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ト音記号 買い物ブギ



――だってわたしたちはみんな物質的な世界に生きているのだから
(Madonna "Material Girl")

1.売り場はワンダーランド

 以前、数人で話をしていたとき、こう言った女性がいた。
「百均に行くとね、いつも使うのは千円までって決めてるんだけど、それでも、わぁ、十個もものが買えるんだって思うと、うれしくなってくるの」

 巷に百均がどっとあふれだしたころだから、聞いたときからすでに五年はたっているのだけれど、この言葉はいまだにはっきりと覚えている。
 というのも、この言葉は買い物という行為の楽しみが、「ほしいものを手に入れる」ということではないことを、よく表しているからだ。

 売り場であれかこれか迷い、選択し、それを持っていってレジでお金を払う。その一連のプロセスが楽しいのだ。選ばれたものは、もちろん「百円でこんな(いい)ものが手に入った」という意味づけもされるのだろうけれど、それ自身の価値など、多くは二義的なものだ。結局は、実際には必要のないものを、「あれかこれか」と選択することが楽しいのだろう。

 それが証拠に食料品や洗剤や石けんなどの日用品を買うときは、まったく楽しいとは思わない。そういうものは選択の幅がきわめて限られているし、なにより必ず何かを買わなければならないからだ。
 肉にしようか、魚にしようか、大根にするかキャベツにするか、ティッシュペーパーはネピアがいいか、クリネックスにするか、はたまたスコッティにしようか、迷ったところで知れている。所詮は生活に必要なものを買わなければならない、一種の「買い出し」にほかならない。

 わたしにとって、百均はあくまでも焼けこげてしまった菜箸とか、シンクを洗うタワシを買い替えに行く場所、スーパーよりもちょっと安い日用品を買いに行く場所で、たとえ千円が百円でも当面必要のないものを買う気にはならないのだが、百均がはやるのも、ちょっと小洒落た雑貨屋がはやるのも、あるいは郊外のホームセンターや大規模なショッピングモールが、一家総出ででかける休みの日の娯楽となりうるのも、「買い出し」ではなく、「さしあたって必要のないものを、選択し、いかに自分に必要と意味づけることができるかを考えて楽しむ」という意味で、娯楽であり、アソビなのだろうと思う。

 わたしが心躍らせる買い物というと、それはもちろん本を買うことであり、CDを買うことであり、画材を含む文房具を買うことだ。そういう店に行けば、足を踏み入れただけでワクワクしてしまうし、そこの品揃えが自分の好みに近ければ、もう嬉しくてたまらなって、自然と顔がほころんでしまう。
 アメリカでホームステイをしていたころのこと。本屋に入ると、いつも書店員といわず、ほかの客といわず、みんなわたしに笑いかけてくれるのが不思議でしょうがなかった。いったいなんでだろう、と思っていたら、一緒に行った子が「それはアナタがニコニコしてるからよ」と教えてくれたのだった。アメリカ人というのは、笑いかけられたら、笑い返してくれるfriendlyな人々なのだという。わたしはただ本屋に好きな本がたくさんあったのがうれしくて相好を崩していただけなのに……(おそらく日本でも同じ顔をしているにちがいないのだが、笑い返してもらった経験はないなぁ…。えっ? 気持ちワルイって? 誰? そんなこと言うのは)。

 必ずしも買わなくてもいいのだ。
 本は見つけたときに買わないと、あっという間に店頭から消えてしまう今日この頃なので、ほとんどの場合、買ってしまうのだけれど、それ以外のものは、あー、これいいな、ほしいな、と思っても、だいたい一ヶ月くらいは冷却期間を置くことにしている。ほとんど毎週のように見に行き、まだほしいか自問自答しながら、徐々に気持ちを盛り上げていって、最後に覚悟を決めて買う。この期間が何とも言えず、楽しい。そうやって手に入れたものは、心ゆくまで味わい尽くしたくなる。こういう買い物は、やはり至福のひとときだ。

