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メアリー・マッカーシーはいかがですか



1.メアリー・マッカーシーってだれ?

手元の『ニューヨーカー短編集II』(早川書房)の著者紹介には、「もっともこわもてのする作家だろう」と書いてある。
「その人が、にっこりほほ笑むと、あたりがぱっと明るくなった」と、息子と結婚したウィルソン夏子は『メアリー・マッカーシー ――わが義母の思い出』(未来社)の冒頭に記している。
マルカム・ブラッドベリの『現代アメリカ小説』(彩流社)には「アメリカ社会派小説の中で最も強力な声をあげているひとりは、都会的で、洗練され、しかもかなりアイロニックなメアリー・マッカーシーである」とされている。
だが、どういうわけかこの作家は、日本ではあまり知られることがなかった。フィリップ・ロスの『さよならコロンバス』にも出てくる(しかもかなり重要な役割を果たす)、映画化までされた『グループ』も、邦訳が出たにもかかわらず、品切れ状態になって久しい。
わたしが非常に影響を受けたこの作家のことを、ここで紹介してみたい。

 メアリー・マッカーシーは、1912年ワシントン州シアトルに生まれた。  わずか六歳の時、インフルエンザによって両親を相次いで失い、メアリーと四人の弟(映画スターのケヴィン・マッカーシーは実弟)はミネアポリスに住む父方の「厳格な大伯母さんとそのサディスティックな夫(メアリー・マッカーシー『グループ』小笠原豊樹訳 ハヤカワ文庫の訳者あとがきから)」の家に預けられる。この時期のことを、後に彼女はこう回想している。

最近になって親戚の誰彼は、わたしが文壇で成功したことや、弟のケヴィンが俳優になったことを指して、幼い頃の苦労が実を結んだのだと言います。でも、わたしは運命に感謝する気にはなれません。芸術的才能という花は、幼年時代という茎を傷つけることによって開くものだという説を、わたしは信じません」(引用同上)

 十一歳の時、今度は母方の祖父に「救出」され、シアトルに戻る。この高名な弁護士であった祖父の下で、メアリーは十分な教育を受け、大恐慌のおこった1929年、名門ヴァッサー女子大(現在は共学)に入学する。

 1933年、卒業式の一週間後に劇作家志望の若い俳優ハロルド・ジョンスラッドと結婚。けれどもこの結婚は1936年には破綻し、1937年に、マッカーシーはコヴィチ・フリード出版社(publishing house of Covici-Friede)の編集助手として働き始め、その後、季刊誌「パルティザン・レヴュウ」の編集スタッフとして、おもに劇評を手がけるようになる。また「ネイション」「ニュー・リパブリック」にも寄稿している。

 「パルティザン……」の仕事を通じて知り合った文芸評論家エドマンド・ウィルスン(『死海写本―発見と論争1947‐1969』の作者でもある)と1938年再婚し、一子ルーエルを得る。
 この時期、エドマンドの勧めで創作に手を染めるようになり、連作短編集"The Company She Keeps"(「彼女の仲間たち」)を1942年発表。けれどもこの結婚も8年目にして破綻する。離婚後、いくつかの大学で教鞭を執りながら、同年、雑誌「ニューヨーカー」のスタッフ・ライターだったボーデン・ブロードウォーターと三度目の結婚をする。

 

 1949年には、最初の長編"The Oasis"(「オアシス」:知識人たちが、高い理想を持ち、ユートピア的コミュニティを築こうとするが、人間の悪事に直面して失敗する)を発表、1950年には短編集"Cast a Cold Eye"、1952年第二長編"The Groves of Academe"(「学園の杜」)、また創作だけでなく、演劇論集や、1957年には自伝"Memories of a Catholic Girlhood"(「あるカソリック少女の思い出」)、1956年と1959年にはイタリアを訪れその成果を、それぞれ美術論集"Venice, Observed"(「ベネチアの観察」)、The Stones of Florence(『フィレンツェの石』幸田 礼雅訳 新評論)として刊行するなど、1961年までに八つの作品を発表した。

 

 1959年、メアリー、そして夫のボーデン・ブロードウォーターと息子のルーウェル・ウィルソンは、ヨーロッパを旅行する。その後、国務省主催の講演旅行に出席することになったメアリーとともに、家族全員でポーランドを訪れる。一行は同年12月29日ワルシャワでアメリカ大使館の広報担当官、ジェイムズ・ウェストの出迎えを受けた。

 このジェイムズ・ウェスト(当時こちらも既婚者)とメアリーはたちまち恋に落ちる。ボーデンとルーエルが帰国する一月の半ばには、ウェストはすでにメアリーに求婚するまでになっていた(この間の経緯は『アーレント=マッカーシー往復書簡』《叢書ウニベルシタス》に詳しい。アーレントは、ゴシップの餌食となっていたメアリーを一貫して支持し、ジャーナリズムに対しては、結婚が打算的・売名的なものではないことを強調し、一方、個人的にはメアリーとボーデンの間に立って、ときには傷心のボーデンを慰めつつ、離婚の話を前進させようと心を砕いた)。

 

 1961年、メアリーとジェイムズは、パリで結婚する。そして、1954年から短編の形式で書き続けられた"The Groupe"『グループ』(小笠原豊樹訳 ハヤカワ文庫)を1963年、ついに完成させ、刊行。大変な話題となる。この後も1971年"Birds of America"『アメリカの渡り鳥』(古沢安二郎訳 早川書房)など創作欲は衰えず、1989年に亡くなるまで、フィクション、ノンフィクション合わせて28の作品を発表した。

 ここでは、このマッカーシーの作品のなかから、もっとも有名で、なおかつ大変におもしろい『グループ』を紹介したい。

2.『グループ』

作者メアリー・マッカーシーと同じく、1933年にヴァッサー女子大(メリル・ストリープが確かここの出身者だった。『あしながおじさん』のジュディーが過ごしたのもここ。アメリカで女子大としては最も古く、由緒ある大学)を卒業した八人のグループのメンバーの、1933年から1940年まで、卒業後七年間の軌跡がたどられる、というのが、この作品のアウトラインである。

