ここではカーソン・マッカラーズの短編「過客」を訳しています。
これは1951年のO.ヘンリー賞受賞作、マッカラーズの代表的な短編です。
原題"The Sojourner" を直訳すると「短期滞在者」。『現代の世界文学』(集英社)では佐伯彰一氏が『過客』と訳されていて、ここではそれに倣いました。
アメリカに一時帰国した主人公の、滞在最後の一日が描かれます。もちろん「短期滞在者」は、直接には主人公のことなのですが、見方を変えればだれもが「短期滞在者」でもあるのでしょう。やはりこの原題にも、芭蕉の「月日は百代の過客にして……」と通じあう響きがあるように思います。
原文は
http://www.carson-mccullers.com/mccullers/TheSojourner.html
で読むことができます。



過客


by カーソン・マッカラーズ



 眠りと目覚めのほの暗いあわいに今朝あらわれたのは、ローマだった。水しぶきをあげる噴水やアーチで覆われた細い道、花と歳月を経た脆い石の金色燦然たる都。夢うつつのさなか、パリに旅したこともある。あるいは瓦礫と化したドイツに、またスイスでスキーをし、雪におおわれたホテルにおもむき、またべつのときはジョージアの休耕地で夜明け、狩りをしたことも。時間を超越した夢の世界は、今朝はローマになっていた。

 ジョン・フェリスが目を覚ましたのは、ニューヨークのホテルの一室である。なにかしら気持ちの塞がれるような出来事が自分を待ちかまえている……まだそれが何なのかはわからないが。そんな気がしていた。朝のあれこれをやっているあいだはいったん底に沈んでいたその感じが、身仕舞いを終えて階段をおりていくときも、やはり消えやらず残っていた。雲一つない秋の日で、穏やかな陽の光が柔らかな色合いの摩天楼のあいだから差しこんでいる。フェリスは隣のドラッグストアに入り、歩道に面した窓際の席に腰を下ろした。スクランブルエッグにソーセージ、というアメリカらしい朝食を注文する。

 フェリスは故郷のジョージアで先週執り行われた父親の葬儀のために、パリから戻ってきたのだった。死が引き起こした動揺のせいで、自分がもはや若くはないということがしきりと意識される。生え際も後退しつつあるし、むきだしになったこめかみには静脈がくっきりと浮かびあがり、身体は細くなってきたのに、腹だけはそろそろせり出しかけている。フェリスは父親を愛していたし、ふたりの絆は、昔、並はずれて強固なものだった――だが、歳月を経るうち、父に寄せる情愛はいつのまにかすり減ってしまっていた。かなり前から予期された父の死ではあったが、フェリスは思いがけないほどの喪失感を味わったのだった。ぎりぎりまで実家で母や兄弟の元に留った。そうして翌朝、飛行機でパリに発つのである。

 フェリスは番号を確認するために、アドレス帳を取りだした。ページをめくるうち、しだいに引きこまれていく。ニューヨークやヨーロッパの首都が記された住所や名前に混じって、南部の故郷の町の記憶もあやふやな名前がいくつかあった。一様にうすれかけた、印刷書体で書いた名前や酔いにまかせて殴り書きした文字。ベティ・ウィリス:ゆきずりの恋の相手、いまは結婚している。チャーリー・ウィリアムズ:第二次世界大戦中、ヒュルトゲンの森の戦闘で負傷、以降消息不明。ウィリアムズ老はまだご存命だろうか。ドン・ウォーカー:テレビの受注生産でひとやま当てた。ヘンリー・グリーン:戦後落ち目になって、噂では精神病院にいるとか。コージー・ホール:彼女は死んだという話だ。奔放で笑い上戸のコージーが……。あの他愛のない女の子だったコージーまでもが死んでしまうなんて、奇妙じゃないか。アドレス帳を閉じたフェリスは、一瞬先は闇というか、無常といえばいいのか、ほとんど恐怖に近い感覚を覚えていた。

