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電話      by ドロシー・パーカー


ここではドロシー・パーカーの短編『電話』の翻訳をお届けします。
原文は
http://www.classicshorts.com/stories/teleycal.htmlで読むことができます。

電話


 神様、お願いです、彼にいますぐ電話をかけさせてください。ね、神様、“さあ、あの娘に電話なさい”って。わたしのお願いはそれだけ、ほんとに、そのことだけなんです。だいそれたお願いなんかじゃないでしょ。神様だったら、簡単なこと、どうってことのない、あっというまにできることでしょ。ただ彼に電話させたらいいだけ。だから、神様、お願いです、お願い。

 もし電話のことを考えずにいたら、かかってくるのかも。そういうことってときどきあるし。なにかほかのこと、考えてたら。ほかのことが考えられるものなら。もしがんばって五飛ばしで五百まで数えたら、そのあいだに電話があるかも。ゆっくり数えよう。ごまかさないで。もし三百のところで電話が鳴っても、続けるの。五百になるまで出ないんだ。5…、10…、15…、20…、25…、30…、35…、40…、45…、50…、ああ、頼むから鳴ってよ。お願い。

 時計を見るのはこれでおしまい。もう絶対に見ないから。いま、七時十分。彼、五時に電話するって言った。「五時に電話するよ、ダーリン」彼、このとき「ダーリン」って言ったと思う。たぶん、絶対、そう言ったはず。彼、わたしのことを「ダーリン」って二回も言った。もう一回は、さよなら、って言ったときだ。「さよなら、ダーリン」忙しいひとだし、おまけにオフィスではあんまり話なんてできないし、なのに、二回も「ダーリン」って呼んでくれた。わたしが電話したことで何か思ったはずがない。やたら電話しちゃいけないことぐらい、わかってる――うっとうしがられるのよ。女の子にそんなことされると、男って、オレのことばっかり考えてるな、言い寄ってくるつもりだな、って思うものだし、そうなると結局嫌われてしまうんだ。だけどわたしはこの三日、彼とは話をしてなかった――三日間も。それにわたしが言ったのは、お元気? ってだけ。だれだってそれくらいの電話、かけてるじゃない。彼がいやがってるはずがない。わたしのこと、迷惑がったりするはずがない。「もちろんそんなこと思ってないよ」って言ってくれたし。それに、彼の方から電話する、って言ってくれたんだもの。そんなことしなきゃいけない義理なんてないのに。わたしが頼んだわけじゃない。ほんと、わたしは頼んでない。絶対、頼んだりしてなかったはず。自分から電話するって言っておいて、しないようなひとじゃない。ね、神様、どうか彼にそんなことさせないで、お願いします。

「五時に電話するよ、ダーリン」「さよなら、ダーリン」いそがしいときに、慌ただしいなかで、まわりに人だっていたのに、「ダーリン」って二回も呼んでくれた。そのことば、わたしのものよ。わたしのもの。たとえもう会えないとしても、わたしにはその言葉がある。だけど、だけど、それだけじゃあんまりだ。それだけじゃ納得できない。もし会えなくなったとしたら、とてもじゃないけど、おっつかない。だから神様、どうかもう一度、彼に会わせてください。お願い。彼がいなきゃダメなの。ほんとにダメなのよ。神様、わたし、いい人間になります。ほんとよ、もっといい人間になれるように努力しますから。もし彼に会わせてくれるなら。神様が、彼に電話させてくれるなら。ああ、いますぐわたしに電話させて。

 ね、神様、わたしのお祈りを、些末なことだ、なんて思わないでくださいね。そりゃあなたは高いところに坐ってらっしゃる。一点の汚れもなくお年をお召しになって、まわりでは天使が飛び回ったりしながら、すぐ横を星が流れたりしてるんでしょう。そこでわたしが神様に電話のことなんかのお願いをする。だけど、笑わないでください、神様。ね、あなたにはわたしの気持ちなんておわかりにはならないわ。だってあなたは全然傷つく怖れもなくて、玉座にどんと構えてたらよくて、その下には青い空が広がってる。あなたにはだれも指一本触れることすらできない。あなたの御心がだれかの手でかき乱される、なんてこともない。これはつらいのよ、神様。すごく、すごく苦しいの。助けてくださいませんか? あなたの御子のために、わたしを助けてください。あなたの御子の名において求められたことは、いかなることでもしよう、とおっしゃいませんでしたっけ。ああ、神様、あなたのただひとりの御子、イエス・キリストの名において、天にまします主よ、どうかいますぐ彼に電話をかけさせてください。