【ケイ・ストロング】
彼女の結婚式で、この物語は幕を開ける。

ケイがおどろくほどの変りようを見せたのは、三年のとき、ウオッシュバーン先生の(このひとは自然科学に一身を捧げた老嬢だった)動物心理学の講義に出た頃からのことだった。かてて加えてハリー・フラナガン(訳注略)の演劇教室で活躍したことが、この内気で可愛らしくていくらかもっさりした西部出身の少女、髪は黒く艶やかに縮れ、顔色は野ばらのようで、ホッケーや合唱に熱を上げ、サイズの大きなブラジャーと重い生理のもちぬしだったこの少女を、やせて精力的で鼻っぱしの強い娘に変えてしまったのである。以来この娘はいつもスラックスにセーターにズック靴といういでたちで、めったに洗わない髪には絵の具をくっつけ、指はタバコで変色し、ハリーやハリーの助手のレスターのことを浮き浮きした調子で語り、張物、点描法、性的衝動、色情狂などということばを盛んに口にし、女友達の姓を大声で――イーストレイクだの、レンフルーだの、マコーズランドだのと呼び、実験的婚前交際を説き、配偶者の科学的選択を主張するのだった。愛なんて幻想よ、というのがケイの口癖である。(『グループ』小笠原豊樹訳 以下特に注記のない限り引用は同書)

ケイは卒業の前年、サマー・シアターの見習いとして働いていたとき、六歳年上で舞台監督助手のハロルド・ピータースンと知り合う。そして、ケイの卒業式の一週間後、両親も、年長者の立ち会いもなしに、監督教会派の教会で型破りの結婚式を挙げた。

ところが結婚しても、ケイはハロルドの実体を捕まえることができない。従来から、ケイのことは愛しているかどうかわからない、とはっきり言っていたハロルドであるが、彼が自分の父親に宛てた手紙に

ケイは人生を忘れていないのです……人生はともすればぼくらを傷つけます。。ぼくらはそのことを知っている。ところがケイは一度もそんなことを考えたことがないのです。たぶん、それだからこそ、ぼくはケイと結婚する気になったんでしょう……

と書いていたのを読んでしまう。ところがケイにはハロルドが惹かれる自分というものに思い当たらないのだ。少なくとも、ケイは正体がつかめないハロルドを怖れていた。

ケイはメイシーデパートに職を得たが、ハロルドは演出家との口論から失業してしまう。ハロルドの失業状態は半年にも及んだが、その間、なんとかケイの実家からの援助もあって、ふたりはやっていく。そうしてハロルドの戯曲がプロデューサーに売れたために、ふたりはパーティを開く。

スペインに滞在中のレイキーを除く、グループの全員が、ひさしぶりに集まった。パーティにはハロルドの仕事仲間のほかに、グループのメンバーではないけれど、ヴァッサーの同期生のノリン・シュミットラップと、その夫で社会主義者のパトナム・ブレイクも来ていた。
ケイとハロルドもかみ合わず、なんとなく冴えないパーティの最中、台所にマッチを取りに行ったグループのひとり、ヘレナは、ハロルドとノリンが台所でキスをしているのに出くわしてしまう。ゴシップには興味のないヘレナだったが、翌日、ノリンから電話があり、結局合うことになってしまう。

【ヘレナ・デイヴィスン】

背が低く、髪は薄茶色で、鼻は可愛らしくあぐらをかき、全体的にはがっしりした感じだが、その実やせてほっそりしているヘレナは非常に父親似である。やはり背が低く、髪が薄茶色の父親はスコットランド系で、合金の知識を活用して鉄で一財産つくった。……
ヘレナはグループのなかでは愉快な人物を見なされていた。いたずらっぽいユーモアのセンスといい、ゆっくり引きずるような喋り方といい、初めのうちみんなを驚かせた裸で歩きまわる癖といい、何もかもが愉快である。……それにしてもヘレナが頭脳明晰であり、年のわりにたいそう成熟していることは、グループ全体が認めていた。……
ケイと同室だったことやら(グループが寮の一郭を占領する以前)、ケイをクリーヴランドの実家へ呼んだことやらで、ヘレナはあっさり母親の意見を受け入れ、ケイを親友扱いしていたが、実のところこの二人はケイの人生にセックスが登場する以前ほど親密ではなかった。……自分で〈好悪の情熱〉と呼ぶところのものにたいしてヘレナは冷静かつ疎遠であり、ケイがハロルドに夢中になっているところを見るのは興味津々だった。

ヘレナは卒業後、保育園に勤める予定だったが、父親が反対したため(「特権を持つ人間はある種の権利を放棄するのです。あるいは放棄しないわけにはいかない」)、ヨーロッパへ数ヶ月渡ったあとは、就職もせずぶらぶらしていた。

気が進まないままノリンの家に出向いたヘレナは、そこでノリンからパトナムが不能であること、ハロルドとはずいぶん前から情事を持っていること、情事を持ったのがハロルドが始めてではないことなどを聞かされる。

「わたしは社会主義者じゃないけど」とヘレナは平静に言った。
「でも、もし社会主義者だったらいい人間になろうと努力するわ……あなたが〈良家の娘〉だから、御主人はあなたと寝ることができないって言ったわね。それなら、事実を話してあげなさい。ハロルドとのことを話すのよ。奥さんと六人の子供をかかえた小学教師のこともね。そうすれば、御主人もきっと元気が出るでしょ。それから御主人にこの部屋をよく眺めさせなさい。あなたの顎のまわりの汚れを見せなさい。男と寝れば寝るだけ、垢がたまるみたいに汚れが濃くなるのよ。人の大勢入った浴槽が汚れるのとおなじことよ」

生活を立て直すように、というヘレナのアドヴァイスにも、ノリンはそうしたことは「形式的なこと」として、まったく動じないのだった。パトナムとノリンの薄汚れた自宅は、左翼的知識人の集まる一種のサロンとなっているのだという。そして、男同士の思想的結びつきも強いのだ、と。ハロルドと二度と会うな、というヘレナの意見は、子どものもの、として一蹴されてしまう。

