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日付のある歌詞カード 〜"Losing It" by RUSH


 自己言及的な人の自己言及ならざる音を聴く


"Losing it (失いゆくもの)"

バレリーナの死に物狂いの踊りは
苦痛と失望でペースが落ちていく
痛む手足、うちひしがれた顔には
汗が光る

節々が針金のようにこわばり、肺は火に炙られたようだ
ひと呼吸おけば
押し寄せる記憶の向こうに
谺しているのは遠い日の喝采

足を引きずりながら部屋を横切り
ベッドルームのドアを閉ざす……

作家がうつろな眼で見つめるのは
拒むような白紙のページ
髭は白くなり、刻まれた皺は深い

憤りの涙の跡が残る

三十年前であれば、言葉はとめどなく湧きだしたはずなのに
情熱と、精密さを併せ持つ言葉たちが
いま脳裏は
病と逡巡に曇らされた闇が拡がるだけ

作家は台所の扉に眼を向ける
そこに日がまた昇ることはもうないだろう……

世界を駆けめぐるよう生まれついた人がいる
夢の世界を生きるために
ほとんどの人間ははただ夢見るだけ
願望を胸に抱くだけなのに
それが命を失っていくのを見ることは悲しい
知らないままでいたことよりも
あなたはむかしは見えていたものが見えなくなってしまったんですね
あなたのために鐘が鳴っている……


原詞はこちらで
http://www.sing365.com/music/lyric.nsf/Losing-It-lyrics-Rush/F06CF15DCFBA17EF48256BBF00337112


冒頭、ハープシコードを模したキーボードが、3/8+2/8の5拍子のうねるような通奏低音を提示し、これに遠くから(あるいは別の世界から)響く不思議な笛の音にも聞こえるエレクトリック・ヴァイオリンがかぶさり、静かな鐘の音のようなシンバルが加わる。遠い日を思い起こすようなイントロに、いつのまにかゲディ・リーの声が加わって、気がつくと歌が始まっている。

途中6/8を(たぶん)はさんで、4拍子になったり、また5拍子に戻ったり、細かくリズムは変わっていくのだけれど、Cメロで転調するまで、うねるような調子は変わらない。詞の視点が、ヘミングウェイから語り手に移っていることを示すこの転調は、はっきりとした4拍子。歌の最後に鐘が鳴って、間奏はまた5拍子に戻る。ここでのヴァイオリンはイントロとはうってかわって、"frantic pace" で踊り続けるバレリーナのよう。
最後にもういちど「あなたはむかしは見えていたものが見えなくなってしまったんですね、あなたのために鐘が鳴っている」と繰りかえし、短い後奏はフェイドアウトしていく。

まるで、短編小説のような、聞き流してしまうと、ノスタルジックな響きしか残っていかない、それでも深く耳を傾けると、おそろしく精緻で深い曲だ。

詞は作家アーネスト・ヘミングウェイを歌ったもの。
"lose it" で「参ってしまう」とか「意気消沈する」みたいな意味もあるのだけれど、文字通り「それ」を失いつつあること、もちろんヘミングウェイが『日はまた昇る』のエピグラフで使ったガートルード・スタインの言葉「あなた方はみな失われた世代(ロスト・ジェネレーション)だ」の"lost" もかけてある。ロスト・ジェネレーションの一員であるヘミングウェイが、自分自身が築いた「それ」を失いつつある、と歌っているのだ。

ここで歌詞に入る前に、少しヘミングウェイのことを少し話したい。
ヘミングウェイやスコット・フィッツジェラルドといった、いわゆる「ロスト・ジェネレーション」と呼ばれる世代の作家や詩人や評論家たちがいるのだけれど、そもそも彼らからは何が「失われ」ていたのだろうか。