 学生の頃だ。当時つきあっていた彼氏と本屋で待ち合わせた。待ち合わせの時間には昔から妙に神経質だったわたしは、本屋ということもあって、少し早めに着いていた。ふと書棚を見ると、ずっと探していた本がある。古本屋を相当探さなければ見つからないのではないか、と思っていた、売れ筋でもなければ新しくもない本だった。いまのようにWeb上の古書サイトを検索して本を探す、などということが考えられなかったころの話である。わたしは「これは、買わなければ!」と思った。安くはない本だったが、幸い、余分にお金も持っていた(だってデートだったんだもん)。そうして、急いでレジに向かい、お金を払うと「これは、読まなければ!」と一目散に走って帰っていった。

 寮の自室で一心不乱に読んでいたところ、ドアをノックする音がする。もうじゃまくさいなー、と思って出てみると、上級生が「電話だよ、アンタ、呼んでも全然下りて来ないから、いないのかと思った」と言う。中断させられた不機嫌もあらわに「何の用?」、負けずに不機嫌な相手の言葉に、わたしは自分が何のために本屋に行ったか思い出したのだった。

 いや、その彼氏とどうなったかは、ご想像にお任せします(それ以前にも一度、美術展に一緒に行って、置き去りにして帰ってしまったことがある。わたしは美術展に行くと、順路通りに進まず、行ったり来たり途中スキップしてまた戻ったり、中を縦横無尽に歩き回る癖があるので、人と一緒に行くと必ずはぐれてしまうのだ。おまけに見たもので頭がいっぱいになってしまうと、連れなど忘れて、ひとりで帰って来ちゃったりするんですね、これが…)。


2.服を買う


 買い物というと、婦女子として生まれたからには「服を買う」という重大な問題と向き合わないですますわけにはいかない。

 えらく大仰な言い方をしてしまうのは、わたしは未だにこの問題と、虚心坦懐に向き合うことができないからだ。この点に関しては、ジョイス・メイナードがわたしの気持ちを代弁してくれている。

 どうして人間はちゃんと服を着てないとしっくりした感じになれないのだろう。ひどい時には日に六度も服を変え、部屋中ぬぎすてた服でちらかして、手をかえ品をかえやってみて、どうやらやっと自分の姿に満足する。ところが、それから二時間ほど経って、窓ガラスに映った自分の姿を見ると、四苦八苦して作りあげた自分のイメージが消えてしまっているのに気づくのだ。また着替えなければならなくなる。わたしは気にしないですむような顔がほしいのだ。……なにも美人になりたいなんていうのではない。十人並みであればいい。絶えず気にかけてなくてもいい、見た目に感じのいい顔がほしいのだ。

 こんな話をすると典型的なノイローゼではないかと思われるに違いない。でも、これはだれだって考えていることなのだから、“異常”だときめつけるわけにはいかないだろう。もともとわたしたちの社会の生活様式が、美容ということを重視させるようにしてきたのだ。服装デザイナー、ヘアドレッサー、デパートの仕入れ担当者、雑誌編集者、こういう人たちはみんな、はっきりとは意識していないにしても、わたしたち女性が自分たちの自然の姿こそいちばん“好ましい”のだろ思うようになる日が突然やってきて、ついにファッションの横暴な支配から逃れることになるのではないかと恐れているのだ。たえず新製品を作り出して、わたしたちがその日に到達するのに手を貸しながら、彼らはこれまでその日がくるのを少しずつ先へさきへとのばしてきた。ファッションがこんなに早く変わっていくのだから、流行に遅れないようにしてるだけでも難しい。ただじっとしてるだけというわけにはいかないのだ。いつだってつぎつぎに新しいすてきなモデルが現れてきて、前のファッションはたちまちすたれてしまう。……

わたしたちのこの不安定な状態こそ、美容産業が当てにもしまた助長しているものなのだ。わたしたちはいつまでもあと一歩というところで抜け出すことのできない地獄の辺土に生きているようなものなのだ。化粧品やドレスを買うのも、ヘアカットやダイエットをするのも、どれもこれもそれでわたしたちがなにか安心できる気持になって、鏡を見てニッコリすることができるようになりはすまいかと思うからなのだ。

