういう決まりだ。となると、オレのところにはほかに家族はない。あとはチビたちだけだ」
「となると、一族を代表して引くのは、あんただ」サマーズ氏は説明口調で続ける。「その一族のなかで家族を代表して引くのも、あんただ。そうだね?」
「そうだ」
「子どもは何人だね、ビル」サマーズ氏は手続き通りそう聞いた。
「三人だ。ビルジュニア、ナンシー、デイヴィ。あとはテシーとおれだ」

「了解した。さて、と」サマーズ氏は言った。「ハリー、みんなのくじは回収してくれたかな」
グレイヴス氏はうなずくと、紙片の束を差し上げて見せる。「くじを箱に戻してくれ」サマーズ氏は指示した。「ビルのも一緒に中へ」

「もういっかいやりなおそうよ」ハッチンスン夫人は努めて冷静なふうを装いながら言った。「たしかにさっきのはズルだったよ。うちのひとには選ぶのに十分な時間がなかったんだもの。みんなだって見てただろ」

 グレイヴス氏が束の中から五枚の紙片を選び出し、箱に入れる。残りは全部地面に落としたので、紙片は風に吹かれてぱっと舞った。
「みんな、聞いとくれよ」ハッチンスン夫人は周りのひとびとになおも言い募る。
「いいかね、ビル」サマーズ氏が訊ね、ビル・ハッチンスンは妻や子どもたちに素早い一瞥をくれると頷いた。

「わかってるな。くじは全員が引き終わるまで、たたんだままだ。ハリー、デイヴィ坊やを手伝ってやってくれ」グレイヴス氏が小さな男の子の手を取ってやる。その子は手を引かれてうれしそうに箱のところへやってきた。「その箱のなかから、ひとつだけ取るんだよ、デイヴィ」サマーズ氏が言うと、デイヴィは手を突っ込んで笑い声をあげた。「ひとつだけだよ。ハリー、君が預かっておいてくれ」グレイヴス氏は子どもの手を取ると、ぎゅっと握ったままの拳を開いて、紙片を取り出した。デイヴィ坊やはグレイヴス氏の傍らで、大人を不思議そうに見上げていた。

「次はナンシーだ」十二歳のナンシーは、クラスメイトがあえぐように見つめるなかを、スカートのすそを翻して進み出て、しとやかな仕草で箱の中から紙片をつまみ上げた。「ビル・ジュニア」赤ら顔で大足のビリーは、箱を危うくひっくり返しそうにしながら一枚取り出した。「テシー」しばらくためらったハッチンスン夫人は、挑むようにあたりを見回し、それから唇を固く引き結んで、箱に近寄った。ひったくるように取り出すと、さっと自分の背中に隠す。
「ビル」サマーズ氏が呼ぶと、ビル・ハッチンスンが箱に近寄っていった。しばらく手探りしていたあげく、最後の一枚をつかんで手を引き抜いた。

 ひとびとは静まりかえっていた。少女がつぶやく。「ナンシーじゃなきゃいいんだけど」囁き声は、人波を端から端まで渡っていった。
「昔はこんなやり方はしなかったもんだがな」ワーナーじいさんがみなにはっきりと聞こえるように言った。「ひとの作風も、昔と今では変わってしまったな」

「よし」サマーズ氏が言った。「開いてもらおうか。ハリー、デイヴィ坊やの分は君がやってくれ」

 グレイヴス氏が紙片を開いた。白紙であることがみんなに見えるように高々と掲げると、会衆のあちこちからほっとしたような溜息が洩れた。ナンシーとビル・ジュニアもそれぞれのを同時に開いた。ふたりの顔がぱっと輝いて、笑顔になり、会衆に向かって、紙片を頭上高くにかざした。

