(※ここには2008 7.20 - 11.05 までの更新記録が置いてあります)

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Last Update 11.05

ウィリアム・フォークナーの短篇「納屋は燃える」の翻訳をアップしました。
筋を追うだけならともかく、矛盾する形容詞を重ねていく独特の言葉づかいや、おそらくその向こうに何かが象徴されているはずの、細かなものの描写など、読めば読むほどわからなくなってきて、翻訳といっても単に英語を日本語にするだけでは「訳」にすらなりそうもない。どこまで読みとれたか心許ないかぎりですが、時間ばかりかけても、と、ここでいったんアップすることにしました。ビンに手紙を入れて流すみたいに、誰かに何かが伝わっていればいいなあ、と祈るような気持ちです。

わたしがおもしろいと思ったことのひとつに、父親が放火をこれからも続けるのではないかというサーティの恐れや不安が、「におい」として表現されているところです。確かに胸を締め付けるような不安に襲われたとき、鼻の奥が詰まってしまい、独特の臭いが鼻腔の奥に充満するような感じがする。その「感じ」は実によくわかるように思いました。

サーティは、なんとかして不安をうち消そうとします。最初は父親を雇う相手が住む立派な屋敷を見て、ここだったら父親にも手は出せないのではないか、今度こそ大丈夫ではないか、と思う。つぎに、絨毯の弁償も小作料も不払いで逃げ出すことで、復讐に代えるのではないか、放火という手段には頼らないのではないか、と思う。かすかな希望を寄せ集め、それにすがることでなんとか不安から逃れようとするけれど、やはり不安の「におい」は、ひとときもサーティから去ることはありません。

おそらくサーティは知っているのです。意識の層では気がついていないのかもしれません。けれども、言葉でどれだけうち消しても、身体の層ではそのことを知っているから、彼の体は意識を裏切って、「におい」を感じているのでしょう。

わたしたちは、出来事が起きてしまったあと、「ああ、やっぱり」と思うことがあります。もちろん、あとになってそんなふうに誤認してしまうような場合もあるのだけれど、誤認とばかりはいい切れない、自分はずっとわかっていたのだ、と終わってから気がつくのです。そういうときはたいてい、一種の体の不調、変な感じ、胃が痛かったり、胸がざわざわする感じだったり、鼻の奥が詰まるような感じ、妙に気が進まず、こうしなければ、と頭で命じて体に言うことを聞かそうとしても、体の方が言うことを、として現れてくるように思います。そうして、一切が終わって、体の不調が消えていて、ああ、それはそういうことだったのだ、と気がつく。

一方で、体に覚えさせる、という言い方があります。パソコンでもブラインドタッチというのがありますが、ある程度慣れてくると、たいていの人はキーボードの配列を指が覚えて、手元を見なくても打てるようになるでしょう。習慣化された行動は、体の方がそれを覚え、考えるより前に体が反応する。以前、お母さんが何気なく手をあげた瞬間に、さっと頭を押さえた小さな子供の姿を見て、何とも言えない思いがしたことがありますが、この短篇でもサーティが、機械油を取りにやらされて、どうしようもなく従ってしまうところなど、同じものを感じます。

たぶん、この「意識より先に、体の方が知っている」というのと、「体が覚える」ということはちがうのだろうと思うのです。

では「考える」とはなにか? 考えるとはふつう、慣習としてのからだとことばの結合から、自覚化された言語使用へ、つまり中層から表層次元へ上がってゆくこととイメージされていると言ってよい。が、それは慣習を精密に言語化する結果にしかならないことが多いことをわたしたちは知っている。
 では、みずからの慣習に異議を申し立て吟味し始めること、自分の無知を知ることはどこから始まるのか、異議申し立てをするものは「だれ」か? ひそかに違和を告げてくれるのは、今のわたしには、からだの下層次元の、深いなまな感じ、と言うほかないのだが。
 ならば表層の言語によって言語自身を超え、からだとのかかわりの下層次元へひき返し、そこへ呼びかける「ことば」がありうるだろう。言わばからだとことばの「上層」が。