一週間後、クリーヴランドの実家に戻ったヘレナは、母親が読んでいたニューヨーク・タイムズで、ホテルでストライキ中の従業員を支援するために、同情ストライキを行った客が現れたこと、その最中ハロルドとパトナムが逮捕されたことを知る。新聞の写真の中央にはカメラ目線のノリンが。
ヘレナの母親は言う。

男というのは……女に言われない限り絶対にタキシードを着ないものよ。ずるい女にそそのかされない限り、同情ストだかなんだか知らないけど、男がタキシードを着て出掛けたりするもんですか。右翼だって左翼だって、男はみんなおんなじよ。で、女の目的は自分の写真を新聞に出すことなのね。ハロルドがパトナム・ブレイクとやらへの友情から、こんなことをしたなんて思ったら大まちがい。そう、きっとその女はパトナム・ブレイクもハロルドも、両方を指の先で操ってるんだわ。その頭飾りにしたって――きっとそれをつけたところを写真に撮りたかったのね。それからその手袋。よくも駝鳥の羽根かなんかの扇を持って行かなかったもんだわ。

【ポーキー・プロザロウ】
ケイの夫ハロルドが逮捕されたという新聞記事を読んだのは、ヘレナの母親ばかりではなかった。プロザロウ家の執事、ヘンリー・ジェイムズに似ているとグループのメンバーたちに評判の、イギリス人ハットンもその記事を読んだ。

ポーキーは学生時代、グループの問題児だった。

大金持ちだが怠け者で、宿題は手伝ってもらうし、試験ではカンニングをするし、週末には行方をくらますし、図書館の本を盗むし、道徳やデリカシーのかけらも持ちあわせがなく、興味を示すものといったら動物とダンスパーティだけである。学生寮の年鑑に記録されているこの娘の将来の希望は、獣医になることだった。今日ケイの結婚式へやって来たのも仲間に引っ張られて来ただけのことで、それはカレッジの集会があるたびに仲間が窓に石を投げてこの娘を起こし、むりやり帽子や皺くちゃのガウンをつけさせて連れて行くのと全くおなじことだった。さて教会まで無事に連れて来たからには、式のあとティファニーの店へ引っ張って行って、何かケイへのすばらしい贈物をえらんでやらなければなるまい。ポーキーは一人では贈物をえらぶこともできないのである。

卒業記念に飛行機を買ってもらったポーキーは、獣医になるため、飛行機でコーネル農場試験場に通っていた。
家柄は良くても、家系図をさかのぼっても高等教育を受けたのはポーキーただひとり、頭が弱く虚栄心ばかり強い一家のなかで、ハットンは単なる使用人ではなく、家の責任者というおもむきがあった。ハットンの立ち居振る舞いは、一種の名物ともなっていた。

タイムズで見つけたハロルドの記事をポーキーの母親に見せておいた方が良いだろう、と判断したハットンは、朝食を運ぶ盆に、折り畳んでのせておく。

「ハットン!」と、翌朝、せわしなく呼ぶ奥様の声がきこえ、ハットンはゆっくりとふたたび食堂へ戻った。
「これは何? なぜこんなものを持って来たの」プロザロウ夫人のクッションのようにやわらかい醜い肉体はぜんたいに震えていた。
「申しわけございませんでした。奥様、その記事に出ております紳士の一人が確かミス・キャサリン(※ケイはキャサリンの愛称)の御主人だと記憶しておりましたので」……
「ミス・キャサリン?……だれ、それは? わたしたちの知っているひと?」ハットンが第五面の乱闘場面の写真を見せようとすると、夫人は顔をそむけた。
「ミス・メアリ(※ポーキーはメアリの愛称)がバッサーにおられた頃、クリスマスのお休みや、そのほかにも一、二度泊りにいらしたお嬢様です」ハットンはここでことばを切り、プロザロウ夫人の怠惰な記憶が働き始めるのを待った。だがプロザロウ夫人は頭を振った。……
「どういう家柄のお嬢さん?」
「存じませんです、奥様」……
「それでこのお嬢さんが警察につかまったのね。一体何をやったの。万引か何か?」
「いえ」とハットン。「拘留されたのはあのお嬢さんの御主人でございます。何か労働争議と関係のあることらしゅうございますが」
プロザロウ夫人は蒼白く肥えた手を振った。「もう何も言わないで、ハットン。……そう、こうすれば一番いいわ、ハットン。この新聞を台所へ持って行って、ストーブで燃やしてしまいなさい。頼むから料理人には何も言わないでね。わたしたちのような立場の人間は、とてもじゃないけど、ハットン……〈ガラスの家に住む人々は〉よ、ハットン。それから何でしたっけ。あら、いやだ、ちがうわ。〈非難を超越せねばならぬ〉。これはシェイクスピアね。『ジュリアス・シーザー』」夫人は微笑した。「今朝はなんだかずいぶん高級な話になってしまった」

【ドティ・レンフルー】
娘の結婚式の準備で忙しい、ドティ・レンフルーの母親も、ハロルドが逮捕された記事を読んだ。ハロルドと、ハロルドの友だちが逮捕された話を娘に告げると、ドティはひどく動揺する。実はケイの結婚式の翌日、ドティはハロルドの友人で画家のディック・ブラウンと関係を持っていたのである。

この娘はグループの最年長者で、もうじき満二十三歳になる。蒲柳の質なので子供の頃から学校を休みがちだった。今ではもう何となくオールドミスの気分である。この娘の固苦しい礼儀作法や、几帳面な習慣や、風邪をふせぐため校内でも離したことのないマフラーや長いミンクのコートを、グループのみんなは嘲笑ったけれども、気のいいドティは、そんなときでも調子を合わせて静かに笑っているのだった。ボーイフレンドたちはいつもこの娘をうやうやしく取り扱った。そのボーイフレンドたるやたいてい友だちの兄や弟で、ハーバードの大学院で考古学や音楽学や建築学を研究している蒼白い青年たちである。……
けれどもドティは、自分は楽しみごとが好きだし、むしろ官能的な素質もあると思っていた。……母親と話し合って意見が一致したことは、もしもだれか立派な青年と恋をして、婚約したら、幸福な適合を確かめるために一度は肉体関係をもつべきだということである。ドティの母親はたいそう若々しくモダンなひとで、その交際範囲のなかでも、そういう点で男と女がどうしても適合できず、したがって結婚生活は失敗であったという悲しむべき実例をいくつも見聞していた。ドティは離婚は罪悪だと思うけれども、結婚生活のそういう面をきちんと調整するのは大切なことだとも考えている。