 不意にフェリスの身体がぎくっとした。窓の外、まさに目の前の歩道を別れた妻が通りかかったのだ。エリザベスは手を伸ばせば届きそうなところをゆっくりと過ぎていく。自分でもわけがわからないままに胸が高鳴り、姿が視界から消えたあとも、後先をわきまえない衝動と救いを見出したような感覚があとに残った。

 急いで精算をすませ、息せき切って歩道に出た。エリザベスは交差点に立ち止まり、五番街を渡ろうとしている。声をかけようとそちらへ急いだが、その前に信号が変わってエリザベスは渡ってしまった。フェリスもあとに続く。いまはもういつでも追いつくことができたのだが、なんとなく足取りは重くなっていた。明るい茶色の髪をすっきりとまとめた姿を眺めているうちに、その昔父親がエリザベスのことを「ものごしが美しい」と評していたのを思い出した。つぎの角で曲がったのでフェリスもあとに続いたが、もはや追いつこうとする気持ちは失せていた。エリザベスを見て、どうしてあんなに動揺したのだろう。手は汗ばみ、心臓が高鳴ったことが、いまさらながら不思議だった。

 フェリスが前妻と最後に会ってから、もう八年になる。再婚したということも、ずいぶん前に聞いていた。いまでは子供が何人かいるはずだ。ここ数年は思い浮かべることもなかった。離婚してからしばらくは、喪失感でめちゃくちゃになりそうだったのに。やがて時という鎮痛剤のおかげでまた恋ができるようになり、さらにいくつかの恋が続いた。ジャニーヌがいまの恋人だ。別れた妻に寄せる思いは、もうすっかり過去のものだ。なのにどうして自分はこんなにも動揺し、胸を騒がせているのだろう。わかるのは、ただ、自分の塞がれた心は、雲一つない明るい秋の日と、おかしいぐらいに相容れないということだっだ。フェリスはつと踵を返し、大股に、ほとんど駆け出さんばかりにしてホテルに戻った。

 まだ十一時にもならない時刻だったが、フェリスは酒を注いだ。疲労困憊した人間のように肘掛け椅子に身を投げ出して、バーボンの水割りのグラスを少しずつ口に運んだ。翌朝パリ行きの飛行機に乗るまで、丸一日ある。やらなければならないことを確かめてみた。エア・フランスに荷物を持っていくこと、上司と一緒に昼食を取ること、靴とオーバーを買うこと。それから何か――ほかになかっただろうか? 酒を飲み終えたフェリスは、電話帳を開いた。

 別れた妻に電話する気になったのは、衝動的なものだった。電話番号がベイリーの項にある。夫の名前だ。あれこれ自問するより先に電話をかけていた。クリスマスにはカードのやりとりをしていたし、結婚通知を受けとったときにはナイフとフォークのセットを贈った。電話をしてはいけない理由などない。だが、呼び出し音を聞きながら待っているあいだに、不安が胸を満たしていた。

 エリザベスの声が答えた。懐かしいその声に、新たな衝撃を覚えた。二度、自分の名前を繰りかえさなければならなかったが、だれだかわかると、エリザベスの声はうれしそうな響きになった。今日一日しかニューヨークにいられないんだ、と説明した。わたしたち、劇場の予約をしてるのよ、とエリザベスが答えた。でも、早めの晩ご飯にいらっしゃらない? フェリスは、喜んでそうさせてもらうよ、と返事をした。

 用事をひとつずつこなしながらも、相変わらず、何か大切なことを忘れているようで、どうかすると落ち着かない気分に悩まされた。午後遅くには入浴と着換えをすませ、ときおりジャニーヌのことを考えた。明日の夜には一緒にいられる。「ジャニーヌ」こんなふうに自分は話をするだろう。「ニューヨークにいるとき、前の女房にひょっこり会ってね、一緒に飯を食ったんだ。もちろんご亭主も一緒だよ。何年も経ってからあんなふうに会うなんて、奇妙な感じだったな」