(竹内敏晴『思想する「からだ」』)

わたしたちは、特別に意識することなく、「考える」という言葉を口にします。けれども、それはどこまで「自分」が考えたと言えるのか。
たとえば自分としては何かやりたいことがあるのだけれど、「これはしちゃいけない、だって人に迷惑をかけるのはいけないことだから」と考えたとします。けれどもこれはほんとうに「考えている」と言えるのでしょうか。単に「慣習を言語化」しているだけではないか。あるいは逆に、自分がやりたい、という「考え」を押し通すとします。けれども「やりたい」という「考え」が、これまた「慣習」ではないと、どうして言えるのでしょう。

おそらく、父親の放火にいやおうなく巻き込まれるサーティのように、わたしたちはさまざまな出来事に巻き込まれる。そうして、自分で決断して、というより、情況からやむなく何らかの行動をし、終わってから「それがなくなった」というかたちで体の不調に気がつき、「最初からわかっていたのだ」と知るのだろうと思うのです。

その意味で、サーティの物語はきわめて特殊なものですが、同時にわたしたちのだれもに当てはまる普遍的な物語でもあるのでしょう。やっぱりフォークナーはおもしろいなあと思います。そのおもしろさを損なっていなければ良いのだけれど。

さて、11月3日でこのサイトも四周年を迎えました。アクセス数ももうすぐ5万になりそうだし、まあ、ここまで細々とやってこれて良かったなあと思っています。

以前訳したP.G.ウッドハウスの短篇「階上の男」のなかに、「島で暮らしている人たちの話を知っていますか? お互いの洗濯物を引き受けあって、かつかつの生活を、なんとか支え合っている人たちなんですけどね」というせりふがあります。それを言う彼はこう続けます。「ぼくはずっと思っていたんだ。そうすることによってその人たちは、みんなとても親密になっただろう、お互い同士が強く結びついていただろう、ってね。そうは思いませんか?」

人の洗濯物を引き受けることで、お金をもらう。自分の洗濯物は、人に頼むことによってお金を払う。これで「かつかつの生活を、なんとか支え合う」ことができるのかどうか、わたしにはよくわからないのですが、この島に小麦を作る人、パンを焼く人なんかがいれば、なんとかそれで回っていくかな、とも思います。

自分の洗濯物を自分でやってしまうと、それはそれだけの話です。でも、人に頼む。そうして、その時間を、自分はほかの人のための仕事をする。そうすることによって人と人は親密になっていく。

わたしはいつも読んでくれる方がおもしろかったらいいなあ、って思いながら、書いています。翻訳にしろなんにしろ、自分が読んでおもしろかったものを、自分の手を通して、また楽しんでもらいたいんです。ウッドハウスの話に出てくる洗濯物を引き受ける島の人のように、人のものを洗濯して、自分の洗濯物をよそに出すみたいに。

洗濯を続けて、四年目です。少しはうまく洗えるようになったかしら。そうして、わたしの出した洗濯物は、何とか引き受けてもらってるでしょうか。

いままで、ほんとにありがとう。
そうして、これからもよろしく。

このところなんだか急に寒くなって、朝、最初にやる仕事が窓の結露拭き、というシーズンになってきました。このあいだまで暑かったと思ったら、もう寒い。なんだかいやになっちゃうなあ。
どうかみなさま、お変わりありませんよう。
お元気でお過ごし下さい。

ということで、それじゃ、また。

Nov. 05 2008





Last Update 10.07

「読むこと・聞くこと・思い返すこと」をアップしました。

本文でもふれた星新一の「おーい、でてこい」のことは、弟の劇を観て以来、ずっと気になっていたんです。本で読んだときはちっともわかりにくいとは思いませんでした。ごくごく短い、単純なストーリーです。ただ、時間がぐるりと円環している、というだけの。そうしたSFの「文法」に慣れているわたしにとっては、不思議でも何でもない結末でした。

