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転がる石としてのあたしらの人生

わかっているのはただ、おれは生まれ、やがて死ぬということだ
そのあいだはおれのもの
おれは、おれのもの
―― Pearl Jam " I Am Mine "

スカラベ


1.自分が変わる?

このところ、あちこちで「他人は変えられない、だから自分が変わるのだ」といった物言いをよく耳にする。人間関係が煮詰まったときのアドバイスとしては、昨今の流行、といったら言い過ぎだろうか。なんとなくもっともらしい言い草ではあるのだが、わたしとしては、いまひとつ腑に落ちない、というか、微妙な居心地の悪さを感じずにはいられない。

いまからずいぶん前、この言葉を初めて聞いたときのことをわたしははっきり覚えている。そのときには「ああ、そうなんだ、その通りだ」と思いもしたのだ。高校時代のことだ。

その先生の授業は、わたしにとって、さほどおもしろいものではなく、かといって積極的に嫌うほどのこともなく、教わっていた期間を通じて覚えているのは、この言葉を聞いたことぐらいだ。それも、いったいどういう脈絡でこの言葉が出てきたのかも記憶にない。ともかく、人との関係で相手がいやだと思うようなことがあっても、相手を変えようとするのではなく、自分が変わっていくのだ、自分が変わることで、相手との関係が変わる、そうすれば結局のところ相手の態度も変わっていく、という話だった。

高校生のわたしは、その話を聞いて“ほんとうにそうだなあ”と思い、学校でこんな話を聞いた、と手紙や文章に書いたり、人にも話したりして、受け売りにこれ努めたのである。相手の悪口をくどくど言っているような人を見るたびに、先生の言葉を思い出し、悪口を言う暇があれば自分が変わっていけばいいのに、と思ったこともあった。まさか相手に向かってそんなことは言わなかったと思うのだが、もしかしたら偉そうに説教したこともあったのかもしれない。

だが、それから時を経て、さまざまな経験もし、実際にわたし自身がずいぶん変わるうちに、しだいにこの言葉がわたしの内で収まりの悪いものになっていったのである。いまはむしろ違和感という方が近い。

一緒に過ごしたり、共に行動したりするうちに、相手のある面が気になってくるというのは、よくある話だ。こんなときにはこうしてくれたらいいのに、そういう言い方をしないでくれたらいいのに、もうちょっと気を遣ってくれてもいいのに、と注文がつけたくなってくる。だが、それは、わたしからすれば「ここをちょっと直してくれたらいいのに」という程度のことかもしれないが、相手からすれば、それまで相手が生きてきたさまざまな事情が総合的に絡まり合ってそういう行動に出ているのである。わたしから見れば「些細なこと」であっても、相手が現に置かれている場と、相手が生まれてこのかたのさまざまな経験を反映した、のっぴきならない必然のあらわれなのである。

だからこそ、一個の人格としてある相手に「こういうところを直してほしい」などと気軽に言うものではない。こういう思想が「他人は変えられない」という言葉の根本にはあるはずだ。言葉を換えれば、他人のありようは、そのまま尊重しなければならない、という思想である。この思想は他人とつきあっていこうとするときの基本であることはまちがいない。

となると問題は「だから自分が変わるのだ」という部分である。

相手の行動をイヤだと思ってしまうのも、自分がいま置かれている場と、これまで生きてきたこと、経験したり考えたりしてきたことの反映なのだ。それを「変える」ということは、結局は「相手との関係をうまくやっていく」という目的のもと、相手のイヤな面をイヤだと思わないように自分を作り替えるということを意味する。だが、そんなことは果たしてそんなに簡単にできることなのだろうか。

何か目的があって、その目的を達成するために、人間はほんとうに変わったりできるものなんだろうか。それは実は「変わる」ではなく、我慢とか、ほんとうはイヤだイヤだと思いながら、イヤではない、と思いこもうとしたり、自分に無理を強いているだけではないのだろうか。

無理をすれば、絶対に反動がくる。「変わろうと努力しているわたし」をだれかに認めてもらいたくもなるだろうし、「努力」の成果を期待したくもなるだろう。ところが自分が態度や言い方を変えたくらいで、たちまち目に見える成果があらわれるケースばかりではない。というより、相手は気がついてさえくれない可能性の方が高い。

相手との関係が煮詰まったら、結局は、相手を尊重しながら、その行為のどこに自分が納得できないかを訴え、相手の状況や思いを説明してもらい、互いに受け入れられる点を共同作業で探っていくしかない。身の回りの小さな不条理は、そういうかたちでひとつずつ、そのたびごとに解決していくしかないように思うのだ。きっとそういうプロセスのなかで、わたしたちは当初思ってもみなかったことを知り、思ってもみなかった考え方をするようになっているはずだ。「自分が変わる」というのは、つまりはそんなふうに、ふと気が付けば、「ああ、自分は変わったんだ」と感じることなのではあるまいか。