 エリザベスは東五十番通りに住んでいたので、フェリスはタクシーでアップタウンに向かった。交差点にさしかかるたび、沈みかねているような夕日が見えたが、目的地に着くころには秋の日もとっぷりと暮れていた。そこは入り口に屋根のある、ドアマンが立つ建物で、彼女の部屋は七階だった。

「フェリスさん、どうぞお入りください」

 エリザベスか、想像すらできない夫のほうか、と身構えていたフェリスは、出てきたのが赤毛でそばかすの子供だったので、虚をつかれた格好になった。子供がいることは知っていたが、いまひとつ実感できていなかったのだ。不意打ちにたじろいで、無意識のうちにぎこちなく後じさった。

「ここがぼくたちのうちです」その子は行儀よく言った。「フェリスさんでしょう? ぼく、ビリーです。お入りください」

 玄関ホールから居間に入っていくと、こんどは夫に胸を衝かれた。頭では理解していても、夫の存在もまた認めてはいなかったのだ。のっしのっしと歩いてくるベイリーは、赤毛の、立ち居ふるまいの落ちついた男だった。

「ビル・ベイリーです。初めまして。エリザベスもすぐ来るでしょう。着換えもじきに終わるでしょうから」

 最後の言葉を聞いて、記憶の糸がするするとすべるようにほどけていった。白い肌のエリザベスが入浴前にバラ色の裸身をさらしているところ。下着のまま鏡台の前で美しい栗色の髪を梳かしているところ。心地よく慣れ親しんだ睦み合い、まぎれもなく自分のものだった、柔らかな肉体のいとおしさ。フェリスは勝手に浮かんでくる記憶にひるみ、強いてビル・ベイリーのまなざしを正面から受けとめようとした。

「ビリー、台所のテーブルから飲み物の盆を持ってきてくれないか」

 子供が素直に言うことを聞いて部屋を出ていくと、フェリスは世間話でもするように「いいお坊ちゃんですね」と言った。

「ええ、わたしたちもそう思っています」

 はかばかしく会話も続かず黙ってしまったところに、その子がグラスとマティーニのカクテル・シェイカーをのせた盆をささげて戻ってきた。酒をきっかけに、なんとかふたりは話を盛り上げようと努めた。ロシアの話、ニューヨークの人工降雨、マンハッタンとパリの住宅事情……。

「フェリスさんは明日飛行機で、海を横断なさるんだよ」ベイリーは自分の椅子のひじかけに、行儀よく静かに腰をおろしている男の子に言った。「おまえはフェリスさんのスーツケースに折り畳んで入れてもらいたいんだろう?」

 ビリーは 垂れてくる前髪をかきあげた。「ぼく、飛行機で空を飛びたいし、フェリスさんみたいに新聞記者にもなりたいな」自信満々でつけくわえた。「大きくなったらぜったいにそうなるんだ」

 ベイリーが言った。「おまえは医者になりたいんじゃなかったのか」

「そうだよ! どっちもなりたいんだ。あと、原子爆弾を研究する科学者にもなるんだ」

 エリザベスが女の赤ちゃんを抱いて入ってきた。

「ジョン!」赤ん坊を父親の膝に預けてから言葉を続けた。「いらっしゃい。来てくださって、ほんとうにうれしい」

 小さな女の子はベイリーの膝の上にちんまりとすわっていた。淡いピンクのクレープデシンのベビー服は、胸元の切り替えの部分にぐるりとバラの刺繍がしてあって、おそろいの絹のリボンで、淡い、ふわふわしたくせ毛をうしろでたばねている。陽に焼けた肌、茶色い目には金色の斑点が散り、声をあげて笑っていた。手を伸ばして父親の角縁眼鏡をさわろうとしたので、父親は眼鏡をはずし、ほんの少し、眼鏡越しの世界を赤ん坊にのぞかせてやった。「どんなふうに見えるかな、おちびちゃん」