「テシー」サマーズ氏が言った。しばらく待ってから、サマーズ氏はつぎにビル・ハッチンスンの方に目を遣った。ビルが紙片を開き、それを見せる。白紙だった。

「テシーだな」そういったサマーズ氏は、声を低めて続けた。「テシーのくじをみんなに見せてくれ、ビル」

ビル・ハッチンスンは女房の傍へ行くと、力ずくで紙片をもぎ取った。
黒々とした丸、サマーズ氏が前の晩、石炭商会の事務所で、濃い鉛筆で記した黒い丸がそこにあった。ビル・ハッチンスンがそれを高々と差し上げると、会衆の間にざわめきが拡がった。
「よし、みなの衆」サマーズ氏が言った。「さっさと終わらせるとしよう」

 儀式の多くを忘れ、もともとの黒い箱がなくなっていたにもかかわらず、石を使うことはいまだに村人の間にしっかりと記憶されていた。少年たちがさっき積み上げた石の山は、準備万端、ひとびとを待っていたし、かつて箱にあったくじの残骸が風に舞う地面にも、石はたくさん落ちていた。デラクロイのかみさんは両手で持ち上げなければ担ぎ上げられないほどの石を選び、ダンバー夫人を振り返る。「さあ、あんたも急いで」

 ダンバー夫人は両手いっぱいに小石を持ち、息を切らせていた。「全然走れないんだよ、あんた先に行っとくれ。あたしはあとから追いかけるからさ」
 子どもたちはとっくに石を握っていた。小さなデイヴィ・ハッチンスンも誰かにもらった小石を何個か持っている。

 テシー・ハッチンスンは、ぽっかりあいた空間の真ん中に、ひとり取り残されていた。少しずつ迫ってくる村人たちに向かって、絶望的に手をかざした。「こんなのずるいよ」

石がひとつ、こめかみをかすめた。ワーナーじいさんが疾呼した。
「さぁさぁ、みなの衆」
スティーヴ・アダムズが村人の先頭に立ち、その隣りにいたのはグレイヴス夫人だった。

「ずるいよ。まちがってるよ」ハッチンスン夫人は悲鳴をあげた。そこに村人たちが殺到した。



The End





初出Oct.13-17 2004
改訂 Nov.12 2010

   
 
付記:シャーリー・ジャクスンをめぐるちょっとしたおしゃべり



以上がシャーリー・ジャクスンの『くじ』の全文である。
実際これはアメリカで非常に有名な短編のひとつで、数多くのアンソロジーに(たとえばフォークナーの『エミリーに薔薇を』や、ポーの『告げ口心臓』、O.ヘンリーの『賢者の贈り物』などと一緒に)収められている。アメリカではそういう扱いを受けている作品であることを理解してほしい。

初出は1948年、雑誌「ニューヨーカー」。
『くじ』が掲載されるや、「これ以上『ニューヨーカー』を講読したくない」という何百通もの手紙が編集部に届いた、というエピソードを持つ。いまよりはるかに「刺激」というものに敏感だった当時の人々に、どれほどのショックを与えたかは想像に難くない。

噴出する「なんのためにこんな作品を書いたのか」とか「このような儀式をおこなっているような村が、現実に存在するか」などという質問に対して、
「ジャクスンは『私はただ物語を書いただけ』と譲らなかった」(若島正 『乱視読者の英米短編講義』研究社)のだそうだ。

なるほど。
ただ物語を書いただけ、か。

こういうオチのある、構成のくっきりした短編は、いまではいささか時代遅れになった感はあるけれど、ひさしぶりに自分の訳をチェックするために読み返してみて、うまい作りだなーと改めて感じ入ってしまった。この作品には細かい仕掛けがいっぱいある。