おそらく、自分ではない他人とぶつからずにうまくやっていくことと、自分が変わっていくことは、位相のちがう話なのだ。それを単純につなげてしまうと、「他人は変えられないから自分が変わった、なのに事態は変わらない」と不満だけが募ることになっていくような気がする。

もう少し、「自分が変わる」ということについて、考えてみたい。


2.セルフ・イメージと評価


高校二年の冬休み、有名講師の授業を受けに予備校の冬期講習に通った。例によって、ここでも授業そのものの記憶はまったくないのだが、最前列の真ん中、講師の正面を指定席にしている生徒がいたのだけは、何にもましてはっきりと覚えている。

高校生ではなく浪人生であるらしい彼女は、講師とも顔なじみだし、雰囲気も大人っぽい。黒っぽいシックな格好をして、わたしの目からは、女の子というよりすっかり大人の女性のように見えた。授業中、講義を先取りするようにあれやこれやと意見を出し、それがまた、なんとも頭の鋭さがうかがえるような発言で、すごいものだなあ、頭がいいというのはああいう人のことをいうのだなあ、と感心していた。授業よりも、毎日彼女の頭が切れるところを見に行っていたようなものだ。講習が終わるときには小さなブーケを講師に渡し、講師も、来年こそはきみの顔を見ないですむといいな、と軽口を交わしていた。

翌年の夏期講習も、やっぱりわたしはその講師の授業を受けに行った。ところがやはり同じ席に例の浪人生がいる。やはり講師より先に発言し、頭のいいところを披露している。ただ、半年が過ぎて、ろくすっぽ勉強もしていないわたしでも、多少の成長はあったのか、あるいは単に生意気になっただけなのかもしれなかったのだが、このときには彼女の発言をうるさく感じるようになっていた。わたしはその人の話を聞きたいのではなく、講義が聞きたいのに。つまり、以前は気がつかなかった講師の言葉と彼女の発言のずれに気がつくようになっていたのだ。そう思って見ていたせいだったのかもしれない。講師は彼女の発言を歓迎してはおらず、どちらかというと辛抱しているようにも見えたのだった。

それでも自習室に行くと、彼女を中心としたグループが集まってむずかしそうな勉強をしている姿をよく見かけた。すでに受験レベルなどではない、大学で習うようなずっと専門的なことをやっているらしかった。わたしなど何を言っているかすら見当もつかないむずかしい単語が乱舞するような話のなかでも、話の主導権を握っているのは彼女らしかった。わたしといくつもちがわないのに自信に満ちた物腰で、家にいたくないから予備校や図書館に通っているだけ、相変わらず小説ばかり読んで、テキストも参考書も開くのがおっくう、成績もちっともぱっとしないわたしが、同じ年の受験をするなどおこがましいにもほどがある、と思えてくるのだった。

秋だったか、もう冬に入っていたかもしれない。予備校に模擬試験を受けに行ったときのことだ。試験中に女の子の泣き出す声が聞こえた。最初の教科はそれでもおさまったのだが、つぎもやはり同じように泣き出す。今度はさっきよりも大きな声で、おさまりそうになかったのか、係員がふたり入ってきて、両脇から彼女を抱きかかえるように教室から連れ出した。わたしが「なんと頭がいい人なのだろう」と思った女性だった。わたしの後ろの方で、あれは××だ、相変わらずだな、と噂している声が聞こえて、なんともいえず痛ましい気持ちになったのだった。

その年の冬期講習はその予備校には行かなかったので、彼女ともう会うことはなかった。それでも、それからしばらくして、こんどはわたし自身が教える側として、受験に関わるようになって、ときどき彼女のことを思いだすようになった。

たまに、まじめで頑張り屋で頭もよく自信もある、なのに、どういうわけか入試ではうまくいかない、という子がいる。本番であがった、受験日に風邪を引いてしまっていた、その日、電車が遅れて遅刻したことで動転してしまった……たいていそれなりの理由はあるのだが、そういう子はつぎの年も駄目だったりして、結局、最初に希望したところよりかなり偏差値も低いところで妥協せざるを得なくなるようなことが少なくない。

そういう子には、ある種の共通点があるように思う。まず、概してそういう子にものを教えるのは大変なのである。何か言おうとしても、返ってくるのは「そんなことわかってます」という返事なのである。自分はわかっている、自分は知っている、自分にはできる、という意識があるから、何を教えようとしても入っていかない。

彼らに共通して欠けているのは、教わろうとする自分は、まったくの無能のうちにある、という自覚なのである。自分の水準では「自分はわかっている」ということになるのかもしれない。けれども、ものごとは「自分の水準」にあるわけではない。