 エリザベスはたいそう美しかった、というより、おそらく、これほどまでに美しいとは知らなかった。くせのない清らかな髪は輝いていたし、おだやかな顔は、なんの翳りもなく澄み切っている。聖母の美しさ、家庭的な雰囲気が醸し出す美しさだった。

「ちっともお変わりじゃないのね」エリザベスが言った。「あれからずいぶんになるのに」

「八年だね」フェリスは薄くなった頭をうしろめたげになでながら、社交辞令の交換をつづけた。

 不意に、自分が野次馬になったような気がした――ベイリー家への侵入者、と言った方がいいか。なぜ自分はここへ来てしまったのだろう。自責の念がこみあげてくる。自分の人生がひどく孤独なものに思え、歳月の廃墟のただなかに、ぽつんと一本だけ、何をささえるでもなく立っている、いまにもくずれそうな柱に思えた。もうこれ以上、家族団欒の部屋に留まることなどできそうにない。

 フェリスは腕時計に目を走らせた。「劇場にいらっしゃるんでしたよね」

「ごめんなさいね」エリザベスが言った。「先月から予約していたの。でも、ジョン、あなたもいずれそのうち、こっちに戻ってらっしゃるんでしょう。国を捨てたわけではないのだから、ね?」

「国を捨てた、か」フェリスは繰りかえした。「そういう言い方は好きじゃないな」

「じゃ、どう言ったらいいの?」

 しばらく考えてから答えた。「短期滞在、過客、っていうのはどうだろう」

 フェリスがまた時計に目をやり、エリザベスがまた謝った。「もっと早くわかってたら……」

「ここは今日だけだったんだ。急に帰国が決まったからね。父が先週亡くなったんだ」

「お父様がお亡くなりになったの」

「そうなんだ。ジョンズ・ホプキンス大学病院で。もう一年近く入院してたんだよ。葬式はジョージアの家であげたけどね」

「まあ、ほんとうにお気の毒だったわね、ジョン。わたし、ずっとお父様が大好きだったのよ」

 男の子が椅子の向こう側からやってきて、母親の顔をのぞきこもうとした。「だれが死んだの?」

 フェリスのはりつめた気持ちが切れた。父の死が脳裏を満たす。棺の中、絹の布の上に横たえられた亡骸が、ふたたび目の前に顕れた。遺体にほお紅がさしてあるのがひどく不自然で、見慣れた手が体を覆うバラの上で固く組み合わされていた。そこで記憶は途絶え、エリザベスの穏やかな声に我に返った。

「フェリスさんのお父様よ、ビリー。ほんとうに立派な方だったの。あなたはお会いしたことはないけれど」

「だけど、どうしてママがお父様、って言うの?」

 ベイリーとエリザベスの、しまった、という視線が交錯した。子供の疑問に答えたのはベイリーだった。「もうせん」父親は言った。「おまえのお母さんはフェリスさんを結婚してたんだ。おまえが生まれる前……ずっと前だが」

「フェリスさんと?」

 男の子はフェリスの顔をまじまじと見た。驚き、信じがたい、という面もちで。男の子の視線を受けとめるフェリスの目にも、どこか信じられないような気色が浮かんでいた。ほんとうにそんなことがあったのだろうか。見も知らぬこの女を、かつてはエリザベスと呼び、夜ごと愛を交わすたびに“かわいいアヒルちゃん”と呼んだことが。ともに暮らし、おそらく千もの夜と昼を共にし……そうして……突然落ちこんだおそろしいまでの寂寞、結婚生活をおくりながら紡いできた愛という織物が、嫉妬や、アルコールや、金銭上の諍いのなかでひとすじごとにほつれていく惨めさに耐えたことが。

 ベイリーが子供たちに向かって言った。「誰かさんの晩ご飯の時間になったぞ。さあ、行こう」

「だけど、パパ、ママとフェリスさんが……ぼく……」

 ビリーの相も変わらぬまなざし――考えあぐねたような、うちにかすかな敵意のこもるまなざし――は、フェリスにもうひとりの子供の目を思い出させた。ジャニーヌの息子――憂いをおびた小さな顔と、品のいい膝小僧を持つ七歳の男の子で、フェリスがなるべく考えないようにし、事実、ほとんどのときに忘れてしまっている子供。