ここで文学史のおさらいをするつもりはないので、簡単にふれるだけにとどめるけれど、1920年代のアメリカに登場した多くの作家は、何らかの形で第一次世界大戦に関わった世代でもある。彼らはヨーロッパに渡り、戦争を経験し、彼ら以前の世代がアメリカ一国のうちで営々と築き上げてきた「アメリカ」や「アメリカ的なもの」に対する信仰を失ったのである。

作家たちは、古い道徳や愛国主義と決別して、残酷な現実(日本人にはピンとこないのだけれど、ヨーロッパを主戦場としておこなわれた第一次大戦は、欧米人にとっては第二次大戦よりもはるかに悲惨で残酷な経験として刻まれている。第二次大戦はナチズムという別の意味での深い衝撃を与えたのだが)に直面し、それに応えうる文学、それをささえる文体を模索した。ヘミングウェイの文体も、そういうなかから生まれたのである。

ヘミングウェイの場合、追求していったのは、出来事を正確に記述する精緻な表現と、極力感情を排し、清潔で光にあふれたスタイルである。ヘミングウェイは物や場所、細部しか描写しない。けれどもその背後には、さまざまな感情や痛みが隠されている。そうして、非感情的な描写全体が、主人公の内面感情のメタファーとなっている。

ここでわざわざヘミングウェイのスタイルを取り上げたのは、このニール・パートの詞が、そのスタイルを踏襲したものであるからだ。

一連目、二連目と、かつて自分のものだったなにものかを懸命に取りもどそうとするバレリーナが描かれる。そうしてそのまま「いま」のヘミングウェイ、自分のための弔鐘を鳴らそうとしている1961年のヘミングウェイのイメージへとつながっていく。
つまり、どれだけ必死に練習しても、もはや過去の踊りを取り戻せないでいるバレリーナとは、ヘミングウェイその人なのである。

一般的にはヘミングウェイをこういうイメージでとらえたりはしない。
ヘミングウェイというと、行動する作家。アフリカでの狩猟やキューバでの釣り、あるいはスペインでの闘牛を愛した人。荒々しい、マッチョなイメージ。
それを、この詞を書いたニール・パートは、「バレリーナ」のイメージで語るのだ。

ここで興味深いのは、「言葉はとめどなく湧きだした」のが二十年前ではなく、三十年前としている点だ。このなかにも詞のなかに組み込まれている『日はまた昇る』の発表が1926年、RUSH が"A Farewell to Kings" としてアルバムのタイトルを一部借りている『武器よさらば(原題は"A Farewell to Arms")』が1929年。ニール・パートはこの時期をヘミングウェイのピークと見ているのである。

先にも書いたように、ヘミングウェイは独特な文体を編み出していった。形容詞やあるいは接続詞までもを排し、簡単な名詞と動詞を組み合わせることで、一見単純に見える文体は、場面をきわめて正確に再現する。読み手は登場人物の感情や思考を直接には知ることはできず、ヘミングウェイがどう考えているか、その痕跡さえ消して、ただ登場人物の行動と、その場だけが描かれる。そこで読み手は漫然と読んでいることはできない。言葉を追いながら、その向こうに描かれるイメージを、読み手の側が作り上げていかなければならないのだ。

ところが30年代に入ったヘミングウェイの文体は、徐々にマンネリズムに陥っていく。その一方で、ジョン・ダンの「なんぴとも一島嶼にてはあらず、なんぴともみずからにして全きはなし」という詩に啓示を受けた『誰がために鐘は鳴る』(1940)は、それまでの作品にはなかった思想が出てくる。それまで外界に対して、無関心な態度しかとらずにいた主人公が、世界の一箇所で自由が失われることは、自分の自由が失われることだ、と、理想を持ち、闘いに加わっていくのである。初期の作品にくらべて、ずいぶんわかりやすくもなり、人道主義的な思想は大きな共感も集めたのだが、反面、厳格な散文のスタイルは失われていくのである。