理解というのは実におびただしい水準があって、「わかっている」自分の「わかりよう」がどの程度のものなのか、「できる」自分の能力がどの程度のものなのか、それは決して自分で測ることはできない。高校生が自分の理解している「微積分」が、解析学全体のなかでどのあたりに位置づけられているものか、当の高校生には決して理解できないように、「わかっている」「できる」と自分では思っていても、システム全体の中で見れば、「なにもわかっていない」「なにもできない」ということになってしまうかもしれないのだ。

理解が進むというのは、言葉を換えれば、いままでの自分はわかっていたと思ったけれど、ちっともわかっていなかった、ということを理解することでもある。能力が上がるというのは、いままでできると思っていた状態が、いかにできない状態であったかを身をもって知ることでもあるのだ。ときに痛みを伴いながらも、それまでの自分を否定することなしに、わたしたちはつぎの状態には進めない。「自分が変わる」ことを強いられているとも言える。

だが、いまの自分の「理解」の能力や「できる」能力では及ばない事態に逢着した子に対して、「わかっていないだろう?」「できないだろう?」「いまのままでは駄目なんだ、変わらなければならないんだ」とどれほど言い聞かせても、なまじ成績が良かったりするような子は「いまの自分」を捨てることができない。自分が「わかっている」証拠、「できる」根拠を自分の過去をふりかえっていくらでも見つけてくる。そうして「この先生はわたしのことをわかってくれない」「わたしの能力の高さをねたんでいるのだ」などという話になってしまうのである。

こういう子を前にすると、いつも本を読んだことがないのかなあ、と思ってしまうのだが、いまはなかなかほんとうによく勉強していることを感じさせるような書き手は少ないのかもしれない。それでも、その気になって探せば、一冊の本の向こうに、どれほどの知識の沃野が拡がっているか、豊かな言葉の水脈があるか、思わず読んでいる自分の姿勢を正したくなるような、身が引き締まるような思いがする本ならいくらでもあるように思うのだ。こういう書き手にくらべて、どれほど自分が何も知らないか。何もわかっていないか。いまの自分はこの本に書いてあることのどれほどもわかっていない。だからもっと深く理解したい、少しでもその近くへ行きたい。自分を粛然とさせるような、同時に勇気づけもするような、そんな本ならいくらでもあるのに。

もちろん相手にもよるのだけれど、そんな子に対して、いかにわかっていないかを思い知らせるために、ちっぽけな自信など、たたきつぶそうとしたこともある。
とりあえず相手にこちらを信頼させるために、おだて、まるで友だちのように扱い、そこからなんとか伝えようとしたこともある。
うまくいったこともあるけれど、いかなかったこともある。だが、いつも思うのは、わたしにできることなんて知れたもの、ということだった。なんにせよ、その子自身が「自分への評価というのは、自分以外のものによってなされるのだ、自分が自分にくだす「評価」というのは、実際のところは評価でもなんでもないのだ」ということを、自分の力で見つけていけるかどうかなのである。たまたまうまくいったとしても、それはちょうどその子がそういう時期だったというだけでしかない。

その昔、アガサ・クリスティが書いた普通小説として評判になった『春にして君を離れ』という本を読んだことがある。なにしろ中学生のころに読んだときの記憶のままで書いているので、細かいところがちがっているかもしれないのだが、ともかくその小説では、中年の女性がひとりで旅行しているのだが、列車の事故かなにかで、何もない辺鄙なところに足止めされてしまうのだった。たったひとり、見るものもないような陸の孤島に取り残されて、彼女は生まれて初めて自分自身と向き合うことになる。過去の情景やそこで交わされた言葉をひとつひとつ思い出しながら、やがて自分が自分に対して抱いていたセルフ・イメージと、周囲の人間がくだしていた自分への評価のずれに思い至る。自分がどんな人間とまわりに思われていたか。自分がいるときの人びとの居心地の悪そうなようす、目配せの意味。そのことに気づいた彼女は、生まれ変わろうと決意する。そうして動き出した列車に乗って、家に戻った彼女は……、というもので、当時のわたしはたいそう感銘を受けたのだった。

わたしたちは、いつも「自分とはどういう人間か」という、ばくぜんとしたイメージを抱いている。問題を解決しなければならないとき、自分はそれを成し遂げることができるかどうかと自問するとき、自分が参照するのはこのイメージである。だが、それが実際の能力とずれていた場合、見込みと結果は食い違うものになってくる。

そういうとき、多くの人は、自分の抱くイメージを修正する。いまの自分は無能のうちにあるが、いつかできるようになってやる、と思うときもあれば、「自分には無理なんだ」と思うこともあるだろう。けれども、決して自分のイメージを修正しようとしない者もいる。あのときはかくかくしかじかの理由があった、こんな試験などでほんとうの実力など測れるはずがない、運が悪かった……。結果を受け入れずにすませる理由など、探せばいくらでもある。自分に抱くセルフ・イメージが、自分にとって心地よいものであればあるほど、それを手放すのは痛みを伴うことだろう。

