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わたし、プロになれますか? 〜教えること、教わること〜


1.才能+やる気+努力=成功?


一応、わたしは人にものを教えることを生業としている。
教壇で立ち往生しないよう、いつもできるだけの準備はしているけれど、予想もしない質問が来て、思わず「はぁ?」とアゴをはずしかけたり、時間をかけて懇切丁寧に教えたはずなのに、腰骨がうち砕かれるような答案を読まされたり、自分の無能さを日々思い知らされることばかりで、おそらく全国一斉教師能力検定試験みたいなものが開催されたら、下から数えたほうが早いにちがいない。

ところが、そんなわたしに「先生、わたし物書き(作家/マンガの原作者/シナリオライター/フリーライター/翻訳家)になりたいんです。わたし、プロになれますか?」と聞いてくる子が、毎年かならず何人か現れる。
答えは決まって「そんなことはわかりません」。
ほんとうにそれ以外に答えようがないのだが、たいがい聞いてきた側は、おもしろくなさそうな顔をする。

なんと言ってもらいたいんだろう。わたしが太鼓判を押したら、何かいいことがあるのだろうか。

実際、安易に請け合う人たちもいるのだ。「通信講座」とか、いわゆる「各種学校」と呼ばれるところとか、要は受講生に金をはき出させることを目的にしているとしか思えないような場所だ。
「いい調子ですよ。このまま続ければ、プロになれるかも」
こういうのはダイエットの広告と一緒で、一種の詐欺には当たらないんだろうか。

青山南は『小説はゴシップが楽しい』(晶文社)で、ウィリアム・ギャスが『現在時制も格が落ちたもんだ』のなかで語ったこんな言葉を紹介している。

 例外はもちろんあるが、かれら(※アメリカの大学の創作科の学生のこと)はがいして文学にいささかも興味を示さない。そのかわり、書くことには興味がある……お皿みたいに薄っぺらな自己を表現することには興味があるのだ。……わたしが会った若者たちには、かつてわたしたちの世代が持っていたような、ロマンティックな大志がなかったので、彼らには野心がないのだ、とわたしは決めつけたものだ。しかし、それは間違いだった。彼らは野心の塊だったのだ。ただ、それはあまりにも通俗的で常識的な類のものだった。彼らは一山当てたがっている。

才能、ということを考えるとき、いつもわたしは「ニューヨーク・ストーリー」という映画を思い出す。高校時代のわたしが、画家に扮したニック・ノルティ見たさに、繰り返し映画館で見た映画だ(そのころはまだ、DVDはおろかビデオで見ることさえなかったのだ……高校時代なんて、ついこの間のことのような気がするけれど、こうしてみると隔世の観があるなぁ)。

ニック・ノルティが演じるのは、ジャクソン・ポロックを思わせるような、どでかいキャンバスに、速乾性のアクリル絵の具をたたきつけるように描く抽象表現主義の画家。画壇では大家とまではいかないのだろうけれど、相当に重きを置かれている中堅の画家なのである。
その彼と同棲しているのが、画家のタマゴのロザンナ・アークウェット。彼女は、自分は画家としてやっていけるのだろうか、と疑問を持っていて、ある日、ノルティに迫る。
自分の絵を見てくれ。緊張感はあるか。才能はあるか。自分はプロとしてやっていけるか。才能がないのなら、田舎に帰る。

それに対して、画家は「22歳でそんなことがどうしてわかる」と答える。
アークウェットが求めていたのはそんな言葉ではなかった。才能がある、あるいは、ない、なんにせよ、自分の人生にとって決定的な言葉、託宣がほしかったのだ。

けれども、ほんとうにそんなことがどうしてだれかに言えよう。「才能」というものは、その人が生まれたときにもらった、リボンがかかった箱に入っているプレゼントではないのだ。
ひたすらに描き、描き、描き続けるなかで、線をすこしずつ洗練させ、使える色を増やし、そのなかから自分の線と色を見つけていくしかない。その結果、自分がどこかにたどりつけるか、あるいはどこにもたどりつけないかは、だれにもわからない。もし「才能」ということばをどうしても使いたいのなら、これをやり続ける能力としかいいようがない。
少なくとも「才能」は、プロになれるお墨付きなどではないのだ。