 ケイの結婚式で花婿の付き添い役だったディックは、離婚したばかりのハンサムなボヘミアン風の青年だった。グループのなかで最も美しいレイキーとドティ、そしてディックは結婚式の翌日、三人で美術館に行く。そして次の日、ヨーロッパへ発ったレイキーを見送ったあと、ディックはドティを部屋に誘ったのだった。

一夜が明け、ディックはドティに「ペッサリーを貰っておいでよ」と言う。産児制限局に行って必要な知識を得たドティは、病院で診察を受け、必要なものを揃えた。ところが連絡をくれ、と言っていたはずのディックはいない。伝言を残したまま、ワシントン広場で暗くなるまで待ち続けたドティは、傷心のまま、ボストンの実家に帰った。
その後、静養をかねてアリゾナを訪れたドティは、そこで鉱山関係の事業家で大変な金持ちで男やもめのブルック・レイサムと婚約し、その眸と同じくらい大きなダイヤの婚約指輪を得たのである。

結婚式を目前に、ディックの名前とめぐり逢ったドティは、熱に浮かされたように母親にディックとの一部始終を話す。
それを聞いた母親は、結婚式を延期し、もういちどディックに会って自分の気持ちを確かめるように勧める。だがドティはそれを拒み、ブルックと結婚する、という。

「あなたは何かを犠牲にすることがいやなのね。……もう人生の盛りをすぎた男の人を傷つけないために、たった1ヶ月待つこともいやなのね。あなたのプライドを犠牲にして、ディックという人に逢った上で、もし愛しているなら同棲して、その人に正しい生活をさせるよう努力することも面倒くさいのね。わたしの時代なら、どんな女だって、愛や理想のためなら喜んで何かを犠牲にしたものよ……」
「それはお母様の時代のことよ……もう犠牲なんて必要ないわ。……男のひとに正しい生活をさせるなんて無理だわ。こっちが泥沼に引きずりこまれるだけのことよ。そのことはアリゾナでよくよく考えたの。犠牲なんて時代おくれの考え方よ。インドで未亡人を焼き殺すみたいな、迷信よ、お母様。いま社会が目指しているのは、個人が自由に発展することでしょう」
「ええ、それには賛成よ。……わたしがあなたに言っているのはね、ドティ、ほんのちょっとしたことなの。つまり、自分自身を大切にせよ、ってことよ」
「大丈夫よ、お母様。自分の気持ちはよく分かってる。ディックと寝たからといって、全生活を変えてしまう必要はないわ。ディックもそう考えてると思う。物事にはそれぞれ区切りがあっていい筈でしょ。……だから思い出としてとっておくほうがいいのよ」

【リビー・マコーズランド】
出版社に就職が決まったものの、リビーの地位ははっきりしない。家族の仕送りがあるせいで、こざっぱりしたアパートに住むことができてはいるのだが、社にデスクは与えられず、家で原稿を読む仕事を週に一度、もらうだけである。

初めは人にたいして、いやに強気だが、やがてどういうものか人にそっぽを向かれてしまうのが、(今までのところ)リビーの運命であるように思われた。……グループの場合でもおなじことである。リビーは『人間の絆』や、キャサリン・マンスフィールドやエドナ・ミレイやエリナー・ワイリーや、それにヴァージニア・ウルフが大好きだったが、レイキーが鶴の一声で、そんな趣味は感傷的よと宣告して以来、だれにも本のことで話相手になってもらえないのだった。皮肉なことに、リビーはグループ外部ではグループの代表者と見なされ、内部では逆にちっとも人気がないのである。

二年ほど、編集助手という曖昧な状態が続いたあと、原稿を割り当ててくれる編集者のリロイ氏は、リビーには編集のセンスがない、と言う。編集者になるのを諦めて、文学斡旋業を始めてはどうか、と。作家と直接交渉したり、作家を励ましたり、なぐさめたり、昼食に連れ出したり、といった仕事の方がリビーにはふさわしいように思う。そうしてリロイ氏の知り合いの文学斡旋業者の助手となったのである。

卒業後三年目、リビーは自宅でパーティを開く。そのころにはグループの半数は結婚していた。ケイのつぎに結婚したプリス、ドティ、そして遠縁にあたるプリンストンの大学院生である詩人と突然結婚したポーキーである。リビーはいまなお親しくつきあっているケイと夫のハロルド、そしてポリーをパーティに招いた。

パーティには旧友のほか、出版関係者、肉親、そしてボーイフレンド、「ほんもののノルウェイの男爵」でスキー教師のニルスが来た。

 パーティのあと、ニルスとは一緒に食事に行く約束をしていた。リビーはその席で自分に結婚を申し込むのではないか、と思い、それとなく家族に紹介したかったのである。ところがパーティ客が帰ってしまうとニルスは突然リビーに襲いかかる。

「きみは処女かい?」凶暴な姿勢のままで、とつぜんニルスはたずねた。リビーは何も言わずにうなずいた。もうかんにんしてと言うだけの気力しか残されていないようである。
「ああ、なんて退屈なんだ!」とニルスは力をゆるめながら言った。「きみは退屈だよ、エリザベス!」それから顔をしかめて、「リビーと言うべきかな」青年は身をふるわせて立ち上がった。
リビーはこれほど侮辱されたことは初めての経験である。服を乱されたままの格好でそこに横たわり、はあはあ喘ぎながら、おびえた茶色のひとみを大きくひらいて、リビーは哀れっぽく青年を見上げた。青年は手荒にリビーのスカートを引き下ろし、絹のブルーマーを隠した。「きみは強姦してもおもしろくないや」と青年は言った。そしてソファから立ち上がり、悠々と浴室へ入って行った。
リビーは『オックスフォード詞華集』とともに取り残された。男が水を流しもせず、ドアをあけっぱなしで小便をする音が聞こえた。まもなく、口笛を吹きながら、青年はアパートを出て行った。掛け金がかちりといい、階段に足音が遠ざかり、それですべてはお終いだった。