ところが劇で観ると、確かにその結末はわかりにくいのです。展開を知っているわたしでも、周囲の人が首をひねっている理由はよくわかりました。どうしてそういうことになるんだろう、と不思議でした。

それまでずっと「百聞は一見に如かず」と思っていました。『赤毛のアン』でアンが暮らすことになった家は、「緑の切り妻屋根の家」と訳されていたのですが、それが「ああ、こういうものなのか」とわかったのは、あとがきに挿入されていた写真を見てからでしたし、『耳なし芳一』の琵琶も、どんなものか挿絵で知りました。教科書に言葉で書いてあってもちっともぴんとこない理科も、実験すれば「ああ、これがこういうことなんだ」とわかりましたし、社会見学で行った製鉄所の溶鉱炉は、忘れられない印象を残しました。だからずっと言葉で描かれる世界より、映像で描かれた方が絶対にわかりやすいはず、と思っていたのです。

けれど、劇の経験を通して気がついたのは、確かに映像を補助手段とする限りでは、言葉で表現された世界を豊かにしてくれる。それでも言葉のない映像だけの世界は、むしろどこを見たらいいのかよくわからず、しかも一瞬で流れ去ってしまう動画では、なおさらわかりにくい、ということでした。これはどういうことなのだろう。そんな疑問をずっと持ち続けていたのです。今回、W-J.オングの『声の文化と文字の文化』の助けを借りて、いったんの答えを出すことができました。

一方で、現代は映像の時代、と言われます。2001年9月11日、わたしは二機目の旅客機が世界貿易センタービルに突っ込んだ場面をリアルタイムで見ました。映画か何かを見ているような、背景にかぶさる音楽や効果音がないことが不思議なくらいの映像でした。なのにそれがどういうことかわからない。見たことがあるのに何なのかわからない、という不思議な経験を短い時間ですが味わったのでした。

けれども、やがてその映像にはおびただしい言葉がかぶせられました。「テロ」という言葉。「イスラム原理主義者」という言葉。「戦争」「報復」「民族」…。それぞれの言葉はいくつもの「物語」のなかでいろんな使われ方をしていきます。そうして、どの言葉の背景にも、同じ映像が繰りかえし流れるのでした。まるで二本の煙突のように煙をあげるビル。やがて崩れ落ちることがわかっているビル。

そのときわたしが思ったのは、映像というのは「読まれる」ものだ、ということでした。「読む」というのは、言葉にし、それを解釈するということです。さらに、それを書きとめ、他人に語り、他人の批判にさらされるということです。そこまでのプロセスを完了して初めて、映像は映像としての意味を持っていくのでしょう。

ところが多くの映像には、わたしたちが「読もう」とする前に、すでに物語がかぶせられています。ナレーションが入り、効果音が入り、感動的な音楽が流れて、わたしたちを決まり決まった方へ流してしまう。

なんだかその「物語」も、どんどんわかりやすいものになっているような気がしてなりません。受け取ったわたしたちが、時間をかけて頭の中で再構成しながら理解していくものではなくなって、瞬間的な理解、つまりは処理されるべき情報として送り出されているような。

そんな情報はどうなってしまうのでしょう。

寺田寅彦は「さるかに合戦と桃太郎」というエッセイのなかで、おとぎばなしに政治的な解釈をほどこして伝えることを批判して、こんなことを言っています。

 われわれの子供の時分にはおとぎ話はおとぎ話としてなんらの注釈なしに教わった。そうして実に同じ話を何十回何百回も繰り返して教わったものである。そうしてそれらの話の中に含まれている事実と方則とがいつとなく自然自然と骨肉の間にしみ込んでしまって、もはやもとの形は少しも残らなくなっているが、しかし実際はそれらのものの認識がわれわれのからだのすみからすみまで行き渡ってわれわれの知恵の重要な成分をなしているのである。もしもこれらのおとぎ話を、尻の曲がったごうなの殻にでも詰め込んで丸のみにさせられていたのであったら、とうの昔に体外に排泄されてどこかよその畑の肥料にでもなっていたことであろうと思う。