そうしてヘミングウェイというと誰もが思い浮かべるイメージ、マッチョで英雄的な行動する作家像が作り上げられていくのが1940年代から50年代にかけて、そうしてノーベル文学賞を1954年『老人と海』で受賞する。ところが作家自身は、度重なる大事故による後遺症、飲酒などによって、彼自身がそのよりどころとしていた肉体的な力を失ってしまい、当初から背後にあった虚無にすっぽりと呑みこまれてしまい、1961年7月2日、父親と同じように猟銃で自殺する。

ニール・パートはこのヘミングウェイの作品と生涯を踏まえ、そのうえで「バレリーナ」という、意外なイメージ、けれどもよく考えてみれば、まったくふさわしいイメージを引き出しているのだ。

文学作品を曲に取り入れたものはいくつかある。
それでもレッド・ツェッペリンの"Moby Dick" はメルヴィルの『白鯨』をタイトルに採っているが、ボーナムのドラム・ソロが目玉のインストゥルメンタルの曲の、どこがどう『白鯨』なのかはわからない。エイハブ船長と鯨との戦いがイメージの底にあるのかもしれないけれど、ボンゾが『白鯨』というタイトルをとりあえず知っていた、という以上のことは定かではない(笑)。

たいていは、ちょこっとイメージを借りただけ、なかにはアイアン・メイデンのようにコールリッジの詩"The Rime of the Ancient Mariner" をごっそりといただいたものもあるけれど、これも何でコールリッジなのかよくわからない。ブルース・ディッキンソンが学校にいたころ暗唱させられたのか(日本の学校で「祇園精舎の鐘の声…」だの「春はあけぼの…」だの「行く川の水は絶えずして…」だのと暗唱させるように、このアホウドリの詩は暗唱の定番である)それとも好きだったのかは知らないけれど、18世紀の詩がヘヴィ・メタルの曲に乗って歌われる、ミス・マッチの感覚以上のものはない。
ライブでディッキンソンが「鳥が頭の上でフンをしたとき、何をやってはいけないか」と曲を紹介しているのは笑えるけれど(詩ではアホウドリにフンをひっかけられた老水夫が撃ち殺してしまったことから、その呪いを受けた老水夫は遭難しかけるのだ)。

ところがここに描かれるヘミングウェイのイメージは、『老人と海』や『誰がために鐘は鳴る』といった有名どころをいくつか読んで気に入った読者のそれではない。

おそらく詞を書いたニール・パートがヘミングウェイに引かれたのは、研ぎ澄まされたバレリーナのような文体、ぎりぎりまで切り詰め、贅肉のまったくない、強靱な文体だったのだろう。
そうしてこのことは、わたしにとってニール・パートの独特な〈音〉を理解していく手がかりでもあったのだ。



歌ではなく、曲ではなく、ひとつの〈音〉が、自分のなかでぬきさしならないものになっていくことがある。
それまで知らなかった〈音〉が、気がつかないまま自分のうちに刻まれ、そうしてそのことに気がついたときには、その〈音〉を知らなかったころと世界は決定的にちがうものになっていた。
まるで、自分にとってたいせつな人を知ったあとのように。

すぐには気がつかなかった。初めて聴いてから、二年以上がたっていた。
ほかの音をいくつも聴いて、そうして、いろんなことがわたし自身にも起こって、それでやっと、ああ、あの〈音〉が最初の音だったのだ、と気がついた。あれから、すべてが始まったのだ、と。

初めて聴いた RUSH のアルバムは《2112》だった。図書館のラックにあったCDの、タイトルがひどく気になって借りてきたのだった。
そのときは、よくわからなかった。どんなふうに聴いたらいいのか、どこを聴いたらいいのかさえ。
ただ、ボーカルが変な声だと思っただけだったし、ライナー・ノートに詞がアイン・ランドの作品にインスパイアされたもの、と書いてあるのを読んで、どう考えても自分には受け容れがたい思想家としてアイン・ランドを知っていたわたしは、そういう要素を抜きに聴くこともできなかった。