【ポリー・アンドルース】
メディカル・スクールに進むために化学を専攻し、勉強に励んでいたポリーだったが、在学中に大恐慌のあおりをくらった父親が破産してしまう。そのため、奨学金を得てなんとか大学を卒業し、卒後はコーネル医学センターの臨床検査技師として働いていた。

 ポリーの外見は、〈おだやかな日の光〉のような娘だった。色の薄い藁か、未加工の絹に似た、ほとんど亜麻色に近い髪。青い目。ミルクのように白い(脱脂ミルクのようにちょっと青みがかった)肌。顎はやわらかくふっくらとして、窪みというか、ちいさな割れ目のようなものがあった。腕は白くふくよかで、眉は細長い。……
難をいえば、ポリーは一対一で話すととてもおもしろい相手なのに、大勢集まる席ではどうもパッとしないのである。いつも穏健なことを囁くように喋る父親に似て、ポリーも非常に声が低かった。だれかがポリーの家系を話題に出さぬ限り(部分的な汚点はあってもまずまずの良家だった。アンドルース氏の姉たちはみなサージェントに肖像画を描いてもらっている)、パーティの客たちはポリーの存在に全然気づかぬか、あるいはポリーが帰ったあとで、あのおとなしいブロンド娘は何者、と訊ねるのである。それがまた問題だった。ポリーはいつでもさっさと帰ってしまう。帰らせぬためにはこつがあって、隅のほうで退屈しているあの人を救ってあげなさいと言えばいいのである。ポリーはすぐにその男と熱心に話し出し、だれも知らないようなその男の特徴を掴み出すのだった。

リビーのパーティで知り合った編集者のガス・リロイとポリーの情事は一年近く続いていた。中学教師で共産党員のガスの妻エスターは、所属細胞の男と恋愛中で、夫婦は別居している。ところがエスターは離婚しようとはせず、その結婚が救いようのないものなのかどうか確かめるために、ふたりで精神分析を受けようと提案したのである。
だがポリーには、ガスがいつまでも精神分析を続ける理由がわからない。一向に異常は感じられないし、離婚することに決めているのなら、その必要もないはずである。ポリーは仕事先で文献を漁り、ガスに当てはまる症例を探そうとするのだが、あまりにまともな彼は、なにひとつあてはまるものがない。結局ガスの唯一の病気は、週二十五ドルも費って精神分析医の診察を受けていることなのではないか、とポリーは思ってしまうのだ。

ある晩、やってきたガスは、精神分析で障害が起こった、という。夢を見なくなったのだ。ガスの妻のエスターは、それはガスがわざと精神分析を妨害し、治るまいとしている、ポリーを避難所にして、ポリーを看護婦として見ているから、治るまいとしているのだ、と。ガスの妻は、治療を進展させるために、ポリーと別れてはどうか、と提言したと言うのだ。

「きみはどう思う?」
「そうね」ポリーはこわばった喉で言った。「エスターは免許証もないのに医者みたいな口をきいちゃいけないと思うわ。かりにそれが事実だとしても、そういうことをあなたに言うのは、ビジャー先生の仕事じゃないの? しばらくわたしに逢うな、なんて言う資格は、ビジャー先生にしかないと思うわ」
「そうじゃないよ、ポリー。ビジャーはぼくの精神分析医だ。その話はいつかしたじゃないか。精神分析医は、ぼくの実生活上の行動について命令することはできない。ぼくの報告を聴くことしかできないんだ」……「ぼくはきみを愛してるんだよ」
「でも、もう決心したんでしょ?」

こうしてガスとあっけなく別れてしまったその翌日、ポリーは一通の手紙を受け取る。それは、母親と離婚した父親が、ポリーと一緒に暮らしたいので、そちらに行かせてほしい、というものだった。

慌てて母親に連絡を取ると、長年鬱状態にあったアンドルース氏が、今度は躁病になったのだという。手始めに離婚し、ニューヨークに出ると言いだしたのだ、と。最初は反対していた母親も、なんで離婚してはいけないの? と思うようになった、農場の経営も思い通りできるようになった、と屈託がない。
アパートの部屋を改造したり、温室作りを計画したり、生活を快適にすることに余念のない父親と一緒に生活することは、最初のうちは楽しかったのだが、そのうちポリーには父親の浪費が抑えられなくなる。

ふたりの生活費を工面するために、ポリーが勤め先の病院で売血をしているところを、父親の症状について何度か相談に乗ってもらっていた精神科の医師、ジム・リジリーに見つかってしまう。

「何をしてるんだい」とリジリーは訊ねたが、採血直後のポリーは寝椅子に横たわっているし、横に採決の道具はあるし、これはきわめて形式的な質問と言わねばなるまい。
「クリスマスの資金作りよ」ポリーは神経質な笑顔を店、握りしめていた拳をひらいた。……
「いいかい、ぼくの解釈を聞いてくれ。これはきわめて妥当な解釈だと思う。ここに躁病の患者がいて、その家族が病院で血液を売っている。とすれば、その患者の浪費癖が昂じてきたと、ぼくは解釈する。……だれかが説得して、治療を受けさせなきゃいけない。……ポリー、きみはお父さんを入院させなさい」
「絶対いやよ」
青年は上半身をかがめ、ポリーの片手を握った。「こんなにぼくがむきになるのは、惚れたからかもしれない」

ポリーとジムは市役所で、治安判事だけを立ち会いに結婚した。そうしてグループ一同の反対を押し切って、父親と三人暮らしを始めた矢先、仕事先の病院の精神科病棟の病室に入っていくと、そこに目を腫れ上がらせたケイがいた。
ハロルドと殴り合いのケンカをしたあとで、ケイは夫に騙されて精神病院に入れられてしまったのだ。ポリーはハロルドとなんとか連絡を取ろうとするが、ハロルドはつかまらない。ポリーの頼みでやってきたジムも、ケイを助けるために骨を折ろうとする。