たとえばテシー・ハッチンスンが犠牲者(といっていいだろう)に選ばれるのは、実は偶然でもなんでもなく、登場してきた時から暗示されている。
 テシーは遅刻してくる。この重要なくじの日を、「忘れていた」と言うのだ。
 くじの審判役であるサマーズ氏(この村で最大の権力者であることが暗示されている)が遅刻を咎めたのに対しても、平気で口応えする。
あきらかに男中心の社会であるこの村のなかで(テシー以外の女性は、みなMrs.〜と名前を持たない)、男性の立場を揶揄し(「あんたの出番だよ」)、嫁いでいった娘の家族もくじに参加させろと言う。
 つまりこうやって、この村の調和を乱す存在であることが、きわめて巧妙に滑り込ませてあるのだ。
 テシー自身が決して感情移入しやすい人物ではないために、わたしたちは最後近くの場面では、小さな子どもやかわいい女の子が選ばれなくて良かった、とさえ思っている(なんとなく良くないことのようだけど、それにしても何に選ばれるんだろう……と思いながら)。
 けれども、そうした感情に目を眩ませられず、科学者のような態度で(!)作品を細かく見ていくと、テシー以外が犠牲者に選ばれることはあり得ないのだ。
 彼女はこの村の秩序を脅かす存在なのだから。

それ以外にも、だれが当たりを引いたんだろう、とみんなが探す場面で出てくる「ダンバーか」「ワトソンか」という名前にも意味がある。
 ダンバー家は当主が骨折してくじに参加できない。ワトソンは当主が不在。
 この「くじ」は、コミュニティの周縁部分から犠牲者を選び出すものなのだ。
 それゆえに、七十七回も参加して、一度も選ばれなかったワーナーじいさんは、そのことを誇りに思い、また、サマーズ氏を批判するようなことを口に出しても許される(だが、つぎの年はどうだろう?)

 実に巧妙に織り上げられているため、作者の仕掛けを意識することもなく、読み手は作品の中に溶け込むことができる。
 だれもがこう思うはずだ。
 テシー・ハッチンスンはこのあとどうなったんだろう。
 なんのための儀式、なんのためのくじなんだろう。
 疑問は、いつまでも心にのこる。

だが、これこそまさに作者の思うつぼではないか!
わたしたちはまんまとジャクスンにしてやられたのだ。

若島はこのように続けている。

ただの物語、というのがどんな自作に対してもジャクスンが使う言葉であり、読者はその言葉を真に受ける必要はない(実際、精神科医の診察を受けていたジャクスンにとって、執筆行為が一種の自己治療になっていたという側面は確実にあり、「ただの物語」としてすまされるような問題ではなかったはずだ)。しかし、ジャクスンのおもしろさはその「ただの物語」の危うさにある。日常と非日常、平凡と非凡の紙一重のはざまで、彼女の作品はきわどく宙吊りになっている。

 この「日常と非日常のはざま」というのは、確かにジャクスンの作品全部を貫くもので、この『くじ』や『山荘綺談』(ハヤカワ文庫)ばかりでなく、「スラップスティック式育児法」とサブタイトルがついている、ドメスティックコメディの風を装った『野蛮人との生活』(ハヤカワ文庫)にも十分に現れている。
 最初に読んだときには、ケラケラ笑いながら読んだのだが(たぶん16歳ぐらい)、もう少し大人になって読み返してみれば、しだいしだいにずれていく感じ、日常から徐々に滑り落ちていく感じに頭がクラクラし、まえは一体どこを読んでたんだろう、と思ってしまった。

 ところでヘミングウェイは『くじ』を評価していなかった、というのを、リリアン・ロスが「ニューヨーカー」に書いていたのを読んだ記憶がある。なんとなくわかるような気もして、すっかり忘れてしまっている正確な内容を求めて、今回探したのだけれど、どうやっても見つからない。そのうち見つかって、かつ、当方に暇があったら訳してみるかもしれないので、あまり期待しないで待っててください。
 本は、うーん、出るかなぁ。
 ともかく、ロスはおもしろいよ。邦訳は『「ニューヨーカー」とわたし』(古屋美登里訳 新潮社)と『パパがニューヨークにやってきた』(青山南訳 マガジンハウス社)が出ています。
 あとの方は「ニューヨーカー」の記事一本を一冊の本にしたものなんだけれど、“パパ”はもちろん、ヘミングウェイね。これまた「ニューヨーカー」で賛否両論巻き起こったんだけど、この話はまたいつか。

 あ、良かったら、読んだ感想、聞かせてください。




初出Oct.13-17 2004
改訂 Nov.3 2008




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