(『19歳にとって人生とは』枡田啓介訳 ハヤカワ文庫)

 高校から私服となったわたしは、制服の重たいジャンパースカートと別れ、「地獄の辺土」へまっさかさまにおちていった。

 とにかく何を着るか決めなくてはならない。折しもバブルまっただ中、DCブランドの全盛期で、バーゲンともなると丸井のまわりで徹夜する人間があふれるような時代、ユニクロもなければGAPもない時代だった。

 とはいえそこは高校生である。服を買うためにバイトさせてほしい、なんて口にでもしようものなら、廊下に正座して、三日三晩説教を食らう覚悟が必要(しかもそれで許可がでるわけではない)な家に育ったわたしは、圧倒的に限られた予算内でなんとか算段するか、母親がイトーヨーカ堂で買ってくる服で我慢するかしかないのだった。

 毎日『Olive』(これは雑誌の名前です、念のため)を熟読吟味しては、延々と歩き回って、少しでもそれに近いもの、それふうに見えるものを探す。一枚のシャツを買うために、いったいどれほどの苦労をしたことだろう。

 ただ、そういうことをしていても、ちっとも楽しくはなかった。まがいものはまがいものだし、どうしても落ち着かない。我慢ならずにちがう服に変え、「日に六度服も服を変え」ながら、なんと自分はバカなことをして時間を無駄にしているのだろう、とイライラした。歩き回り、うまくバーゲンに行き合って、なんとか予算とデザインの折り合いがつくシャツを買えたとしても、その時間にできたほかのこと、映画を観たって良かったし、絵を描いたって良かったし、もちろん本を読んだってよかったのだ、なのにわたしときたら何をしていたんだろう……、と思うと、自己嫌悪が募ってどうしようもない気分になるのが常だった。

 そうしてある日、一切のことから下りることに決めたのだ。
「いちぬけた」のである。

 まず、服の全体の枚数を決めた。持つのは必要最小限でいいじゃないか。シャツは長袖半袖三枚ずつ、ジーンズ一本、スカートはプリーツとタータンチェックのラップスカート、あとは夏物の薄手のを二枚。トレーナーを二枚、セーターを二枚、カーディガン、ベスト、あとはジャケットとコート。
 そのかわり、ある程度値は張っても、自分の気に入ったものを買う(これは親に頭を下げて買ってもらう)。そのために購入計画書(ブランドと予算も明記の上)を作成し、親に費用を負担してもらう、というスタイルを作っていったのである。

 いまだにわたしはこの規則(内容は多少変わってきているし、当然痛めている懐も、自分のものではあるのだが)を遵守している。ギンガムチェックのボタンダウンの袖口がすりきれてきたら、またギンガムチェックのボタンダウンを買ってくる。赤がモスグリーンになったり、チェックの目が細かくなったり粗くなったりすることはあっても、同じ店で、同じものを買う。
 しかも、たいそう物持ちのいいわたしの服は、なかなか痛まないのである。毎日洗濯したとしても、シャツなんてたいがい五年はすり切れたりしない。ということは、五年は同じ服を着ているし、世代交代したとしても、他人にはわからないぐらいの変化でしかない。

 着るものに関しては、間違いなく相当な変人の道を歩んでいることは、自分でもわかっている。

 ときに、こんなに頑なな態度ではなく、どうしてもっと自由に洋服を買ったり選んだりを楽しむことができないのだろう、と思うと悲しくもなる。
 ただ、いったん考え始めると、またふたたび地獄の辺土に逆戻りしそうで、それが怖いのだ。