それから一年ほどして、わたしは Dream Theater を聴くようになる。
Dream Theater が影響を受けたバンド。そう思って《2112》を聴きなおしてみれば、確かに通じる音もあるような気がした。それでもわからないことにはかわりがなかった。
ただ、ものすごく気持ちが良かった。メロディラインが気に入った、とか、気持ちよく乗れる、とか、そういうのではない。聴いていると、のどが渇いているところに水を飲んで、手足のすみずみまでその水が行き渡った感じ、身体全体が生き返った感じがする。

それが、パーカッションの音のせいだということには、じき、気がついた。音が細かければ細かいほど、気持ちがいい。小刻みな音のひとつひとつ、ほとんどトレモロのような音符に至るまで、まったく同じ強さで、同じ音の幅を持って叩かれている。このドラムの音を聞いて初めて、ほかの人の出す音が、どれほどテクニシャンと言われる人のそれであっても、必ずしもそうではないということに逆に気がついたのだった。

精密機械のように正確な、という表現があるけれど、実際に、精密機械の規準を作り上げているものは人間の手によるものだということを、わたしは町工場の旋盤工であり作家でもある小関智弘の本で読んだことがある。

 機械がどんなに発達し、どんなに精密な加工ができるようになった現在でも、精密な定盤(※工場の機械や工作物の平面の原器の役目を果たすもの)は、人間の手でしか作ることはできない。一メートル四方の平面のどの点を拾っても、ミクロンの単位で平坦度が保証されるような定盤は人間の手で削る。…ひとりの青年の手が作ったその規準定盤を原器として、日本中の精密工業がいまも成り立っている。

(小関智弘『鉄を削る 町工場の技術』ちくま文庫)

精密機械の精度の規準となるのが、人間の感覚であるというのを、わたしは非常におもしろいと思ったし、一方で、その通りだろうとも思ったのだった。
「正確さ」という感覚は、あくまでも人間のものであって、機械のものではない。
それが根本的に依拠するのは、人間の感覚以外のはずがないのだ。

このパーカッションの音を聴いて、わたしが思ったのもそのことだった。
メトロノームの規準となるような、人間の感覚。
それがここにあるのだ、と。
連続した音のつながりを、「リズム」ととらえるのは人間の感覚だから。 だからこそ、これを聴いていて、こんなにも気持ちがいいのだ。
技術とかどうとかいう前に、これがリズムだから。

楽器の演奏にしても、歌を歌うことにしても、あるいはダンスでも、また絵でも、演劇でも、詩や散文でも、表現行為というものには、かならず自己言及の要素がある。わたしたちは音楽を聴いたり、本を読んだりしながら、同時にその人がどんな人なのか、聞き取ったり、読みとったりしている。もちろんそれはその人がどんな人だ、と理解するような性質のものばかりではない。もっと曖昧で、不確かなものではある。それでも確かにその人の手触りをわたしたちは自分の内にストックしていく。たとえその人が「自分」というものを伝えようなどとまったく意識のうちになかったとしても、表現行為というのは、表現する人を、否応なく語ってしまうものなのである。

ところがどういうわけか、このニール・パートという人のドラムは、どれだけ気持ちよさを感じても、この人の手触りを伝えないのだった。ボーカルとベースを弾いているゲディ・リーも、ギターを弾いているアレックス・ライフソンも、なんとなくその人の「感じ」が伝わってくる。けれども詞を書いているニール・パートが「どんな人か」がどうしても聞こえてこない。もちろん曲のなかで、ほかの楽器や、あるいは歌詞にあわせて、驚くほど表情を変えるドラムの音なのだけれど、叩いている人を伝えない音なのだ。《2112》の音に、リズムだけでなく、広がりと奥行きと独特の複雑さを加えているのはまちがいなくこのドラムなのだけれど、同時に、どこまでいってもよくわからない部分がどうしても残っていくのも、このドラムのせいだった。