「さぁ、行進だ!」ベイリーはビリーの体をドアの方向に優しく向けてやった。「さぁ、おやすみなさいを言いなさい」

「おやすみなさい、フェリスさん」それから恨めしげに言い足した。「ケーキの時間まで起きてていいと思ってた」

「あとでケーキを食べにここに来ていいのよ」エリザベスが言った。「いまはパパと一緒に晩ご飯を食べに行きなさい」

 フェリスとエリザベスはふたりきりになった。空気が重くのしかかり、しばらくはふたりとも押し黙ったままでいた。もう一杯飲んでもかまわないか、自分でやるから、とフェリスが言うと、エリザベスはテーブルのカクテル・シェイカーを彼の側に押しやった。グランドピアノに目を留めたフェリスは、譜面がのっているのに気がついた。

「いまもあのころみたいにうまく弾ける?」

「まだ楽しめるぐらいにはね」

「何か弾いてもらえないかな、エリザベス」

 エリザベスはすぐに立ち上がった。頼まれればいつでも気軽に弾いてみせるところにも、エリザベスの気だての良さがあらわれていた。ためらったり、言い訳したりするのを見たことがない。いま、ピアノに向かうエリザベスは、緊張が解けていく気配があった。

 バッハの〈前奏曲とフーガ〉が始まった。前奏曲が、朝日が射しこむ部屋のプリズムのように、虹色の光となって軽やかにきらめく。フーガの第一声がひとりきりで凛と声をあげ、その繰りかえしに第二声がかぶさり、さらに緻密な枠組みのなかでもう一度繰りかえされ、いくつもの旋律が平衡を保ちながら、ゆったりと厳かに流れていく。主旋律はほかのふたつの声部と織りあわされながら、巧みな仕かけにいろどられる――主役に躍り出たかと思うと、背景に隠れ、全体の音に埋没することを怖れない、たったひとつの音の崇高さは保たれたまま。終結部に向かって音の密度は増し、中心になる第一主題が豊かに盛り上がり、主旋律が和音の形で最後に提示され、フーガは終わる。フェリスは椅子の背に頭をもたせかけ、目を閉じていた。やがて訪れた静寂のなか、よく通る高い声が廊下の向こうの部屋から届いた。

「パパ、どうしてママがフェリスさんなんかと……」ドアが閉じた。

 ピアノがまた始まった――今度は何の曲だろう。何とも定かではなく、そのくせ懐かしい、澄んだメロディは、長いあいだ胸の底に仕舞いこまれたまま眠っていた曲だ。いま、このメロディは別の時間、別の場所のことを語りかけてくる――かつてエリザベスがよく弾いていた曲。繊細な調べが混沌とした記憶を呼び起こす。過ぎた日々の渇望も、諍いも、愛と憎しみに引き裂かれた欲望も、何もかもがあふれだし、氾濫し、フェリスは自分を見失う。奇妙なことに、動揺と混乱の触媒となった曲そのものは、なんとも静謐で透明なのだった。歌うような調べは、女中が入ってきて断ち切られた。

「奥様、お食事の準備が整いました」

 ベイリー夫妻の間の席についてからも、途切れてしまった音楽がフェリスの気持ちに影を落としていた。少し酔ったようだった。

"L'improvisation de la vie humaine(即興たる人間の生),"フェリスはフランス語で言った。「人間の存在なんてものは即興でしかないってことを、なによりもはっきりと教えてくれるのは、途切れた曲だね。そうでなきゃ、古いアドレス帳か」

「アドレス帳?」ベイリーが繰りかえす。だがそれ以上何も言わないまま、礼儀正しく口をつぐんだ。

「あなたったら昔のままの大きな子供ね、ジョニー」エリザベスの言葉にはかつての優しさの名残りが響いていた。

 その夜の食事は正統的な南部スタイルで、昔フェリスが好きだった料理ばかりが並んだ。フライド・チキン、コーン・プディング、砂糖づけのサツマイモ。食事のあいだ、沈黙が長くなると、エリザベスは会話が盛り上がるように気を配った。やがてフェリスもジャニーヌの話をする羽目になった。