好きなことを見つけなさい、ということを、だれでも聞いたことがあるだろう。それはなぜかというと、好きなことでないと続けられないからだ。自分の思いどおりにできるようになるまで、たいがいのことは、アホらしいほど時間がかかる。同じことをひとりっきりで繰り返し繰り返し、延々とやっていかなければならない。そんなことは死ぬほど好きでなくては、絶対にできない。そうして、自分の思い通りにできるようになったところが、ほんとうのスタートラインなのである。
つまり、「好きなこと」とは、飽きようが、イヤになろうが、けなされようが、とがめられようが、毎日毎日繰り返してできることであり、それは見つかるというより、もちろんめぐりあったのは偶然であっても、自分がそれと強い関係を結ぶことができるもの、といったほうがいい。

もうひとつ、『小説はゴシップが楽しい』の同じ章から引くことにしよう。今度はテッド・ソロタロフの『冷気のなかで書く』の言葉。

 書くこと自体が、誤解や誤用は禁物だが、書くこと自体を力づける方法にもなるのである。あてどない怒りや失望を意図的で頑丈な攻撃に変えることもできるし、これこそ作家の原動力である。傷つけられた純真さはアイロニーになるし、奇怪さは独創に、愚昧はウィットになる。ただ、そうなるまでには時間がかかるということだ。
 小説を書くことは、宗教的な意味で、ひとりの人間が選ぶ道になった。

小説を書くことばかりではない。絵を描くことにせよ、楽器を演奏することにせよ、マンガの原作を書くことにせよ、ゲームのプログラムを書くことにせよ、おそらくコックにせよ大工にせよ陶芸家にせよ写真家にせよ、それがなんであってもある程度形になるまで時間がかかる。そして、そこに行くまでには、気持ちが悪くなるくらい、失敗を続けて行かなくてはならないのだ。

ここで、たいがい「わたしはやる気はあるんですけど、努力ができないんです。どうしたらいいでしょう」という子がでてくる。
やる気+努力+才能=成功、という図式が、どうやらこの子たちの脳裏には抜きがたくあるらしい。ところが「努力」というものも、「才能」と一緒で、なんらかの実体としてあるわけではないのだ。

わたしたちは言葉でも自然に身につけているわけではない。生まれ落ちるとすぐ、親の話すのをものすごい集中力で聞きながら、何度も繰り返し繰り返しまねをし、一年か二年して、やっとしゃべれるようになってきたことを忘れてはいけない。

つまり、どんな技術でも身につけようと思ったら、まねをし、参考にする対象、つまり先生が絶対に必要なのだ。


2.教える―教わるということ


バレリーナというのは、舞台を下りても、非常に立ち姿が美しいのをご存じだろうか。
単に背筋が伸びている、というだけでなく、重力を感じさせない立ち方をする。群衆の中にいると、その姿は目立つ。ほかの人間がGに打ちひしがれたような格好で壁にもたれたり、柱によりかかって立っている中にあって、ひとり重力とは無縁に立っている。

それが不思議で聞いてみたことがある。すると、初心者の指導もしているというその人は、最初に、頭のてっぺんからひもが出ていて、自分が常にそのひもに吊りさげられているところをイメージするように教えるのだそうだ。その人自身もそう教わったのだという。たしかにそういうイメージを持って立つと、背筋が伸びるだけでなく、力が抜け、軽く立つことができる。

あるいは、こんなこともあった。スイミングのインストラクターが、身体が沈んでうまく泳げない、という人に、「あごを引いて泳いでみて」とアドヴァイスするのを聞いたことがある。その一点に気をつけただけで、泳ぎがまったく変わったのには、端で見ていたわたしも驚いた。

もうひとつ、これはわたし自身の経験なのだが、日本人が苦手とされる"L"と"R"の発音の区別、わたしはこれは比較的苦労することがなかった。というのも、英語を習っていたアイルランド人から、"R"を発音するときは、上唇の両端を緊張させること、という指導を受けたからなのだ。多くのテキストには、日本語にはない"L"の音の舌の位置については書いてあるけれど、"R"で上唇を緊張させる、ということは書いていない。だが、その一点、気をつけるだけで、発音はまったく変わってくる。自分が正しく発音できれば、聞くときもそれほどむずかしくはない。

あらゆることは、まず、主体の身体の構えに関わる。踊りや水泳や語学だけではない。絵でも、一本の線を引こうと思えば、鉛筆やコンテや筆の持ち方、持っていない手の使い方、座り方、そうしたものが正しくできていなければ、思い通りの線は決してひけない。
そうして、絵を描くことが、実は見ることそのものであり、脳の一部を手に移動させている行為であるように、見ることにしても、考えることにしても、あるいは文章を書く、本を読む、といった、わたしたちが普段「身体行動」とは意識していないような活動を行うときも、身体は密接に関連している。その行動にふさわしい、身体の構えというふうなものがあるのだと思う。