おとぎばなしが人間のありようの喩え話としてあるのは事実でも、いったい何を喩えているのか、寺田の言葉を借りれば「あまりに広大無辺な意味をもったものである」。だからこそ、おとぎばなしを聞いた子供は、その話を何度も繰り返して聞き、思い返し、頭の中で再構成しながら、おとぎばなしの世界を生きることになります。そうするなかで「ものの認識がわれわれのからだのすみからすみまで行き渡」ることになる。ところがそれが「情報」というかたちで与えられれば、丸のみしたあとは「排泄」されるしかない。

「物語」と「情報」の差は、どうやら時間にありそうです。「思い返す」時間。わたしたちの頭にとどまる時間。

Googleで検索すると、右上に「検索に要した時間」が出ます。一瞬でこれだけの情報のありかを示すことができることを誇るかのように。その情報をどう「読む」か。どう自分の「物語」に組み込んでいくのか。検索に要した時間は0.01秒もかからなくても、そこからどう時間をかけていくかはわたしたちの問題になっていくでしょう。

「読む」ことは「読む」だけにはとどまらない、「聞く」ことや「話す」こと、「書く」こととも密接に関連していくのだと思います。このことは、また別の観点から、引き続き考えてみたいと思っています。

さて、九月が終わり十月になって、はっきりしないお天気が続きます。ちょっと前、体調を崩したのですが、その前ぐらいから体重がずっと減っていて、ああ、やっぱり、という感じでした。あのくらいですんで良かったです。いまはもう大丈夫なんですが、食べれば体重が増えるというのは健康な証拠、元気でいられるのは改めてありがたいものだなあと思います。調子が悪いと、やっぱり本を読むのもしんどいですから。

今日、低い空の下を自転車で走っていたら、思い空気のなかにキンモクセイのいい匂いが混じっていました。この匂いをかぐと、この木が植わっていた校舎と校舎の間の、日当たりの悪い一画を思い出します。何本かあったキンモクセイのおかげで、この季節は校舎のどこにいてもその匂いがただよっていたような気がします。

はっきりしないお天気ですが、そのうち秋空も見えてくるでしょう。
どうかみなさまもお元気でお過ごしください。
ということで、それじゃ、また。

October 07 2008





Last Update 9.25

「サキ・コレクションvol.5 〜狼たち」をアップしました。

わたしたちは動物に対して、さまざまなイメージを持っています。いわゆる「心理テスト」、というか、一種の座興だとわたしは思っているのですが、そのなかにも動物が出てくるものがありますよね。牛、馬、猿、ライオン、羊を連れて旅に出る、一頭ずつ捨てていかなくてはならなくなるのだけれど、どれから捨てていくか、とかいうやつです。

わたしは最初にそれを聞いたとき、その旅というのは陸路か海路か、いったいどのくらいの距離が見込まれているのか、食料の調達はどうするのか、そういう点をはっきりさせなければ答えようがない、と言って、嫌われたことがありますが(笑)、ともかくそれぞれの動物は、牛が配偶者もしくは恋人、馬が仕事、猿が親、プライドがライオン、羊がお金が対応しているのだとか(いま検索して確かめてみました)。その人がいったい何にプライオリティを感じているかを表しているのだそうです。そう言えば、文句を言いながらやってみて、最後までライオンを残しておく、と言ったら、それをわたしに聞いた人が「やっぱり」と笑っていたのを思い出しました。単にわたしの頭のなかにライオン=アスランという図式が抜きがたくあって(C.S.ルイスの『ナルニア国物語』です)、アスランを捨てるなんてとんでもない、と思っただけなんですが、たぶんそのときのわたしの優先順位はプライド→仕事→親→配偶者もしくは恋人→お金となっていたはずで、なんだか笑ってしまいます。