「ケイ、あなたの精神状態を疑うとすれば、それはたった一点しかない」
「ハロルドのことね」と、低い声でケイは相手のことばを補足した。
ジムは溜息をついた。「愛してるんですね、彼を」
「そう言えばロマンチックな話になるけど」とケイは率直に答えた。「でもわたしは愛してないと思うわ。ある意味では、憎んでるくらい」……
「つまり、あなた方の結婚は体(てい)のいいニセモノだったということですか」
ケイはジムの目を見つめた。「どうしてそれが分かりました?」と、ケイは言った。「ええ、そうだと思うんです。だから、わたしは今の状態から逃げ出せないのかしら。逃げだせば、わたしたちの結婚が失敗だったってことがみんなに分かってしまいますからね。まさかと思うでしょうけど、ジム、わたしはソールト・レイク・シティでは郷土の誇りなのよ。〈東部へ行って成功した娘〉ってことでね」
「成功した?」
「ハロルドと結婚したことよ。芝居の世界に関係しているでしょ、彼は。父や、母や、学校友だちは、それがすばらしいことだと思ってるのね。わたしも一時は演出家になりたかったの。でなきゃ女優に。でも、実際には、わたし、才能がないんです。それがわたしの悲劇」

 ポリーとジムの助けで、いつでもそこを出られるようになっていたケイだったのだが、ハロルドにまんまといいくるめられ、ケイは「休養のため」にしばらくそこに入院することになってしまった。

【プリス・ハーツホーン】
二歳半になるスティーヴンを遊ばせに公園に行ったプリスは、そこで赤ん坊を日光浴させているノリンにばったり出くわす。社会主義者のパトナム・ブレイクと離婚したノリンは、今度はまったく関係のないユダヤ系の銀行家と再婚していた。
きまじめで、経済学を専攻し、最優等生のクラブに所属し、大学卒業後は国家復興局に勤めていたプリスだったが、出産後仕事をやめてからというもの、考えることといえば、息子のトイレのしつけや幼児食のことばかり。小児科学会で最先端の育児法を提唱する小児科医の夫スローンも、家庭のなかでは、まったく協力的ではないのだった。
久し振りにうわさ話に花を咲かせるふたりだったが、誘われるまま、プリスはノリンの新居を訪れる。だがノリンは、ただハロルドの話がしたいだけだった。

「びっくりしないでね、わたしはハロルドを夢中で愛していたの。四年間よ。それでも、ケイとの友情には変りなかったけど、その恋に希望がないと分かったから、フレディと結婚したの。初めから希望がなかったんだけど、自分で自分をだましていたのね。……でも彼にはケイに対するコンプレックスがあった。わたし、いまだにそれがよく分からないのよ。……ハロルドはちょっしゅうケイがエネルギッシュだという話をしたわ。ケイの攻撃的エネルギーは〈生命力〉とつながりがあるんだって――ハロルドはバーナード・ショウの影響から抜けきれないのよ。あなたどう思う? ケイはわたしよりエネルギッシュかしら」
プリスはその質問に答えたくなかった。「ケイには確かにエネルギーはあったわね」とプリスは言った。「それに……ケイは、ハロルドを養っていたでしょう」
「ハロルドは金持ちの女なら一ダースも知っていたのよ」と、ノリンは言った。「わたしだって彼のためなら床の拭き掃除くらいできるわ。……わたしは何もかも犠牲にしようとしていたのに」
 ノリンの黄褐色の目に涙があふれた。「ああ、そんなこと言うもんじゃないわ、ノリン!」と、プリスはその涙に驚き、自分も告白したいような気持ちにとらえられた。
プリスはスローンのために職場を去り、社会的な理想を捨ててしまったが、それでいて自己犠牲を人にすすめる気にはなれない。もうスチーヴンがいるから遅すぎるけれぢ、プリスは自分の過去はまちがいだったと確信していた。もしプリスが自分の希望をつらぬいて、ワシントンの職場に勤めつづけ、スローンのきらいなニューディール政策のなかの小さな歯車たることに甘んじていれば、すろーんだって、今よりはずっと仕合わせであり、〈ボリシェヴィクの女房〉を自慢することもできたと思われる。プリスがNRA(国家復興局)にいた頃、スローンはプリスを誇りにしていた。それというのも、プリスにそれだけの積極性があったからなのだが、今やそれすらない。

【エリナー・イーストレイク(レイキー)】
卒後間もなくソルボンヌ大学に留学したレイキーが、第二次世界大戦が始まり、間もなく戦場になりそうなイタリアから七年ぶりに帰国する、という話を聞いて、グループの一同は、久し振りに七人揃って波止場へ迎えに行った。

いざ船の渡り板が下ろされたとき、ある者は不安になった。レイキーは自分たちより遙かに成長したのではなかろうか。ヨーロッパで暮らして、教授や、美術史家や収集家と付き合っていたあとでは、昔のグループなど田舎者の集まりに見えるのではなかろうか。……自分たちが家に帰れば亭主や子供たちが待っている堅実な女たちの集まりになってしまったことを、思わないわけにはいかなかった。ポーキーにはもう子供が三人もいるし、ポリーにも小さな女の子がいる。
 さて、いよいよレイキーが濃い紫色のスーツに帽子といういでたちで、緑色のレザーの化粧鞄と、細く畳んだ緑色のアンブレラを持って、胸を張り、しっかりした素早い足どりで渡り板を下りて来たとき、みんなはレイキーの若さに一驚した。こちらはみな断髪あるいはパーマネントだったが、レイキーはまだ黒い髪をうなじのところでまとめているから、まるで少女っぽく見えたし、それに体の線も若さを保っている。レイキーは一同を認めた。その緑色の目が喜びに大きく見ひらかれた。レイキーは手を振った。抱擁のあと(七人ぜんぶの両頬にキスし、一人一人距離をおいてしげしげと見つめた)レイキーは連れの外国人の女性を紹介した。