 いまではわたしもコートは二枚持っている。だが、その一枚、グローバーオールのダッフルコートを買ったのは、88年の冬だ。なんとわたしは15年以上着ていることになる。  数年前のこと、トッグルの麻ひもがよれてぼろぼろになったので(それ以前には、自分で繕っていたのだが、それもきかないくらいよれてしまったのだ)買った店に持っていって、修繕ができるかどうか尋ねた。すると店の人に「ウチもここでグローバーオール扱い出して長いですけど、そういうご要望出されたのは、お客様が初めてです」とえらく感激の面もちで言われ、無事、修繕してもらえたのだった(以来、毎年バーゲンの通知が届くのだけれど、そこにはいっていない)。
 日々の手入れさえきちんとしておけば、型が崩れることもないし、染みもついてない。最近では、もうひとつのコートを着ることの方が多くなっているのだけれど、なんとかわたしの下で成人させてやりたい気持ちでいっぱいだ。

 ただ、こういう生活をしていると、何を着ようか悩むことはないし(悩みようがない、とも言う)買い物にも悩まない。

 悩まない、ということは、選択から下りる、ということでもあるのだ。はたしてこれを「買い物」と呼ぶかどうかはどもかく。


3.花を買う


ミセス・ダロウェイは、お花はわたしが買ってくるわ、と言った。

(ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』 丹治愛訳 集英社)

 ヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』はこの言葉から始まる。

 ミセス・ダロウェイではないけれど、花を買うというのは、わたしにとって特別な行為だ。
 まず第一に、花は安いものではない。本のように買って残るというものでもないし、食べられるものでも、それを身につけることができるわけでも、生活が便利になるわけでもない。言ってみれば、何の役にもたたないものだ。ただ、部屋に花があるとないとでは、全然ちがう。わたしが思う極めつきの贅沢な買い物とは、お香を買うことと、この花を買う、ということだ。

 ただ、わたしはあまり普段から花を絶やさない、という生活をしているわけではない。いかにも園芸植物然とした切り花よりも、どちらかといえば木に咲く花のほうが好きだし、花を買うより、鉢植えを買ってきて育てるほうがコストパフォーマンスも高いような気がして(ついコスト・パフォーマンスを考えてしまう貧乏性のわたし…)、花よりも、小ぶりの木の鉢植えを買う機会の方が多いかもしれない。

 それでも、どうかした拍子に、ふっと花がほしくなることがある。何かのついでではなく、花を買おう、と思って花屋へ行き、カルヴィン・トムキンスの評伝のタイトル『優雅な生活が最高の復讐である』という言葉を思い出しながら、あれか、これかと迷うのである。

 そうするうちに気がついた。多くの場合(もちろんそうでないこともあるのだけれど)わたしが花を買おうという気になるのは、相当に落ち込んだときなのだ。ゾシマ長老が言うように、悲しんで悲しんで、どこまでも悲しんで苦しんだ後、もうこれ以上落ち込むことができなくなるあたりまで落っこちて、さて、もう上向きになるしかないというころで、花でも買おうかな、という気分になるようなのだった。

 この夏、まぁそんなふうなことがあり、そういった心理的経過をたどって、夏ももう終わろうという頃、花を買いに行ったのだった。
 何を買おうか、あれこれ目移りしていると、一隅に黄色いプラスティックの漬け物樽があるのに気がついた。近寄ってみると、水が張ってあり、平たくて丸い、絵本だとカエルが乗っていそうな、だが実際には薄くてカエルなど乗れそうもない、ユーモラスだけれど繊細な葉っぱがいくつも浮かんでいた。
「これ、睡蓮ですよね?」と、花屋のおじさんに聞いてみた。

「温帯性の睡蓮はこれが最後やね。夏も終わりやから」
「これから咲くんですか?」
「ここ、見てみ」
おじさんは水の中に手を突っ込んで、茎を引っ張り出した。ぐなりと曲がった茎の先に、緑色の萼に覆われた固いつぼみがついている。
「これがな、もうちょっと延びたら、水の上に顔を出すからな。そうしたら、待っとってみ。花が咲きよるから」
「花、咲いた後も育てられます?」
「もちろん、ちゃんと世話してやったら、来年もまた咲くよ」
「ウチ、ベランダの日差しがきついんですけど」
「ああ、大丈夫。結構強いよ。ボウフラが湧くこともあるけど、鉢のなかでメダカや金魚、飼うたらええねん」