ともかくアスランにせよ「百獣の王」という言葉にせよ、プライドを当てはめるにせよ、ライオンというと「誇り高い」イメージをわたしたちは持っています。実際のライオンは狩りは雌にまかせ、ほとんどのときはカロリーの消費を抑えるためにも寝てばかりいる生き物のようです。そういえば動物園に行っても、寝そべっているところしか見たことがありません。

このテスト?に出てくるほかの動物たちも、わたしたちが一般的に持っている「イメージ」を表しているのでしょう(羊が「お金」を表しているのは、毛を売ってお金に換えるという含意があるんでしょうか。じゃ、猿は? そう考えていくと、なんだかいい加減。まあ座興ならそれもいいんでしょう)。

犬や猫のように身近な生き物は、姿形ばかりではなく、彼らの性質やライフスタイルなど、かなり詳しく知っていますが、そうでない生き物は、昔話や童話で培われたイメージを当てはめずにはおれません。愛らしいウサギ、『ピーターラビット』や『うさこちゃん』でおなじみのウサギを、わたしたちはふわふわしてかわいらしい、おとなしい生き物と思っています。

ところが実際の野ウサギ、特に繁殖期の野ウサギが二匹出くわして、すさまじい勢いで闘争する様子を、コンラート・ローレンツは『ソロモンの指輪』のなかで描いています。

二匹のノウサギは後肢で高く立ち上がってむかいあい、前肢で相手をなぐりつける。つづいて二匹とも空中に跳び上がる。そしてキーキー、グッグッと鳴きながら、後肢を使ってなにかおそろしい断固たる行為をするらしいのだが、あまりすばしこいので、高速度撮影でもせぬかぎりそのこまかい動作はわかりそうもない。…

 武器をもたぬウサギのこのすさまじい闘い、おとなしいウサギのこんなはげしい怒り! これはこっけいなばかりでなく、われわれに深い印象をさえ与える。だが野ウサギはほんとうにおとなしいのであろうか。…

たいていの人は、肉食性の動物と草食性の動物とに、まるで不当な道徳的なものさしをあてはめることに慣らされてきている。ドイツのメルヒェンにも、ゲーテの「ライネケ狐」にも、「動物たち」は人間の社会にも比すべき血縁社会(ゲマインシャフト)として表現されている。まるで、「動物たち」は「人類」と同様に、一つの同じ種に属するとでもいわんばかりだ。そこで、ある動物がほかの動物を殺すことは、まさに一人の人間が同類を殺すのにひとしい悪事とされるのである。…

「悪い」肉食獣は殺人犯の烙印をおされている。ドイツ語では肉食獣のことを虐殺獣という。なぜ「狩猟」獣といわないで、「虐殺獣」などというんだろう? すでにこのことばの中に、誤って道徳化された擬人化がひそんでいる。

(コンラート・ローレンツ『ソロモンの指輪』日高敏隆訳 早川書房)

狼などは、そのイメージによって最大の被害を被った生き物なのかもしれません。なにしろ狼とくれば「ビッグ・バッド・ウルフ」、大きくて悪い生き物の代表です。ところが実際には、狼が人を襲うことはきわめてまれだといいます。家畜を襲うにしても、狼が「ビッグ」で「バッド」だからではなく、人間の方が狼の領域を侵した結果とも言えるのです。

わたしたちは「知識」というと、増やすもの、というレトリックを使ってとらえていますが、実際のところは逆なのかもしれません。わたしたちはよく知らないものに対して、無意識のうちにイメージの服を着せて眺めてしまっている。知識を得ることで、その対象の自然の姿を知る、つまりは服を脱がせるのが「知識」ということになるのではないでしょうか。知識を得ることによって、逆にわたしたちが服を着せかけていたのを知るわけです。