その男爵夫人は、レイキーの恋人だった。
最初はレイキーがレズビアンになってしまったことに衝撃を受けたグループの面々も、次第にそのことを受け入れ始める。「喫煙室のモナ・リザ」と渾名されていた、大変な美人だったが冷たく人を寄せつけないところがあったレイキーが、いまははるかに人間的になり、子供たちと楽しく遊ぶのだった。
そうしてふたりは、ふつうの夫婦のように、グループのメンバーと行き来するようになる。

間もなく、ケイはホテルの窓から落ちて頸の骨を折り、死んでしまう。
離婚したあと、寂しくヴァッサー女子大のクラブで暮らしていたケイのために、グループのメンバーたちは、協力して葬式を出してやろうとするのだった。結婚式を挙げたのと同じ教会で、季節もほぼ同じころ、葬式が営まれる。ケイが生きていれば、一番喜んでくれるような、華やかな葬儀だった。

 みんなが用事で忙しがっているあいだは、リビーは姿を見せなかった。グループのほかのメンバーが出し合った葬式の費用についても、リビーは知らん顔をしていた。去年の夏、リビーはピッツフィールドで結婚式をあげた。相手はリビーが斡旋してベストセラーになった歴史小説の作者である。……ケイの葬式の日の朝、リビーは息せき切って駆けつけ、来るや否やシェリーを飲み、ビスケットをつまんだ。……
「ねえ、だれでもいいから教えてよ」と、リビーはビスケットをつまみながら言ったのである。「ほかの人には言わないから。ケイは跳び下りたの、落ちたの?」
 デイビスン夫人はその肥えた手で、いきりたちそうになったポリーの腕を抑えた。「エリザベス、ほかの人に言っても構いませんよ。言って下さったほうがいいと思うわ。ケイは落ちたのよ」
「そう。それは警察の解釈かと思ってた」……
「なんといっても、生きているケイを最後に見たのは、わたしですからね。亡くなる一時間ほど前だったかしら。夕食のあと、わたしがケイを呼んで、ラウンジで一緒にコーヒーを飲んだのよ。わたしは昔からケイが好きでしたからね。警察にも言いましたけど、そのときのケイはとても元気がよかったわ。完全に平静な精神状態でね。わたしたち二人は、チャーチル首相のことや、空襲のことや、アメリカの徴兵制度のことを話しました。ケイはサクス・フィフス・アヴェニューに就職の口があるとかで、その面接試験を受けるのだと言っていました。ケイは自殺のことなど考えていませんでしたよ。あの人が一時期、精神病院に入っていたことがなかったら、そんな疑問は初めから起こらなかったと思うわ」

葬儀の最中、ハロルドが現れる。
芝居がかった仕草で教会中の注目を集め、墓地へ向かうときは、レイキーに近寄っていって同乗を願い出るのだった。「彼、レイキーを口説くつもりかしら」と心配するポリーに、父親のアンドルース氏はおだやかに答える、「口説けばおもしろいことになるね、あの男爵夫人はブラス・ナックルズをつねに携帯しているそうじゃないか」

ハロルドの話を聞いているうちに、レイキーは心の底からうんざりしてきた。要するに、この男はただの見掛け倒しなのである。……だが、レイキーはまだこの男を罠にかけてやろうという気持に変りはなかった。ケイに代って、全女性に代って、そして何よりも馴れ馴れしく近づいてきた厚かましさにたいして、この男に罰を加えねばならぬ。

わざとハロルドを怒るように仕向けたレイキーの思惑通り、同性愛に対する狭隘でありきたりなことばを吐き散らし、怒ったハロルドは、自分からレイキーの車を降りる。
墓地へ向かうレイキーの車のバックミラーには、ニューヨークへ戻る車をなんとかヒッチハイクでつかまえようと、空しく親指をあげ続けるハロルドの姿が映っていた。

そうしてこの七年間の物語は幕を閉じる。

***

大学を卒業した八人の女の子たちが、どのようになっていくか。
こうしたテーマは、小説というより、むしろ映画やTVドラマが得意とする題材である。出てくる登場人物が多いことで、読者(視聴者)は、自分の感情移入がしやすい人物を見つけやすいし、それからどうなるんだろう、という興味だけで、読者(視聴者)を引っ張っていきやすいからなのだ。それを小説でやっていこうとすると、どうしても通俗的なものになってしまう。
E.M.フォースターはストーリーを「文学的組織体のなかで、いちばん下等でいちばん単純なものです……それはどう見ても、魅力のない醜い姿をしています」(『小説の諸相』みすず書房)と言っているが、追っていく主人公の人数が多くなればなるほど、作品はどうしても「だれがどうしたか、だれはどうなるか」だけになり、ストーリー(フォースターの言う「サナダムシ」)だけが剥き出しになってしまうのだ。結局、それこそ、ビバリーヒルズなんとかのノヴェライズを読んでいるような具合になってしまう。

この『グループ』は、一歩間違えば青春群像劇のノヴェライズになりかねないような題材を扱いつつ、そうしたものとはまったく異なる作品に仕上がっている。
それはなによりも、作中人物がみなそれぞれに個性的でありつつも、1930年代のアメリカの、さまざまな階層の典型的な人々を、そのライフスタイルや思想も含めて代表しているからであり、そして、さらにその登場人物たちは、年代も国も越えた普遍性を備えているからだろう。

『グループ』の「訳者あとがき」には、マッカーシーに敵対的な批評家が「彼女はいつもモデル小説しか書かない」と批判したこと、それに対して「たいていの小説はそうなのです。つまり、実在の人物によって満たされているのです。考案される部分はほんの僅かしかありません」と答えたことがあげられているが、この「モデル」というのを単純に理解してはならないように思う。

マッカーシーには『アメリカの渡り鳥』(早川書房)という作品もあって、これは、ハープシコードの演奏家でもあり、音楽学の研究者でもある離婚した母親と、一人息子の物語である。単純に考えれば、この息子ピーターは、実子ルーエルがモデルということになるが、マッカーシーはアーレントに宛てた手紙のなかで、こう書いている。