高校時代のわたしが予備校で会った大変優秀な女の子も、おそらくは自分が自分に抱くイメージと、実際の能力にずれがあったのだろう。能力といっても学力とか知識とかいうものだけを指すのではない。相手の言葉に耳を傾ける能力、それに合わせて自分の立ち位置や構えを修正する能力、その場その場で事前には予測も準備もできない「何ものか」が要求されることがあるのだ。そういったものに応えるバランス感覚とでもいうのだろうか。

その結果、うまくいかなくて、うまくいかなくても、自分が自分に抱くイメージを修正しなかったばかりか、いっそう補強しようとした。彼女にとって予備校は、自分が学ぶ場ではなく、いつのまにか、賢い自分をアピールする場になっていた。

自分のイメージ、と言ったが、実際のところは言葉の寄せ集めだ。おびただしい言葉の中から、うまく自分にそぐう言葉をみつけだし、当てはめていく。それをわたしたちは「自分のイメージ」と思っているのだが、はたしてそれがどこまで有効なのだろう?

感情は刻々と変わっていく。出来事は、一回一回異なり、同じ出来事がまったく同じ状態で反復することはあり得ない。そうして、それに向かい合う自分も、同じではあり得ない。

それをたったひとつの言葉に当てはめようとするのだから、どうしたって無理がある。彼女自身、自分の言葉にがんじがらめになってしまって、そこから出ようとして出方がわからず、苦しんでいたのだろうといまのわたしなら思う。痛ましい思いには変わりはないけれど。

自分が変わるのだから、変わるわたしをわたしがわかるわけがない。けれども「わからない」と言ってしまうと、自分のつぎの行動さえも決められなくなってしまう。自分のイメージというのは、だから、こうなりたいという自分のばくぜんとした理想なのである。つまり、こうありたいという自分の未来像を現在の自分にあてはめて、それに向かって自分自身を作り上げていく、ということなのだろう。

そうやって現在の自分が何ごとかをなし、周囲の人はそれを評価する。けれどもその評価は何ごとかをなしたときの自分、言い換えれば、過去の自分なのだ。いま現在の自分とはちがう。だから、評価はあくまで評価であって、いま現在の自分の否定ではない。そこをまちがえてはいけない。

過去に自分が行為した結果の評価を受けて、未来の自分の像を少しずつ修正しながら、過去の像を捨てていき、たえず現在の自分を上書きしていく。自分を当てはめる「言葉」はつねに複数で、わたしたちはそのあいだでたえず揺らいでいく。ひとつ単語を打ち出すごとに暗号のパターンを変えていくエニグマのように、たとえ同じ言葉を発したとしても、それを発するわたしたちは同じではない。

もし、こうした自分を「わたし」という意識につなぎとめておかなければならないのが世界で自分ひとりであるならば、それはおそらくとんでもなくつらい、厳しいことだろう。でも、それはひとりだけがそうしなければならないのではない。みんなそうしなければならないのだし、現に、だれもがそうしながら日々を生きているのだろう。

「わたし」が自分のセルフ・イメージを得られるのも、他人の抵抗があるからだとも言える。周囲の人が、すべて「わたし」のいうことを唯々諾々と聞いてくれれば、「わたし」は自分の意志や思いすらも知ることはできない。自分の思い通りにならない他人がいるから、「わたし」は「わたし」の思いを知ることができる。

日々、わたしたちは周りのさまざまな人を評価し、同時に評価されてもいる。相手とうまくやりたいと思いながら、同時に相手よりうまくやりたいと願い、それを相手に認めさせたいとも思っている。決して自分の思うとおりには動かせない他人に対して、自分のすべてを捧げてもかまわない、と思うこともある。どこまでいってもわからない、どこまでいってもできない自分を抱えながら、少しでもわかるようになりたい、できるようになりたいと思い、たえず古い自分の像を捨て去っている。
たぶん、それが未来を現在に織り込みながら生きるということなのだろうし、簡単にいってしまえば、明日があるさ、ということなのだ(まとめすぎか)。

おそらく、日々の生活のなかで、問題が解決したということは、その解決方法がわかって、望ましい方向で何らかの決着をつけることができた、ということではない。状況が変わって、その問題が「いま」の自分にとってはもはや問題でもなんでもない状態に移行した、というだけのことなのだ。そうして、それが「自分が変わった」(過去形)ということなのだろう。

「世の中に片付くなんてものは殆んどありゃしない。一遍起った事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変るから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ」

(夏目漱石『道草』)


初出Feb.04, May 18, 2008 改訂June.08 2008

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