「ジャニーヌに会ったのは去年の秋だ――ちょうどいまごろの季節だった――イタリアでね。ジャニーヌは歌手で、ローマで契約をしていたんだ。じき結婚することになると思うよ」

 いかにも本当の話、ありそうなことのように響いたために、最初のうちはフェリス自身が嘘を言っていることに気がつかなかった。ジャニーヌとのあいだで、この一年、結婚が話題になったことなど絶えてない。事実、ジャニーヌは未だ既婚の状態なのだ――夫はパリで両替商をやっている白系ロシア人で、別居してもう五年になるが。嘘を訂正する機は失していた。すでにエリザベスがこう言っているところなのだ。「そのお話しを聞けて、ほんとうに良かったわ。おめでとう、ジョニー」

 フェリスは真実を語ることで穴埋めをしようとした。「ローマの秋は実に見事だよ。爽やかで、花咲き乱れて」こうも言った。「ジャニーヌにはね、七歳になる男の子がいるんだ。三カ国語がしゃべれる不思議な子でね。ぼくらはときどき、チュイルリー宮にいくんだよ」

 これも嘘だ。公園にあの子を連れていってやったのは一度きりだ。半ズボンをはいて細い足をむきだしにした、やせっぽちの外国人の子供は、コンクリートの池でボートを浮かべたり、ポニーに乗ったりした。グランギニョルで人形劇が見たい、と言った。だが時間がなかった。フェリスはスクリーブ・ホテルで約束があったのだ。人形芝居はまたちがうときに行こう、と約束した。チュイルリーにヴァランタンを連れて行ってやったのはその一度きりだ。

 人の気配がした。女中が白い砂糖衣のかかったケーキを運んできたのだ。ピンクのロウソクが立っている。子供たちもパジャマ姿のまま入ってきた。フェリスにはそれがどういうことなのか、まだよくわからない。

「お誕生日おめでとう、ジョン」エリザベスが言った。「ロウソクを消して」

 自分の誕生日だったのだ。火は吹いてもなかなか消えやらず、ロウの燃えるにおいがただよう。フェリスは38歳になったのだ。こめかみの静脈が濃くなり、ぴくりと脈打った。

「もう劇場に行く時間になったんじゃないかな」

 フェリスはエリザベスに誕生日の夕食を用意してくれた礼を言い、その場にふさわしい別れの言葉を続けた。家族全員が玄関まで出て見送ってくれた。

 天空に浮かぶ細い月が、ノコギリの歯のようにそびえる暗い摩天楼を照らしている。通りは風が強く寒かった。フェリスは三番街まで急ぎ、タクシーを停めた。ここを発つ者、おそらくは別れを告げる者の意識的なひたむきさで、夜の街に目をこらした。彼は、ひとりだった。早く出発の時間になればいい、早く飛行機が動き出せばいい、と思った。

 翌日、上空から見おろした街は、陽の光にきらきらと輝き、おもちゃのように整然とならんでいた。アメリカをあとに残し、目の前にあるのは大西洋と、はるかかなたのヨーロッパの海岸線ばかりだ。雲の下には、青みがかった乳白色の穏やかな海が見える。日が高いあいだ、フェリスはほとんどまどろんでいた。暮れ方になって、エリザベスのことや昨夜、家を訪ねたことを思い返す。家族に囲まれていたエリザベスのことを、あこがれと、穏やかな羨望と、自分でも定かではない後悔の念をないまぜにしながら思った。あのメロディを追いかける。最後までいかなかった、心揺さぶられるあの響き。リズム、バラバラな音が記憶にあるだけで、メロディさえすり抜けてしまう。かわりにエリザベスの弾くフーガの第一声が浮かんできた――からかうように短調に転調して。海の上空高く浮かんでいれば、無常の思いも、孤独の不安も、もはや心を煩わせるものではなく、父の死も平静な気持ちでかみしめることができた。夕食の時間には、飛行機はフランスの海岸を過ぎていた。