モデルはミロシュの息子たちヴィエーリ・トウッチ(ニコロの息子)を少々とルーエルを少々。カルロ・ターリャコッツォという少年とジョーダン・ボンファントという『ライフ』の記者、ジョナサン・アーロン――ダニエル・アーロンの息子――という名のソルボンヌにいた子をすこしばかり。ジョナサンについてはいい話があって、暗い路地裏の自分の部屋の鉢植に光を当ててやるため、彼はいつもそれを持って散歩に出たといいます。この痛ましい奇行は、ピーターボンファント(※実際の作品ではピーター・レヴィとなった)と名づける私の若い主人公の特質となるでしょう。

つまり「実在の人物によって満たされている」というのは、そういうことなのだ。

ケイとハロルドの結婚生活は、ハロルドの名前が、最初の夫と綴りが一字違うだけで同じ名前であることなどから、マッカーシーの最初の結婚生活をモデルにしたものである、と解説にも書いてあるし、先頃出た小谷野敦『聖母のいない国』(青土社)にも「ケイはマッカーシー自身をモデルにしている」とあるが、そのような単純なものではないように思える。
たとえば、あきらかにグループの嫌われ者の役を割り振られているリビー・マコーズランドの編集助手時代の生活(そして仕事がもらえないのではないかという不安)は、自身の経験であるだろうし、逆に、生命力には溢れているけれど、むしろ鈍感で、芸術的なものへのあこがれは強くても芸術的なセンスには乏しい人間として造型されているケイが、みずからを投影した存在だとは考えにくい。

つまり、どの人物にも、自分自身の経験が投影されているという意味では作者の延長なのだろうし、また、複数のモデルをさまざまに組み合わせて造型されている、という意味で、作者マッカーシーとははっきりと別人なのである。

小笠原の解説によると、マッカーシーはこの作品を書きながら(アメリカの小説にはよくあることなのだが、この作品も部分ごとに発表され、最も早く出たものは1954年で、全体が完成したのは1963年だった)、「すっかり憂鬱になった」という。「この八人の娘たちの運命はあんまり残酷なので、わたしは仕事をつづけることができなくなりました。残酷というのは、娘たち自身にとって残酷なだけじゃなくて――人類全体にとってね」と言っていたという。
また、執筆時、「これは実は進歩という観念についての小説なのです。女性の側から見た進歩という観念ですね。女性の側とは、つまり、家庭経済とか、住居とか、生活技術とか、避妊とか、育児とか、そういう面です……その二十年間に(※当初はルーズウェルト就任の年からアイゼンハワーの就任の年までの一種の疑似年代記小説として構想されていた)、進歩、あるいは進歩という観念に対する信仰が失われていったことを物語るつもりです」とも語っていたことが紹介されている。

アッパークラス、あるいはアッパーミドルクラスの出身で、当時としては最高の教育を修めたはずの娘たちが、社会的な成功を収めることもできず(ひとりを除いて――ただ、そのひとりも学生時代はまだ萌芽の状態だった俗悪さが、社会的な成功と引き替えに丸出しになってしまう)、家庭的にも満たされず(ポリーは除く。ポリーの家庭生活は、この作品中ほとんど唯一の救いである)、いつしか若いころ持っていた輝きを失ってしまう。

確かにそのストーリーは決して明るくはないのだが、作品には陰気な要素はまったくない。
アーレントがところどころ大笑いをした、と手紙に書いているように、全体的に乾いていて、硬質で、ユーモラスな要素も散りばめられている。
おそらくそれは、マッカーシーの「強靭さ」、「私は、はじめから自分が賢いことを知っていた」(『成長の記』ウィルソン夏子『メアリー・マッカーシー ――わが義母の思い出――』からの孫引用)というマッカーシーの自らの知性に対する自信と、いかなる逆境にあっても自分を貫き通す覚悟とは無関係ではないだろう。

     

わたしが『グループ』を初めて読んだのは、おそらく中学に入ったばかりのころだったと思う。スポンジのように何もかも吸収する時期にこの本にめぐり会ったのだ。
具体的な性行為のディテールも、フレイザーの『金枝篇』も、ヘンリー・ジェイムズも、クラフト・エーピングも、行動主義も、精神分析が寝椅子に座って行われることも、全部この本で知ったのだし、その他にもこの本を窓口に知っていった世界は、四方八方に拡がっている。
この文章を書くために、ずいぶん久しぶりに『グループ』を読み返し、部分を抜粋しながら、自分の文体がいかに小笠原豊樹の影響を受けているか、あらためてぎょっとしたし、ヴァージニア・ウルフを読んだのが、なぜあんなに遅かったかも合点がいった。そんな部分があったことなど忘れてしまっていたのだが、無意識のうちにレイキーの「感傷的よ」という宣告に影響されていたのである。

 だが、最初に読んだころは「あとがき」の「残酷さ」というものが、ピンとこなかった。
そのことは、自分自身がその年代を経て、同じような経験をし、ヴァッサー女子大を卒業した当時、彼女たちが手にしていた可能性と、それが実体化したもののあまりの落差を具体的に理解できるようになってはじめて実感できるようになったのだ。

ただ、いまはこう思う。それが若い、ということなのだろう、と。
若いから、輝いて見えるのだし、可能性が感じられるから、実体以上にすばらしく見える。だが、実体が可能性に追いついていけるかどうかは、つまり、成長し続けることができるかどうか、というのはつぎつぎに脱落していくレースのようなものなのだ。
進歩、あるいは進歩という観念に対する信仰、というのは、ことばを換えれば、時の流れにつれて、人は成長し、可能性は実体化する、という誤解ではあるまいか。

四度の結婚をし、多くの作品を書き続けたマッカーシー、『グループ』や『アメリカの渡り鳥』、短編のいくつかを見ただけでも、彼女が言うべきことをほんとうにたくさん持っていた人だということがわかる。思想を持ち、その思想を信仰にするのではなく、同時に自分の考えを持ちながら、現状を一歩高いところから、超然と俯瞰しながら作品にしていった。おそらく彼女は成長をし続けた人だ。

というわけで、『グル−プ』はおもしろいんです。なかなか手に入りにくい本だとは思いますが、なんとか手に入れて読んでみてください。






初出Dec,13-17,2004 改訂 Dec,20,2004