 金魚!?
 ウチには現在六台の水槽に、三十七匹の金魚が生息している(詳細は 「金魚的日常」参照のこと。この記事を書いた当時は68匹いた金魚も、順調に里子に出すことに成功し、何匹かは死なしてしまい、現在の数に落ち着いている)。
 ベランダに睡蓮が咲く鉢があり、そのなかで金魚が泳いでいる図が脳裏に浮かんだ(断じて漬け物樽ではない)。

 物欲番長が降臨してきた気配を感じる。
おじさんにもわたしの背後の物欲番長の姿が見えたか、さらにこう続けた。
「いまからやったらそんなに暑い日も続かへんし、育てるのは簡単やで。水さえ切らさんようにしたらええねんから」
「でも、これ、中に泥も入ってますよね。ちょっとわたしには持って帰れないなぁ」せめてもの抵抗を試みるわたしに、おじさんはこともなげに
「ええよ、これからねえちゃんとこへ持っていったるわ、ねえちゃん、これから帰るとこやろ、ついでに乗せていったるわ」と、あごをしゃくって表に停めてある軽トラックを示した。
「でも、わたし、自転車なんです」
「軽トラの後ろに積んでいったらええやんか」

 かつてホストマザーがこう言ったことがある。
「どんなときでも帰るときは遠慮なく電話して。知らない人の車に乗るってことは、トランクの中に入らなきゃいけなくなるかもしれないってことなのよ」
「トランク?」
「あなたがbody(死体)になるかもしれない、ってこと。rapeではすまなくて」

 その言葉が頭をよぎる。だが、花屋からウチまであっという間だし、外はまだ明るい。道の人通りも多い。おまけに軽トラにトランクはない。
 その間も、わたしの背後にべったりと取り憑いた物欲番長は
「買え〜、買え〜、買わないと後悔するぞ〜、さっきおっちゃんも“最後”と言ってたじゃないか〜」と囁き続けるのである。

「じゃ、お願いします」
 こうして漬け物樽とわたしの自転車を後ろに乗せて、わたしは花屋の軽トラックに乗って帰っていったのだった。

 おじさんはベランダまで持ってきてくれて、ついでにベランダの鉢植え(というには大きくなりすぎたナツメの木)の剪定までしてくれた。金魚の飼育水がいい肥料になっているらしく、どれも青々と茂っている鉢植えを見ながら、おじさんは
「あんた、ほんまに育てるのうまいわ。大丈夫、来年も睡蓮、咲かせられるて」と太鼓判を押してくれた。どうやらわたしは食い詰めたら、金魚屋だけでなく、植木屋? にもなれるかもしれない。まったく心強いことこの上ない。

 睡蓮の樽をのぞく日が続いた。水温を測ってみると、夕方でも優に30度を超えている。さすがにこの温度では金魚は育てられない。漬け物樽に金魚を放流するのはしばらく見合わせなければなるまい(この水量では、小型の金魚2匹ぐらいがせいぜいか)。

 暦が変わって九月に入り、数日が過ぎた頃、やっとつぼみが水面に顔を出してきた。と思うと、夕方帰ってみると、萼にはっきりと十文字の切れ目ができ、そこから中の白い花が顔をのぞかせている。明日の朝か、そのつぎぐらいには咲きそうだ。朝起きるのが楽しみだった。

 それから、二日後。
 いつものように、起きるとすぐベランダに出てみて、睡蓮の様子を確認してから、そこで日の出を眺めた。
 それからコーヒーをいれて、マグカップを持ってもういちどベランダに行く。
 今日あたりそろそろではないか、と思っていた。できれば仕事に行く前に咲いてくれたら。

 ほんの少し、開いていた。
 睡蓮は開くとき、音がするという。その瞬間はどうやら逃してしまったらしいのだけれど、閉じた手を開くように、ゆっくり、ゆっくりと咲いていくのには間に合ったのだった。