 深夜、フェリスはタクシーでパリを横断した。曇った晩で、コンコルド広場の街頭は霧が輪を作っていた。濡れた歩道を終夜営業のビストロの光が照らす。大西洋を横断するときはいつもそうだったが、ふたつの大陸の差があまりに急激だった。朝はニューヨーク、同じ日の深夜にはパリ。自分の人生の無秩序ぶりをかいま見るようだ。移り過ぎてゆく都市、つかのまの恋。そうして時間というやつだ。音階が隙間なく滑るように流れるグリッサンドのような、禍々しいグリッサンドのような歳月、つきまとって片時も離れない時間。

"Vite! Vite! (早く、早く)"フェリスは怯えていた。"Depechez-vous(急いでくれ)."

 ヴァランタンがドアを開けてくれた。男の子はパジャマの上に、小さくなった赤いローブを羽織っている。翳りを帯びた灰色の目が、フェリスがなかに入っていくのを見て一瞬きらりと光った。

"J'attends Maman(ぼく、ママを待ってるんだ)."

 ジャニーンはナイトクラブで歌っていた。まだ一時間ほどは家に帰ってこない。ヴァランタンは絵のつづきを描こうと、クレヨンを手に、床に置いた紙にかがみこんだ。フェリスはその絵を上からのぞいた――マンガ風なタッチの気球に乗ったバンジョー弾きが音符と波線と一緒に描かれている。

「またチュイルリーに行こうな」

 顔を上げた子供をフェリスは自分の膝元へ引き寄せた。メロディが、エリザベスが弾いていた、途切れてしまった旋律が、突然、耳元に聞こえてきた。追い求めるのをやめたいまになって、記憶のくびきから解き放たれたのだ。ああ、これだ、という思い、喜びだけが唐突に胸にあふれた。

「ムッシュー・ジャン」子供が言った。「彼には会えた?」

 一瞬わけがわからなくなって、フェリスはもうひとりの子供のことを考えた――そばかすの、家族みんなに愛されているあの男の子。「え、だれだって、ヴァランタン」

「ジョージアのあなたの亡くなったパパです」男の子は言い添えた。「お元気になったんですか」

 フェリスは急きたてられたように言い聞かせた。「これからチュイルリーにはちょくちょく行くことにしよう。ポニーに乗ったり、グランギニョルに人形劇も見に行こうな。今度はちゃんと人形劇を見て、もう絶対、急いだりはしないんだ」

「ムッシュー・ジャン、グランギニョルはいま閉館してるんです」

 ふたたび、恐怖が、自分が気がついてしまった、無駄に流れた歳月と死がよみがえる。ヴァランタンという感覚の鋭い、安心しきった子供は、フェリスの腕に身を預けていた。頬が柔らかい頬にふれ、ふんわりとしたまつげがかすめる。心の底がこげつくような思いに駆られ、フェリスは子供をきつく抱きしめた――まるで、あやふやで移ろいやすい思い、たとえば自分の愛のようなものが、時の鼓動などどうにでもできるとでもいうように。



The End





途切れた曲のように


作品の中にバッハの〈前奏曲とフーガ〉が登場するが、これは単に場の雰囲気を盛り上げるために出てくるわけではない。『過客』全編に「前奏曲とフーガ」が流れているのだ。
冒頭の明るい夢がプリズムが織りなす虹のような前奏曲、そうしてフェリスの目がさめてからフーガが始まっていくのだ。

では、このフーガの第一声、基本となる旋律はなんだろうか。

おそらくそれは「死」ということだろう。フェリスの父親の死としてあらわれたこの主題は、フェリスのうちに予感として展開していく。漠然と何かを忘れているような感じ、忘れていたのは誕生日だったことがのちにあきらかになるが、誕生日とはまたひとつ歳を取ること、言い換えれば、また一歩、死へと近づいていく、ということなのである。