それから《Grace Under the Pressure》というアルバムを聴いて、さらに《Signals》を聴き、この"Losing It" を聴いた。そうして、ニール・パートがヘミングウェイのどういうところに惹かれたのかを知り、そうしてようやくニール・パートの〈音〉の一端に手が届いたように思ったのだった。

つまり、ヘミングウェイが感情的な言葉を排し、細部に至るまで正確な言葉を配置しようとしたように、この人は音のなかから夾雑物を取り除き、正確で精密な音を重ねているのだ、と。そういう音を、自分の〈音〉として、作り上げていったのだ、と。

しばらくのあいだ気に入って集中的に読む、とか、ある年代に夢中になる、といった関わり方ではなく、もっと長い間、深い関係を結んでいくような作家(あるいは音楽家、画家、詩人、思想家…)というのは、受け手と響き合うものがあるのだろう。自分のなかのなにものかを相手のなかに見出し、そうして、相手のなかのなにものかを自分のうちに取りこんでいく。作品を作りだしたのは自分ではなくても、そこに自分の声があるような。そういう作家なり、音楽家なりがいるのだ。そうして、ニール・パートにとっては、おそらくそれがヘミングウェイだったのだろう。



ギター・ソロでもピアノ・ソロでもいいのだけれど、プレイヤーは自分の圧倒的な技量を誇示するために、速弾きをやってみせることがある。ただ、これは見かけが派手なわりには、そこまでたいしたものではない、とわたしは言い切ってしまいたい。

ピアノの経験しかないのだけれど、おそらく基本は同じだろう。
どれだけ複雑な指使いを要求するものでも、パッセージごとに区切って、最初はゆっくりから練習を始めていく。このとき気をつけるのは、音の粒をそろえること。指使いが安定し、音の長さ強さを正確に揃えて弾くことができるようになったら(このときだれかに聞いてもらったほうがいい)、そのパッセージをつなげていく。そうしてそこから速度を少しずつあげていく。最初はゆっくり。だんだん速く。もっと速く。可能な限り、速さを上げていく。
旋律がどれだけ複雑になったとしても、やることは同じ。
もちろん、これは複雑になればなるほど、簡単なことではなくなる。肉体的な問題もあるだろう。それでも練習を積んでいけば、つまり生活管理と訓練という献身の度合いに応じて、だれでも到達可能な領域なのである。

だれにでもたどりつけるわけではないのは、速弾きを含むさまざまな練習のなかで、自分の〈音〉を作り上げていくことだ。

ピアノにしてもドラムにしても、叩いて音を出す打楽器は、ひとつの音だけとりあげれば、だれでも同じ音が出せるはずだ。犬だって、猫だって、鍵盤を叩けば音が出せる。
ところが実際には、人によって音というのはまるでちがう。
たとえばセロニアス・モンクとチック・コリアとビル・エバンスとゴンサロ・ルバルカバのピアノの音がまるっきりちがうことは、おそらくそれほどジャズを聴いたことがない人でもわかるだろうし、キース・ムーンとビル・ブラッフォードとジョン・ボーナムとマイク・ポートノイのドラムの音も、ロックを聴いたことがない人でも、ちがいがわかるだろうと思う。それくらいちがう。ものすごくちがう。

プロのミュージシャンには、どれだけ速く弾いても、どんなに小さい音を出しても、どんな場面でも、かならず聞こえてくるその人だけの〈音〉というのがあるのだ。
そうしてそれは譜面にも書いてないし、だれかの音を聴いて出せるようになるものでもない。たったひとりで、自分の日々のなかから、自分の成熟の度合いに応じて独自に作りだしていかなければならない〈音〉なのだ。そうして首尾良く自分の〈音〉を見つけたとしても、それは音楽を続けていくかぎり、作りつづけていかなくてはならない。