もうひとつ、無意識の服に気がつく方法があります。それは、さまざまな服を比べてみることです。ひとつしかないから、気がつかない、ともいえる。いくつも服があれば、自分が無意識のうちにどんな服を着せていたか、知ることができます。そういえば、以前西アフリカの昔話を読んでいて、ハイエナと野ウサギがそれぞれ自分の母親を殺して食べてしまう約束をする、というのが出てきて、仰天したことがあります。ハイエナは約束通り母親を殺し、ウサギと一緒にたいらげて満腹する。ところが野ウサギは策を弄して自分の母親を助けようとして……。アフリカの昔話では、野ウサギは悪賢い肉食獣なのです。

ここではサキの手による三種類の狼の話を集めてみました。わたしたちにもなじみ深い狼、幻想的な狼、立ち向かわなくてはならない圧倒的な敵としての狼。ばくぜんと抱いていた自分の「狼のイメージ」に気がついていただけたら、と思います。

それにしても「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、朝夕は半袖では肌寒いくらいの気候となりました。わたしのいる地域では明日は雨のよう。一雨ごとに、秋を感じる季節となっていくのでしょう。

どうかみなさまも、お元気でお過ごしください。
ということで、それじゃ、また。

September 25 2008





Last Update 9.10

H.G.ウェルズの短篇「魔法の店」アップしました。

ここでウェルズの短篇を紹介するのは、「水晶の卵」に続いて二作目なのですが、どちらも店の外の描写から話は始まっていきます。扉を開けるとそこは……という話の展開は、このふたつだけではありません。ウェルズの短篇は、扉が重要な役割を果たしています。

扉は外と内を隔てます。そこを開ける登場人物と一緒に、わたしたちは「内」の世界に足を踏み入れる。実はわたしたちは物語の第一ページ目をめくったところから、物語の世界にすでに足を踏み込んでいるので、ここで、実はふたつ目の「内部」に入っていったことになるのですが、扉の描写がリアルだと、わたしたちはつい最初の「内部」を忘れてしまい、その扉こそが「現実」と「幻想」を隔てるように錯覚してしまいます。

そこでどういうことが起こるか。登場人物たちが不思議な「内部」から戻ってきたとき、読者はそこがまだ物語の内部であることを忘れ、あたかもわたしたちがいる世界と地続きのところに戻ってきたように錯覚してしまう。だから、そこに出てくる「内部世界の遺産としての不思議」は現実のもののように感じられてしまうのです。そうすることで、「内部世界」はほんとうに不思議なところなのだと保証される、という構造になっています。

不思議な世界を読者に「不思議」と思わせるために、もちろんウェルズもいくつも仕掛けを用意しています。現れては消える店主や、おっそろしく広い店の中、リージェント・ストリートにあるのかどこにあるのかさえ定かではない店、鼻の伸びる助手……。けれども何よりもその「不思議」を保証するのは、「わたし」や「ギップ」がわたしたちと同じリアルな人間であるということです。リアルな人間が不思議な経験をして不思議がる、だから不思議な世界はほんとうにあるのだ。この枠構造は、そういう仕掛けになっているのです。

十年ぐらい前だったでしょうか。Mr.マリックという人が、一時たいそうなブームを巻き起こしたことがあります。あの人のマジックは、「手品」でもただの「マジック」でもなく、「超魔術」というふれこみでした。タバコを百円玉に通すというありきたりの手品を、あの人はまるで超能力であるかのように演じ、観客も不思議がっていたのをTVで見たことがあります。

その人の手品も、このウェルズとまったく同じと言えるでしょう。まず、TVという内部がある。その内部に大勢の視聴者を配置することで、TVの内と外という区別を消します。そうしてマジックを舞台という内部の内部という空間で行う。視聴者はそれを見て驚いたり不思議がったりします。それを見て、わたしたちはほんとうにそれが「超魔術」なのだ、と思うのです。