 先の尖った花びらが開いていく。
 白は寒色なのだということをあらためて思い出す。胸の底が、しん、と冴えかえっていくような白だった。
 ランボーは確か母音に色がある、と言っていたように思うけれど、音にも色があるのかもしれない、と思った。静寂の色、まったく音のない色が、この白じゃないんだろうか。

 咲いていく睡蓮を見ていると、自分の胸の中が溶け出していくようだった。
 ずっと、ずっと、つらかった。
 けれどもそれは、自分で自分の気持ちをがんじがらめにしていたからつらかったのだ。
 ずっと自分を責めていた。自分のどこがいけなかったんだろう、自分は何を間違えたのだろう、どこで失敗したのだろうとそれだけを考えていた、だがそれは、誤りが自分の側にあるとすることで、それを繕いさえすれば、自分が正しく考えて、正しく行動しさえすれば、またそこからやり直せる、と、意識のどこかで思ったからだったのだ。
 けれど、おそらくそれはわたしの手の届かないところですでに終わってしまっていたのだ。なのに、わたしはそれを認めたくなくて、認めるかわりに自分を責めていたのだ。
 手を離さなくてはいけない。しがみついていてはいけない。もう、ほんとうに、そこから出て行かなくてはいけない。
 それでも、手を離すくらいなら、いっそこのままつらさをかみしめているほうがいいようにさえ思えた。

 そこに座って睡蓮を見つめながら、わたしは何かを探り当てようとしていた。たとえば『ダロウェイ夫人』はどうだろう?

 一年中で一番美しい六月のある日、ミセス・ダロウェイは花を買いに行く。自宅で開くパーティに飾るためだ。

「彼女は人生を大いに楽しんでいる。楽しむのは彼女の本性なのだ」(引用同)のミセス・ダロウェイだけれど、まもなく五十二歳になろうとしている彼女は、老いに向かって歩き始めていることを自覚している。

 パーティの席上、ミセス・ダロウェイは、見ず知らずの青年が投身自殺した話を耳にする。

わたしたちは生きつづける――……、わたしたちは年をとってゆく。だけど大切なものがある――おしゃべりで飾られ、それぞれの人生のなかで汚され、曇らされてゆくもの。一日一日の生活のなかで堕落や嘘やおしゃべりとなって失われてゆくもの。これをその青年はまもったのだ。死は挑戦だ。人びとは中心に到達することの不可能を感じ、その中心が不思議に自分たちから逃れてゆき、凝集するかに見えたものがばらばらに離れ、歓喜が色あせ、孤独な自分がとり残されるのを感じている――だから死はコミュニケーションのこころみなのだ。死には抱擁があるのだ。

「いま死ねば、このうえなく幸福だろう」と若き日に思ったこともあるミセス・ダロウェイは、青年と自分が似ていると思う。そうして、その青年が死んでいったことをうれしく思う。

 ミセス・ダロウェイは、パーティの喧噪を離れ、ひとり空を見上げる。空には自分の一部があるような気がする。時を打つ時計の音。いま、というこの瞬間の、美しい空。向かいの部屋で、静かに眠りにつこうとしているおばあさんの姿。一瞬でありながら、同時に過去のあらゆる瞬間が凝集しているこのとき。過去は自在に「いま」によみがえる。
 そうして、ミセス・ダロウェイはパーティ会場に戻っていくのだ。生きている者たちの集う場所へ。

 わたしは何を怖れているのだろう。手放すことによって、何を失うというのだろう。
 もしかしたら、このファイルには、新しいデータが付け加わることはないのかもしれない。それでも、そのときどきで、そのときのわたしのありように応じて、意味は更新され、書き換え続けられるのだ。
『ダロウェイ夫人』にも繰り返しでてきたように、過去は自在に「いま」によみがえる。過去は失われるわけではないのだ。
 手を離したところで、何を失うというのだろう。ただ自分を苦しめ、自虐的な喜びに浸るだけではないか。過去にとどまることなどできはしない。それでもそうするふりを続けるのか、子供が「ごっこ遊び」をするように。