先生、というのは、この身体の構えのお手本なのである。わたしたちは先生が立つのをまねて立ち、先生の線をなぞる。先生の言葉をまね、先生の身体の動かし方をまねる。

ここで問題になってくるのは、わたしたちは自分の身体がどうなっているかを自分では見ることができない、ということである。自分がどれだけまねているつもりでも、自分の立ち姿のイメージは、外から与えられるまで思い描くことはできないし、うまく泳げない、身体がどんどん沈んでいく、という形でしか意識することはできない。自分の身体がどうなっているかを俯瞰する「外部の眼」がどうしても必要なのだ。

加えて、そうした点を的確に表現し、アドヴァイスを送る「身体的」な言語がどうしても必要になってくる。そうした言語の遣い手は、決して多くはない。「一緒に泳いでいるともだち」ではダメなのはもちろん、単に経験者というだけでもダメ、そういう言語運用能力に長けた人、あるいはそういう指導を受けている人に習うことが必要になってくる。

ところがこうした明らかに核心をついたアドヴァイスを受けるチャンスというのは、実際にはそれほど多くない。わたしにしても、そのアイルランド人の先生の指導を、約三年間受けていたのだけれど、はっきりとしたアドヴァイス、これを聞いてほんとうにためになった、という情報は、その一点だけだ。ふり返ってみても多くのいい先生に恵まれてきたのだけれど、これを聞いてためになった、という形で自分の中に残っているものは、ほとんどない。

つまり、核心をつくアドヴァイスを求めて、先生につこうと思っても、それは必ずしも効率が良いことではない。「情報」ということに限定するなら、自分の役に立つ情報は、必ずしも得られるとは限らないのだ。

そんな不確かなことならば、やはり先生など必要ないのか。そんなことはない。やはり技術の向上を目指そうと思うのなら、必ず先生につかなければならない、と、わたしは思う。


エンピツ

二十歳のころからさまざまな場で教えるという経験を重ねてきて、つくづく思うのは、教えられるほうは、自分の好きなことしか聞いていない、ということだ。ここが大切だ、とどれだけ口を酸っぱくして言っても、プリントを作っても、宿題を出しても、教わる側はちっとも聞いてはいない。好きなように「理解」するし、勝手に「励まされた」と感動するし、「傷つけられた」と怒り出す。

つまり聞いている側は、聞きたい情報をいくつかピックアップし、それをつなげて勝手に「物語」を作りあげ、自分のものにするのである。

ここでいえるのは、教える―教えられる、という関係は、パッキングした知識を、宅配便のように教える側から教えられる側へと発送することではない、ということだ。これをコミュニケーションという観点から見るならば、教師の発話を受け取った生徒の側からコミュニケーションは始まっていく。教える―教えられるという関係がコミュニケーションとして成立するか否かは、教えられる側にかかっているのである。

つまり、教えられる側が教わろうとしてその場に入っていくとき、教える―教えられるという関係が初めて成立するのである。そうしてそこで何を学ぶか、というのも、実は教えられる側が選び取っていくことなのだ。

しばしば聞く話に、学校に行っている頃は勉強なんか楽しくなかったけれど、大人になって勉強してみると、これほど楽しいことはない、というものがある。大人になってからついた先生が良かったから? そうではない。ひとえに教わる側のあり方が変わったのだ。教わる側が教える―教えられるという場に、自分から主体的に入っていったか、それともいやいや連れてこられて、かったるくてやってらんねーと思っているかのちがいなのである。

当然、ここにお金のもんだいも介在してくる。教える―教えられるという場を設定するときに、金銭を介在させる、というのは、非常にわかりやすいことなのだ。大人になって、自分が身銭を切っていく英会話教室や、カルチャースクールで「不登校」になる生徒はいない。講師が休めば、振り替えを求める。
ところが義務教育のころは、自分が懐を痛めていないものだから、不承不承行かされているように思い、さぼり、教師が自習にすれば大喜びする。そうした意味で、自分は教えられる場に入っていく、という心構えのためにも、お金を払う、というのは、必要なことなのだと思う。