アイン・ランドの『水源』という小説のなかに、若い彫刻家が出てくる。
この彫刻家は大変な「才能」を持っている人物なのだけれど、あまりにその「才能」が突出しているために、大衆には理解されず、腐った彫刻家は飲んだくれている。ところが「天才」建築家である主人公がその彫刻家の才能を認めて仕事を依頼するや、突如としてその彫刻家は大傑作を作り上げる、という場面がでてくる。
主人公の「天才」建築家がいきなり「才能」を発揮するのは、ストーリーの展開上、仕方がないことなのかもしれない、と思いながら読んでいたわたしは、その「天才」を取り巻く「準天才グループ」もそうであるのを見たとき、この作家は「才能」というものを、このようにとらえているのだろうな、と思ったのだった。

少なくとも、わたしは「才能」というものを、一種の実体的なものとしてとらえたりはしない。「才能がある人」と「才能がない人」のあいだに線を引いて、あらかじめ線のこちら側にいる「才能がある人」はどうやっていても「才能」を発揮できる、というふうには思わない。
「才能」などという実体があるのではなく、日々営々と積み重ねていくなかで、作り上げていく「なにものか」があるだけだ。そうして、たとえひとつの仕事というかたちでその「なにものか」を結実させることができたとしても、その人がつぎの蓄積をやめた時点で、即座に枯渇を始めてしまうものなのだ。
そんな例ならいくらでも転がっているではないか。ヘミングウェイを含めて。

ニール・パートが愛読したのはアイン・ランドの何なのかは知らないけれど、それはそれで理解できるような気がする。
自分がどこかに行き着けると信じて、たったひとり成熟を待ちながら訓練に訓練を重ねている十代の男の子が、自分を「線のこちら側」に生まれついた人間と信じて、アイン・ランドの作品を心の支えにしたとしても、まったく不思議はない。手近にニーチェがあれば、きっと十代のニール・パートは、ニーチェを愛読しただろう。おそらくそういうものだったろうと思うのだ。

けれども自分の〈音〉を見つけ、それを作り上げていくニール・パートが引かれていったのは、ヘミングウェイの抑制された純粋な言語の試みだ。
「世界を駆けめぐるよう生まれついた人がいる、夢の世界を生きるために」とヘミングウェイにあこがれ、そうして、後期の作品のなかに「それ」が失われていくのを見、「それが命を失っていくのを見ることは悲しい、知らないままでいたのより」と書いたのだろう。

《2112》 から 《Signals》 そうして 《Grace Under the Pressure》(このアルバム名は雑誌「ニュー・ヨーカー」で、ドロシー・パーカーから受けたインタヴューに答えたヘミングウェイの言葉から来ているはずだ。ヘミングウェイは "Courage is grace under pressure.(勇気とは、たとえプレッシャーのなかにあっても品位を失わないことである)"と語った)と三枚のアルバムを聴いて、少しずつ変わっていく、それでもあくまでもニール・パートの〈音〉を知っていった。
夾雑物のない精緻な音は、その〈音〉を出す人の手触りを、やはり伝えることはない。けれども、おそらくその〈音〉は、同時にニール・パートという人を作り続けていく音なのだろうと思う。

ゲディ・リーの歌うニール・パートの歌からは、ニール・パートの言葉が聞こえる。
ともすれば言葉は情緒に流れてしまう。歌も、音楽もそうだ。
けれどもそれを抑制したものは、伝わるものは少ないかもしれない。聞く側は、耳を澄まし、時間をかけ、そうして自分の中で育てていかなければならないのかもしれない。
それでも、切り詰めた言葉や音は、時間をかければ、わたしのなかに根を下ろし、なにかの像を描くはずだ。
わたしはその像が見たい。
ひとつひとつの音と言葉が結ぶ像。
その音が世界に現れるまでの、時間と献身と蓄積されたもの。
自己言及しないことで語られる、その人の像。



初出 Dec.20-22 2006 改訂 Dec.23 2006

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