 開ききった睡蓮は、中心に黄色いおしべをそっと抱いていた。
 花はいま、ここで咲いていても、いきなりここへあらわれてきたわけではない。種があり、芽が出、根を張り、茎がのび、葉を茂らせ、それからつぼみをつけたのだ。その種も、その前の花からできた。花が咲いているこの「いま」には、あらゆる過去がつまっているし、そうして、未来へと繋がっていく。一瞬の「とき」は、同時に永遠を凝集させたものでもある。
 ミセス・ダロウェイは、死に惹かれつつも、生の側に戻ることを選択する。そのことは、冒頭の「花を買いに行く」ということで暗示されているのではあるまいか。

 だんだん冷えていくマグカップを両手ではさんで、わたしはすがるような気持ちで睡蓮の花を見ていた。

 睡蓮はそれから七日間、開き続けた。七日目には花びらの先にすこし色がついて、しぼんでいくのがわかった。それから、静かに水の中に返っていったのだった。
 その間、わたしは、文字通り、朝な夕な、睡蓮とともに過ごした。

 おそらくそのときのことは、これから先も忘れることはないだろう。こうしてこの花は、忘れられない買い物となったのだった。



4.これも買い物 〜かくて日は続く


 つい先日、わたしは書類を提出するために、市役所に行って証明書をもらってこなければならなかった。書式に記入し、窓口に出して、待つことしばし。名前を呼ばれたので寄っていくと、身分証明書の提示を求められた。

「ありがとうございました」窓口のおねえさんはIDを返してくれると、一枚の紙切れを差し出し、こう言った。
「三百円、いただきます」

 え? お金、いるの?
 実は市役所に着く前に、ある場所に立ち寄り、思いがけない買い物をし、銀行に行くつもりでたいして現金を持っていなかったわたしは、財布をはたいた直後だったのだ(何を買ったのかものすごく話したいのだけれど、これを話し始めると、とんでもない方向に話が逸れるので、この話はまたいつか)。まぁいいや、あとで銀行に行くんだから、と思いながら市役所に来たのだけれど、まさかここでお金がいるとは思わなかった。
 そういえば、以前戸籍抄本を取ったときも、住民票を取ったときも、お金を払ったような気がする。読んだ本の中身は決して忘れない(これはウソ、最近は全然ダメ)わたしなのだが、こういう記憶は全然残らない。

 とにかく、小銭入れに残ったなけなしの百円玉と十円玉、五円玉一円玉総動員すると……286円……。14円、足りない(涙)。
 値切るわけにはいかないし(一瞬、カード使えますか? と聞いてみようかと思った)、Oh,my gosh! と天を仰いだ瞬間、自分がたったいま、市役所の建物に入る前に、銀行のキャッシュ・ディスペンサーの横を通ってきたのを思い出す。
「すいませんっっ。ちょっと待ってくださいっ」
おねえさんに頭を下げて、走ってお金をおろしてきたのだった。300円の持ち合わせがない市民が証明書を取りに来たことに、おねえさんもさぞ驚いたことだろう。

 うーん、それにしても、300円というのは、どういった性格の費用なんだろう。
市役所を後にしながら、わたしの頭のなかではニール・テナントが"We're buying and selling your history"(きみの経歴をぼくたちは売ったり買ったりできるのさ―"Shopping" by Pet Sho Boys)と歌い始めていた。

 ううむ、わたしのhistoryは300円。それさえも買えなかったわたし……。

 ♪We're S・H・O・P・P・I・N・G、we're shopping♪

 人生何が起ころうと、ショッピングだけは続けていこう。ショッピングとはつまり、好奇心が旺盛で、生きていて、先の楽しみがある、ということだ。

(ポール・ラドニック『これいただくわ』小川高義訳 白水社)


初出 September.26-28,2005 改訂 September.29,2005



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