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日付のある歌詞カード 〜"Walk On"


Walk On

 やっぱり愛ってのは簡単なことじゃない
 君が持っていけるただひとつの荷物だけど……
 愛は簡単なことじゃない……
 それでも持っていけるただひとつの荷物なんだ
 あとには残していけないただひとつのもの……

もしぼくたちを引き離す暗闇があったとしても
もし日の光のもとではそれがどんなに遠く思えたとしても
振り向いた瞬間に
君のガラスの心にはひびが入ってしまうかもしれないけれど
だめだよ、強くならなくちゃ

歩き続けるんだ
君は手に入れなきゃ、やつらに盗めやしないものを
歩いていくんだ
今夜はここで安らかに過ごしたとしても

君はいま荷造りをしているところだ
だれも行ったことのないところへ行くための
ことばでは決して言い表せないところへ行くための

君は飛んでいくことだってできた
扉の開いた鳥籠で歌う鳥のように
自由を求めてまっすぐに飛んでいくことだって

歩き続けるんだ
君が手に入れたものは、やつらに否定なんかできない
売ることもできないし、買うこともできないのだから
歩き続けるんだ
今夜はここで安らかに過ごしたとしても

それが痛みをともなうことはわかってるさ
心が張り裂けそうなことも
時間をかけるほかないよ

歩いて行けよ
歩き続けるんだ

ホーム……
持ったことがない人間にはわかることじゃない

ホーム……
どこにあるかなんて言えないけれど、
自分がそこへ向かっていることだけは確かだ

ホーム……
心が痛むところ

それが痛みをともなうことはわかってるさ
心が張り裂けそうなことも
時間をかけるほかないよ
歩き続けるんだ

置いていけばいい
あとに置いていかなくちゃ
君が築くどんなものも
君がつくり出すどんなものも
君が壊すどんなものも
君が試すどんなものも
君が感じるどんなものも
そんなものはどれもあとに残していける
君が判断したことも
(愛はぼくの心の中にあるたったひとつの感情だ)

君が気がつくどんなものも
君が計画するどんなものも
君が飾り立てるどんなものも
君が見てきたどんなものも
君が作るどんなものも

君が毀すどんなものも
君が憎むどんなものも





苦しみが孤独の別の名前なら ――東日本大震災によせて


一面の瓦礫の山を前に、なすすべもなく立ちつくす人を、テレビのニュースで見た。許可は得ていたのだろうが、カメラが自分の姿を追っていることなど、意識の隅にものぼっていないような、圧倒的な苦しみに打ちひしがれた人の姿だった。

お父さんやお母さんを探している子供の姿があった。校庭で集まっているときに津波にさらわれ、児童のほとんどが犠牲になった小学校の話もあった。無表情なまま、毛布にくるまり、体育館にすわっているおばあさんもいた。

なぜテレビ画面の向こう側にいるのが、自分ではないのだろう。わたしはこちら側で、昨日までと同じ日常の延長にいて、テレビを見ているのだろう。なぜ、あの人が苦しんでいるのだろう。自分がこちらにいることが苦しくて、けれどもその苦しみは向こう側の人のそれとはまるでちがう、と思うと、今度はそのことまでも苦しくなって、わたしは自分を支えられなくなりそうだった。

テレビを見ながら、出口のない問いにがんじがらめになるより、何らかの行動を取るべきだ。さしあたって募金して、自分の務めをきちんと果たして……。そういう、おそらく丸がもらえそうなことも、頭に浮かんできた。けれど、なんとなくそれもちがうような気がしたのだ。確かに自分の苦しみは、まったく無意味な苦しみだ。それをなんとかなだめ、まぎらわせるようなことをして良いのだろうか。

何もすることができない。たとえテレビを消したとしても、もうわたしは家を失い、家族や大切な人を失い、大切なものを失って苦しんでいる人が大勢いることを知ってしまった。三月十一日以前には、もう戻れないのだ。