 もうやめよう。こんなことしてちゃいけない。だってね、若い男が女の子に、電話するよって言ったあとで、何か用事ができて電話しなかったとする。そんなことは別に悲嘆に暮れなきゃいけないようなことでもなんでもない、そうじゃない? 世界中、いたるところで起きてることよね、いま、この瞬間にだって。でも、それでも、世界中で何が起きてようが、わたしに一体何の関係があるっていうのよ。なんでこの電話、鳴らないの? どうして、どうして鳴ろうとしないのよ。鳴る気がないの? ああ、もうお願いよ。このマヌケ、ぶかっこうで、テラテラ光っちゃってさ。鳴ったら負けだとでも思ってるんでしょう、そうじゃない? そうよ、鳴ったらあなたの負け。この能なし、汚らしい根っこを壁から引っこ抜いてやろうかしら。えらそうな黒い頭を叩きつぶして、粉々にしてやろうか。地獄にでも落ちるがいい。

 だめ、だめ、だめ。もうやめなくちゃ。別のことを考えよう。こうするのよ。時計をあっちの部屋に持っていくの。そしたらもう見ることもできなくなる。見ようと思ったらベッドルームまで行かなきゃならなくなるけど、そうなったら、こんどはすることができる、って思えばいい。たぶん、時計を見に行く前に、彼が電話してくれるかもしれないし。電話があったら、わたし、うんとかわいくしていよう。今夜は会えないな、なんて言われたとしても、こんなふうに答えるの。「あら。だけどいいわ。ううん、もちろん、仕方ないことですものね」初めて会ったときみたいにするの。そしたら、またわたしのこと、好きになってくれるかも。わたしはいつだってやさしかった、最初の頃は。ああ、ほんとに大好きになってしまう前なら、やさしくするのもあんなに簡単なのに。

 彼、まだわたしのことは好きだと思う。ちょっとはね。だってそうでなきゃ、今日「ダーリン」なんて二回も言うはずないもの。なにもかも終わってしまったっていうわけじゃない、少しでもわたしのこと、思ってくれてるなら。ほんの、ほんのわずかでも。だから、ね、彼にやさしくするんです。うんと愛想良くします。以前、そうだったみたいに。そしたら彼もまた、わたしのことが好きになってくれるはず。そしたらもう神様にお願いしなくてもすむんです。おわかりでしょ、神様。お願いですから、彼に電話させてくださいますよね? ね? ね? お願いします。

 神様、わたしに罰をお与えなんですか、いままで悪い子だったから、って。わたしがあんなことしたから、怒ってらっしゃるの? ああ、だけど、神様、悪い人はすごく大勢いるじゃないですか。わたしにばっかり厳しくしないでください。それに、あのことだってそんなに悪いとはいえないはずよ。そんな悪いことだったとは思えないわ。だれも傷つけたわけじゃありません。神様、人を傷つけて初めて、悪といえるんじゃないかしら。わたしたち、だれひとりとして傷つけたりしてません。そのことはご存じよね。あなただってそれほど悪いことだったとは思ってらっしゃらないはずよ、そうでしょ、神様。だったらどうしていますぐ、彼に電話をかけさせてくださらないんです?

 もし彼が電話してこなかったら、わたし、神様が怒ってらっしゃるんだって思います。五飛ばしで五百まで数えても電話がなかったら、神様はもう一生、わたしのことを助けてくださらないんだ、って。それが神様の験(しるし)なんだ。5、10、15、20、25、30、35、40、45、50、55……。あれは悪いことでした。悪いことだってわかってました。いいわ、神様、わたしを地獄へ落としてください。あなたはわたしが地獄を怖れてるって思ってらっしゃるでしょ? そう思ってるはず。あなたの地獄の方が、わたしの地獄より恐ろしい、って。