やがてもうひとつの旋律があらわれる。エリザベスの登場である。
美しい旋律としてあらわれるエリザベスは、ニューヨークに根を持っている。フェリスの記憶にあるエリザベスのバラ色の肌が娘のバラの刺繍に受け継がれていくように、そうして夫のビル・ベイリーの名前と赤毛が、息子のビリー(ビルもビリーもともにウィリアムの愛称なのである。アメリカではこのように父親と息子が同じ名前のケースも多い)へと受け継がれていく。根を持つひとびとは、たとえ「死」は免れることができないにしても、その生はつぎの生に受け継がれていくことが示される。

この二番目の主題は、エリザベスから男の子に受け継がれ、やがて微妙に調子を変えながらもうひとりの男の子へと展開する。
ジョージアから離れ、離婚し、根こぎにされたフェリスは、なんとかその子と結びつくことで、根を持とうとする。けれど、このフーガは途中で終わってしまい、わたしたちは、フェリスが根を持つことができたかどうか、見届けることはできない。

『過客』は1950年、マッカラーズ33歳のときの作品である。
マッカラーズは1917年、ルーラ・カーソン・スミスとしてジョージア州に生まれ、17歳のときに、ピアニストを志し、ニューヨークのジュリアード音楽院に進むがやがて、コロンビア大学に移って創作を学ぶことになる。1936年処女作を発表、翌年リーヴス・マッカラーズと結婚する。この結婚中にマッカラーズは代表作『心は寂しい狩人』(1940)を書きあげ、作家としての名声を確立することになるが、一方、夫リーヴスの飲酒と自殺癖のために、ふたりは離婚(1940)と再婚(1945)を繰りかえすことになる。リーヴスは1953年、アルコールと睡眠薬の過剰摂取によって自殺に近い状態で亡くなる。

持病であるリューマチ性関節炎に悩まされ、精神状態も決して安定してはいなかったマッカラーズは、おそらく死の足音を若いころから聞き続けてきたはずだ。そういうなかで自分を生につなぎとめるもの、根をもつためのものとして、最初は音楽が、やがて創作がそれに代わっていったのだろう。

この中で描かれるエリザベスの根を持った生活は、美しい。実際に生活をしてみれば、おそらくそこには美しくない要素、エリザベスとジョンの生活を破滅に追い込んだいくつかの要素さえ含まれているはずだ。けれども、観光地を訪れる短期滞在者が、その観光地の抱えるさまざまな問題に眼を向けず、ひたすら美しい景色を楽しむように、フェリスはその生活を外側から見るだけだ。

写真で見るマッカラーズは、何度か描写されるエリザベスと同じ、癖のない、まっすぐな髪のもちぬしだった。このエリザベスの姿は、もうひとりのマッカラーズ、理想化され、こうありたかった、と願うマッカラーズの姿でもあるのだろう。

フェリスもまた、もうひとりのマッカラーズでもある。ジョージアを離れ、ニューヨークへ行き、そしてまたノース・カロライナで短い結婚生活を送ってもいるのだけれど、その生活はエリザベスのそれとはほど遠かった。マッカラーズの「根」は、創作に向かったけれど、生活には向かわなかったのだ。

一方でまた、だれもがフェリスと同じなのかもしれない。
たとえ根を持ったように見えたとしても、それははかないもの。やがて過ぎゆく短期滞在者としての、かりそめの根なのかもしれない。

生はあっけなく、死は確実に訪れる。それでも、孤独ということを経なければ、「過客」としてつかのまの生を生きていることすら、気がつかないものなのかもしれない。
作られた曲ではない「即興」である人の生。
そのなかでなんとか根を持ち、つぎの生へとつなげていこうとわたしたちは模索する。
たとえ、自分の曲を最後まで聞くことはできないとしても。



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初出Nov.27-Dec.01 2006 改訂Dec.05, 2006


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