プロになる、つまり、その道で食べていくことができるほどの収入を得ようと思えば、知識と技術の習得が前提となる。知識と技術を習得するためには、教える―教えられるの関係に入っていくことが必要である。そうして、その場に入っていくことは、お金がかかることも、了解しておく必要がある。

けれどもそこで得た知識も技術もそれだけでは何の役にも立たない。こんどはそれを自分のものにしていく過程が必要になってくる。文字通り、「身につける」というプロセスである。それが繰り返しのトレーニングであり、いかにそれを効率よく、倦むことなく続けていけるかどうかがもんだいなのである。その結果、プロになれるかどうかは、だれにもわからない。ただ、個人差はあるにせよ、できるようになったことを前提として、かならず自分の思い通りに身体が動かせる段階には到達できるはずだ。つまり、一種の「自由」を手に入れることができるのだ。

「自由」ということがでてきたついでに言っておくと、技術を身につけない段階で「好き勝手」にやることと、自由ということはまったくちがう。技術がなく「好き勝手にやっている」ときは、実はまったく「不自由な限界」のなかにいるのだけれど、その状態に気がついていないだけなのである。ヘッタクソな絵を「自分の個性」だと思っているのは勝手だけれど、それは「自分がまったく不自由な状態」にいることに単に気がついていないだけなのだ。自分の限界を指摘する「外部の目」など必要ないと思うのなら、それもまたいいだろう。趣味として、楽しくやっていけばよい。けれどもそこから出ようと思うなら、「外部の目」の評価に、自分をさらさなければならない。自分の不自由さに気がつかなければならない。

プロになる、というのは、なんにせよ大変なことだ。けれども、できないことを見極め、できることの領域を少しずつ広げていくプロセスの中で、わたしたちはかならず少しずつ自由になっていけるはずだ。それを思うと、その大変な道のひとつを選択する価値は十分にあるはずだ。


エンピツ

さて、ここで教える側は、何を教えたらよいのだろうか。そのお金に見合うなにものかを提供するためには、何をしたらいいのだろうか。

ここからは、わたし自身未だ模索している段階なのだけれど、そのうえで、いま考えていることをいくつかあげてみたい。

@場の雰囲気をコントロールする
もちろんこれはコミュニケーションの起点が教わる側であることを考えれば、教える側がどこまでコントロールできるかは、はなはだ心許ないものでもある。けれども、やはり教える側が一方の当事者であることは、まちがいない。少しでも学びの場に近づけることができるようにできるだけの努力はすべきだろう。

A教える側が、自分なりの基準を持つ
どういうものを良いと思うのか、なぜそれが良いと言えるのか、そうした基準を教える側が持っていることは、必要不可欠だと思う。その基準がなければ、教えるのも場当たり的にならざるをえないし、まじめな受け手は混乱するだろう。その基準を受け手が批判してくる場合は、それに応酬していく必要がある。つまりそれを毅然と行えるほど、その基準は教える側にとって、確固たるものでなければならないと思う。

B「答え」ではなく、どういうふうに考えを進めたら良いのかを教える
受け手が知るべきは、いくつもある「答え」のひとつではなく、そこへいくまでのプロセス、さらにいえば、そこからつぎの質問を作り出していく道筋を示すことができたら、と思う。そのプロセスというのは、知識の集積ではない。自分の経験を理論化することによって編まれた「身体的な言語」であると思う。

以上のことを総合するに、結局教える側も学び続けなくてはいけない、ということなのだ。

なんにしても、自分が思うとおりにできるようになるまで、時間がかかる。そこに至るまでには、同じことを、たったひとりで繰り返しやっていかなければならない。その繰り返しに方向付けをあたえ、飽きないように励まし、たったひとりではないのだ、と勇気づけることが、おそらく教える側のやらなければならないことだと思う。

そうして、教える側も、思い通り教えられるようになるまで、時間がかかる、ということを覚悟しなくてはならないだろう。教える側は、同時に学ぶ側でもある。そうして、学ぼうと思うときは、つねに導き手を探さなければならない。

教えることは、むずかしい。けれど、教えることによって、勉強させてもらっている。これはつくづく思うことだ。

こうやってがんばっていれば、何年かしたらもうちょっとましな先生になれるんじゃないかと思うのだ。だからどうか全国一斉教師能力検定試験をやるんだったら、一回きりじゃなく、少なくとも何年かおきに、繰り返してやってください。お願いします。

初出 Oct.3-4,2005 改訂 Oct.7,2005



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