 もうよそう。こんなことしてちゃいけない。考えてもみて、ちょっと電話が遅くなっただけなのかも――こんなにヒステリックにならなきゃいけないようなことじゃない。もしかしたら、電話しないつもりなのかも――電話じゃなくて、直接ここへ来ようとおもってるのかも。泣いたりしてたら、きっとイヤな気がするわよね。男って泣いてるのを見るのがキライだから。彼は泣いたりしない。神様、彼がわたしを思ってきますように。彼を泣かせて、地団駄踏んで、心臓が張り裂けんばかりに膨れあがるのを見てやりたい。地獄に堕ちたような気分を味あわせてやりたい

 彼はわたしをそんなふうにしたいなんて思ってない。わたしがどんな気分なのかさえ、わかってないんだもの。わざわざ言わなくても、わかってくれたらいいのに。男って、自分が女を泣かせてるんだなんて思いたくないのよ。自分のために、女が悲しんでる、なんて考えたくないの。もしそれを言ったら、独占欲の強い、疲れる女だ、なんて思う。そうしてキライになる。女がほんとに思ってることを口にしたら、男は絶対、気持ちが離れていく。だから、女はいつもちょっとした駆け引きを続けなきゃならなくなる。ああ、わたしと彼だったら、そんな駆け引きは必要ない、って思ったんだけどな。これはとびきりほんものだから、思ったことはなんだって言っていい、って思ったのに。だけど、ダメだったみたい。そんな「ほんもの」なんて、どこを探してもないんだわ。ああ、もし彼が電話さえしてくれたなら、わたしがずっと彼のことを思って悲しんでたなんて、口が裂けても言わない。男はメソメソした女がキライだから。うんとかわいく、明るくしてるの、そしたら好きにならずにいられなくなるはず。とにかく電話さえしてくれれば。電話してくれるだけでいいのに。

 きっと彼はいま電話しようとしてるのよ。そうでなきゃ電話しないで直接こっちに来ているところ。いま、その途中なんだわ。何かがあったのかもしれない。ううん、そんなはずない。彼に何かがあるなんて想像できないもの。車に轢かれるだなんて夢にも思わない。彼が横になったまま動かないところなんて想像できない、身体をべろんと伸ばしたまま死んでいってるなんて。死んじゃえばいいのに。なんてひどいこと考えるの。だけど、それも悪くない。もし死んじゃえば、もうだれにも渡さなくてすむ。死んじゃえばいまや今日までの何週間かみたいな気分を二度と味合わなくてすむ。楽しかった頃のことだけ思い出すの。なにもかもがすてきでしょうね。死んじゃえばいいのよ。死んじゃえ、死んじゃえ、死んじゃえ。

 わたしってバカだ。言った時間ちょうどに電話をくれなかったっていうだけで、死んじゃえ、なんて思うのはバカそのものだ。もしかしたら時計が進んでるのかもしれない。時計が合ってるかなんてわかりようがないじゃない。たぶん、たいして遅れたってわけじゃないのかも。ちょっとくらい遅くなるなんて、よくあることだし。ひょっとして、残業でもしてるのかな。それとも家に帰ってから電話しようと思って、そこに誰かが来たのかも。他人がいるところでわたしに電話なんてしたくないから。きっと気がとがめてるはず、ちょっとはね、どうせほんのちょっとだろうけど、わたしを待たせてるって。もしかしたら、わたしから電話くれないかな、って思ってるかもね。もちろんわたしからかけたっていい。わたしが電話したって。

 とんでもない。そんなことできないわよ。冗談じゃないわ。ああ、神様、わたしの方から電話なんてさせないでください。どうかわたしを電話に近づけないようにしてください。わたしだってわかってるわ、神様がご存じのように。もし彼がわたしのことを気にかけてるんだったら、どこにいようが、まわりに何人ひとがいようが、電話してくるはず。どうかそのことを忘れてしまわないようにしてください、神様。神様、わたしの気持ちを安らかにしてください、なんてことはお願いしません――あなたにだってできないことはあるものね、いくら世界をお創りになった方でも。ただわたしが忘れないようにしてくださるだけでいいの。わたしにいつまでも望みなんて持たせないで。自分に気休めなんて、わたしには言わせないで。希望なんて抱かせないで、神様。どうかお願いします。