だとしたら、どうしたら良いのだろう。

そんなとき、わたしの内側から聞こえてきたのがこの歌だった。歩いていけ、と。歩いていくのだ、と。

どこへ――。
何のために――。

もし、誰かがわたしを必要としたときに、わたしがそこにいるために。おそらく、苦しみの中にいる人は、孤独だから。たったひとり、暗闇に取り残されている、それが苦しんでいる人だから。

そのために、そのときのために、わたしは、歩いていこう。



April.02 2011



(※Feb.4 2006)

♪U2の"Walk on"を聞きながら、残しておいてはいけないものを考えてみる


十代のころ、非常に荒んだ一時期を過ごした。
荒んだ、といっても、別に万引きをしたわけでも、不純異性交遊をしたわけでも、スカートを長くして(若いみなさん、そのころ「不良」というのは長いスカートをはいていたんですよ)いたわけでも、夜遅くまで繁華街を徘徊していたわけでも、シンナーを吸ったわけでも、お化粧をしていたわけでもない。

普通に学校に行って、勉強はしなかったけれど、授業中、椅子にすわってはいたのだ。
それでも、何もかもが苛立たしく、自分も含め、周囲のあらゆる人間がバカげて低俗なように思え、何かしなくては、と焦慮にかられ、何をしていいのかもわからず、眼に映る世界は色を失い、粒子の粗いモノクロ写真のようだった。

なんというか、その時期をどうにもならずに過ごせたのは、やはり運が良かったと言うしかないような気がする。とにかく、まわりの誰も信用していなかったから表面には一切出さなかったけれど(ぐれて見せるのは、“わたしにかまって”という甘えでしかないと思っていたから)一種、普通ではない精神状態にあったのだと思う。

その時期にひたすら聞いていたのがU2の "WAR" だった。
わたしが持っているのはLPで、再生するのも大変なので、最近CDを図書館で借りて、i-Podに入れ直して聞いてみたのだが、何か少しちがうような気がする。
なんというか、もっと閉塞感のある、ザラザラした音だったような気がするのだ。単にレコードの針がすり減っていただけかもしれないが。

歌詞の意味など、考えたこともなかった。"Sunday Bloody Sunday"が北アイルランド紛争を背景にしていることも、"New Year's Day" のビデオに「連帯」のワレサが出てくることも知らず、ただ、その当時の気分は、これ以外のどんな音も受けつけないような気がして、自分と世界を結ぶただひとつの糸のように思えて、すがるように聞いていたのだ。

それからいろいろなことがあって、とにかくその時期をわたしは脱した。"The Joshua Tree" は好きでよく聞いていたけれど、それから先は次第にU2を聞くこともなくなっていった。後年の "Pop" なんて、悪意に満ちた冗談のようにしか思えなかった。

さらに時代がくだって、つい先日のこと。
さっきも書いたように、"WAR"をもう一度聞いてみよう、と思って、図書館に借りに行って、一緒に借りてきたのが"All That You Can't Leave Behind "だった。

成熟というのは、こういう音なんだ、と思った。

"Stay safe tonight"っていうのは、どういうことなんだろう、と思って検索してみたら、この曲はアウン・サン・スー・チーに捧げられた歌だという。
だから、Homeも、当然「母国」ということになるのだろうけれど、なんというか、ほんとうにこんな聞き方はよくないのかもしれないけれど、わたしはひとつのテーマだとか、思想だとか、政治信条とかを持った歌というのは、どうもうさんくさく感じてしまうのだ。

この歌も、もちろん自由と民主化のために闘うアウン・サン・スー・チーさんに捧げられているのは、それはそれですばらしい。けれど、この歌がもっとすばらしいのは、この歌自身がそういうテーマをやすやすと乗り越えて、もっと普遍的な、「決してあとに残せないただひとつのもの」を歌っているということにあるのだと思う。

軟弱な言い分だと非難してもらってかまわない。
U2の聞き方として、「間違ってる」のかもしれない。
それでも、これはほかの何もかもを捨てたあとでも、残していけないたったひとつの荷物を歌った歌だと思う。そうして、どこへ行くのかわからない、ホーム、故郷でもあり、家でもあり、国でもあるホーム、自分と切っても切り離せないけれど、ときにしがらみでもあり、厄介なものでもあるホーム、そこへ向かおうとしているのか、そこから出てきたのか、それともそんなものがあるのかないのかさえよくわからないホーム、そこに向けて、あるいはそこを出て、歩いていこうとする歌なのだと思う。