 わたしから電話なんてできない。死んでも電話なんてしない。地獄で朽ち果てるまで電話しない。神様、わたしに強さなんて与えようとは思わないでくださいね。わたしはもう十分強いから。もしわたしが必要なら、わたしを手に入れれば良かったのよ。わたしがどこにいるか知ってるんだから。わたしがここで待ってることだって、知ってるんだから。彼はわたしをよくわかってる。わたしに対して自信を持っちゃってる。男ってどうして女の気持ちが分かったと思った瞬間に、キライになっちゃうのかしら。わたしだったら、確信できたら、すごくやさしくしてあげると思うな。

 電話することなんて、簡単。電話すれば、どうなのかがわかる。電話かけるのも、それほどバカなことでもないのかも。たぶん、たいして気にしないんじゃないかしら。もしかしたら喜んでくれるかも。もしかしたら、彼、ずっとわたしと連絡しようとしてたのかも。電話をかけてもかけてもつながらないことがあって、交換手も、先方はお出でになりません、なんていうことがある。気休めなんかじゃない、ほんとにそんなことってあるでしょ。神様、ああ、神様、どうかわたしを電話から遠ざけておいてください。電話の近くに行かせないで。わたしがちっぽけなプライドを捨ててしまわないようにしてください。これからそれが必要になってくるはず。わたしに残されたただひとつのものになってしまいそう。

 もうっ、プライドがいったいなんだって言うのよ。もし彼と話ができなきゃ死んじゃいそう、っていうときに。そんなプライド、バカみたいで、惨めで、ちっぽけなものじゃない。ほんとうのプライド、立派なプライドっていうのは、プライドを持たないってことよ。自分が電話したいからって、こんなことを言うんじゃない。これはほんとうだもの。ほんとうだって知ってるんだもの。わたしは大きな人間になるの。ちっぽけなプライドなんて超越するの。

 どうか神様、わたしが電話するのをやめさせてください。お願い、神様。

 なんでプライドが関係あるんだろう。たいしたことじゃない、プライドを持ち出すようなことじゃない、わたしが気持ちを煩わせるようなことじゃない。たぶん、彼が言ったことを聞き間違えたんだわ。たぶん五時に電話するように言ったような気がする。「五時に電話してくれるかな、ダーリン」って。そういったのかも、ありうることよ。わたしが聞き間違えただけ、ってことは十分ありうるもの。「五時に電話してくれるかな、ダーリン」そう言ったのは確かだったような気がしてきた。ああ、こんなこと自分で自分に言ってどうなるんだろう。神様、教えてください、どうかほんとうのこと、教えてください。

 何かほかのことを考えよう。静かにじっと坐っているの。それができるなら。静かに坐るなんてことができるものなら。本なら読めるかもしれない。ああ、もうっ、本なんてどれもこれも、心底睦まじく愛し合っているひとのことしか書いてないじゃない。なんで作家ってそんなことばかり書くんだろう。そんなものそこらじゅうにごろごろころがってるものじゃない、って知らないんだろうか。そんなことうそだって、大嘘のコンコンチキだって知らないんだろうか。一体、何が楽しくってそんなもの書くんだろう、こんなにも苦しいことなのに。ああ、むかついちゃう。むかつく、むかつくったらありやしない。

 やめよう。静かにしてよう。腹を立てるようなことは何もない。ね、考えてもみて、彼がたいして知らない人だったとするじゃない。ね、彼が女の子だったとする。そしたらわたしは電話して、「ねえ、いったいどうしちゃったの。何かあったの?」ってそう言えばいいだけ。なにもああだこうだ考えるようなことじゃない。どうしてふつうに、あたりまえにできないんだろう、彼のことが大好きだからってだけで? できるはず。ほんとよ、できるわよ。わたしから電話する、軽い感じで、明るく言うの。神様、わたしがにそんなことできないってお思い? ああ、どうかわたしの方からなんてかけさせないで。そんなことさせないで。どうか、お願い。

 神様、神様はほんとに彼に電話をかけさせないつもりなの? ほんとに、ほんとにそうなんですか、神様。あなたには惻隠の情ってものがおありじゃないんですか? どうしてもダメなの? いますぐとは言いません、神様、もうちょっとあとでもいいから、どうか彼に電話をかけさせてください。これから五とばしで五百まで数えます。ゆっくりと、ごまかさずに。五百になるまで電話がかからなかったら、わたしから電話します。そうするつもりです。だから、神様、慈悲深い神様、天にまします我らが父よ、どうかそれまでに彼に電話をかけさせてください。お願いです、神様、お願いします。 

 5、10、15、20、25、30、35……。

The End






1920年代の“プリンセス・チャーミング”

――彼女はエミリー・ブロンテでもジェーン・オースティンでもないが……
誰も伝えなかった声や時代や人生体験の瞬間を自作にもりこんでいる。
(エドマンド・ウィルソン)

一人称の独白をそのまま立ち聞きしたような短編である。年齢も、何をしているのかもわからない、相手の男との関係もよくわからない。終わった、と言っているけれど、どこまでのつきあいだったのか、あるいはひょっとしたら、始まってもいないのに勝手に終わった、と思いこんでいるのかもしれない。

もう少し作りこむ作家なら、いくつかの手がかりを織り込むだろう。一読しただけではわからないような伏線、細かなディテール、そうしたものを組み合わせながら、もうひとつの物語を読者が作っていくこともできる。

ただ、この作品はそうしたものではない。ドロシー・パーカー自身、この主人公をどこまで把握していたのかよくわからない。
そうした種類のものではなく、恋をする女性ならだれでも持っている気持ちを掬いあげ、気が利いた短編にまとめあげた作品なのだ。あるある、と思うもよし、なるほど、と思うもよし。冒頭にあげたエドマンド・ウィルソンの言葉は、この短編にもそのまま当てはまる。

ドロシー・パーカーの名前を知ったのは、リリアン・ヘルマンより古い。ディック・ロクティのミステリ『眠れる犬』のなかで、主人公の十四歳の女の子が、一緒に暮らしているおばあちゃまと一緒に、もっとも尊敬する作家、と言っていたことで、その名前を知った。その後、『ニューヨーカー短編集』などで、いくつかの短編を読んだけれど、どうもピンと来ないまま、やがてリリアン・ヘルマンの作品のなかで巡り会うことになる。

ドロシー・パーカーは、作品より彼女自身のほうが興味深いタイプの作家だ。
雑誌「ヴォーグ」の編集者からスタートし、1916〜17年の「ヴァニティ・フェア」の劇評を経て、詩や短編を書き始め、やがてハリウッドでコメディを中心とした映画の脚本も書くようになる。『ジュリア』にも出てくるけれど、1920年代後半から30年代にかけて、一世を風靡したようだ。小柄で可憐な風貌と、切れ味の良い短編。彼女の一挙手一投足を世間は注目した。

なによりも彼女を有名にしたのが、寸鉄人を指すような言葉だった。引用句辞典にも、パーカーの言葉はいくつも載っている。

なかでも有名なのがこの詩。

Resume (要約)

Razors pain you;  カミソリは痛い
Rivers are damp;  川は湿気る
Acids stain you;  酸は変色する
And drugs cause cramp.  薬は痙攣する。
Guns aren't lawful;  銃は違法
Nooses give;  縄は解ける
Gas smell awful;  ガスは臭い
You might as well live.  生きている方がマシ

作家というより、1920年代の雰囲気を体現する存在として生きたパーカーは、それでも1967年まで生き延びた。第二次大戦後はほとんど創作活動もしていなかったし、お金にも不自由していたようだ。晩年、彼女の業績を讃える賞を与えられて、授賞式のスピーチでひとこと「長生きしすぎたわ」と語った。
その彼女を、リリアン・ヘルマンはこのように描いている。

 あるとき彼女は、「リリー、わたしの墓石には『これを読めるなら、あなた、あまりに近寄りすぎだわよ』とだけ刻みたいのよ、ね、そうしてちょうだい」といったことがあって、わたしはこれを彼女の告別式のときに引用した。会葬の人びとは笑い、わたしはそうすることがわたし自身の、そしてドティの喜びでもあろうと思った。

(リリアン・ヘルマン『未完の女』稲葉明雄・本間千枝子訳 平凡社)

なお、ドロシー・パーカーの生涯は《ミセス・パーカー 〜ジャズエイジの華〜》というタイトルで1994年映画化されている(未見)。



初出May 8-10 2006 改訂May.12 2006





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