この歌を聞くと、わたしはいつも、「歩みだけが重要である。歩みこそ、持続するものであって、目的地ではないからである」(『城砦』I 山崎庸一郎・粟津則雄訳 みすず書房)というサン=テグジュペリの言葉を思い出してしまう。

――だが、おまえの振舞いを変えてはならぬ。思うに、おまえはひとたび選んだのである。おまえが受けとるものをおまえから盗み去ることはできようとも、いったい誰が、おまえが与えるものをおまえから盗み去る力を持っているか?





All That You Can't Leave Behind
All That You Can't Leave Behind
U2

あんまりよく聞いたから、U2について何か話そうと思ったら、どうしてもまず "WAR" のことを話してしまう。

最近気がついたんだけど、わたしは自分でもちょっとヘンなんじゃないかと思うくらいカッティング・ギターの音が好きで、Red Hot Chili Peppers を聞いてても、いつもジョン・フルシアンテの音しか聞いてない(ほかはえらくハデな背景だ)。だけどそれもU2を聞いていたせいだ。いま聞いてみてもエッジのギターの音はすごくいい(すごくいい、なんて、情けない物言いしかできないけれど)。だけど、実に十数年が経過して聞き直して、驚くのはラリー・マレンのタイコの音だ。ほんと、ドラムなんかじゃなくて、タイコって呼びたくなっちゃうような、泥臭い、前へぐいっ、ぐいっと押し出すようなリズムだ。あのころは全然気がつかなかったんだけど(たぶんギターばっかり聞いてたんだろう)、ああ、このリズムにわたしもあのころ、背中をずいぶん押してもらってたんだな、と思う。

この "Walk on" も、最初、タンバリンの音に続いて、スネアーの音がトッ、トーンと入ったところで(ああ、なんかすごくマヌケなことを書いているような気がしてきた…)、あ、ラリーの音だ! とうれしくなってしまって、つぎにエッジのギターが聞こえてきて、やっぱり同じ音だ、とほんとうにうれしくなってしまう。まえほど剥きだしではないけれど、ギラギラもしてないけれど。ボノの声は、うーん、ずいぶん変わった。

だけど、何よりこの曲を聞いて思うのは、優しい気持ちにあふれてるってことだ。こんなに優しくていいんだろうか、って思うくらいに。硬いエッジのギターの音までが、優しい。
あの硬くて冷たくて、不穏ですらあったU2の音が、こんなふうになったんだなぁ、と思ってしまった。
このアルバムを "WAR" や "The Joshua Tree" みたいな感じで聞くことは、おそらくはないだろう。それはわたしが年を取って(悲しいことに、あるいは、幸いなことに)、音楽に、あるいは自分以外のものに、求めるものが変わった、ということでもあるのだろうし、わたし自身が変わった、ということでもあるのだろう(それが成熟であれば良いのだけれど)。

たったひとつ、あとに残していけないもの、と言われて、愛、と答えるにはわたしの人生もすっかり複雑になってしまったのだけれど(おまけにこの「愛」っていうのは、どういうものなんだろう、と、あれやこれや考えずにはいられない、厄介な習慣まで身につけてしまったのだけれど)、この歌を聞くと、たとえそれが報われることのない、つらいものであっても、自分があとに残していけない、と思ったら、それと一緒に歩いていくしかないのだ、と、ごく自然に思えるし、慰められもする。音楽に慰められる、なんて、かつてのわたしだったら、けっ、と思っただろうけれど、そのころのわたしに会ったらこう言ってやろうと思う。

オトナになっていくことで、見えなかったものも見えてくるし、聞こえなかったものも聞こえてくるんだよ。たとえそのぶん、代償を払わなきゃならなかったとしても。

初出 Jan.26 2006 改訂 April.02 2011

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