よく知らないのですが、あの人の人気がなくなったのは、ネタばらしをする人が出てきたからではなかったかと思います。技だけを披露する手品ならそれでもやっていけたのでしょうが(一度、舞台でゼンジー北京の手品を見たことがあります。最初はネタばらしをしたり、失敗したりするのを笑いながら見ていたのですが、最後の最後であっと驚かされる。そのときの「ダマサレルノ イツモ オキャクサン」というせりふに、大笑いしながら、すごいなあ、と感心したものです)、「ほんとう」を謳った「超魔術」では、そういうわけにもいかなかったのかもしれません。

「ダマサレルノ イツモ オキャクサン」とゼンジー北京は言っていましたが、わたしたちはどこかでだまされたがっています。理屈で説明がつくものより、不思議な、よくわからないものを求めている、と言った方がいいのかもしれません。扉の向こうに不思議な世界が広がっているのではないか。だからこそ、扉を開け、物語のページを開くのでしょう。

H.G.ウェルズの不思議な世界は、またこれからも少しずつ紹介していきたいと思っています。そのときはまたウェルズの、少しゆがんだ幻想の世界を味わってみてください。

雨の多い八月末から、また暑さのぶり返す九月になりました。さすがに朝夕はずいぶん涼しくはなりましたが、日中の日差しはまだまだ強い。外を歩くと汗がにじみます。温度の差が激しいこの時期、夏の疲れも出る頃かと思います。どうかみなさまお元気で。

さわやかな初秋、というにはまだちょっと暑すぎるかな、9月の日々をお過ごしでいらっしゃいますよう。

ということで、それじゃ、また。

September 10 2008





Last Update 8.17

キャサリン・マンスフィールドの短篇「見知らぬ人」をアップしました。

長編小説にくらべて短篇はわかりにくい、外国の短篇はさらによくわからない、という話をときどき聞きます。長編小説がわかりやすいか、というと、かなり疑問もあるのですが、主人公が作品を通じて何ごとかをなし、成長を遂げる(あるいは破滅する)ような作品であれば、わたしたちは「何が書いてあったか」を容易に把握することができ、楽しむこともできます。サマセット・モームやモーパッサン、ポーなどの短篇なら、同じようにストーリーははっきりしているし、「何が書いてあったか」もはっきりしている。短さを生かした起承転結は、最後にあっと言わせられたりもして、短篇ならではの楽しさもあります。

ところが「何が書いてあるのかよくわからない」ような短篇もあります。詩と小説のちょうど中間に位置するような作品です。

そういう作品は、主人公が成長する小説のように、親切ではありません。漫然と読んでいると、何がなんだかわけがわからない。そこで「作者はいったい何が言いたかったのか?」という疑問が生まれてきます。

けれど、この学校国語でおなじみの問いほど、無意味なものはありません。「何が言いたかった」とはっきり作者が答えられるような作品は、だいたいにおいて無意味なものだし(オーウェルの『動物農場』のような例外もありますが)、作者自身にもはっきりわかっていないこともあります。

そういう作品を読むときは、もう少し緊張を払う必要があります。まず何よりも、主人公は何をしているのか。これは作品にはっきり描かれていることもありますし、別の人が教えてくれることもあります。隠されていることもありますが、そういうときは何か暗示するものがありますから、それを探さなくてはなりません。

登場人物の行動がわかったら、つぎにすることは、「どうしてそんなことをしたか」です。その理由は、ミステリを除けば、簡単にわかることのほうが少ないでしょう。どれほど考えてもよくわからないこともあるし、考えた結果、理由などなかったのだ、そうだからそうしたのだ、としか言えない場合もあります。けれどもそれを考えることは同時に登場人物を知ることでもあります。

作者はできるだけ説明を少なくしていますから、わたしたちは自分で脈絡を作っていかなければなりません。そうすることで、わたしたちは「自分の物語」としてその作品を読んでいくのです。

マンスフィールドのこの短篇で、標題ともなった「見知らぬ人」とはいったい誰のことなのでしょう。ふつうに考えれば、ジェニーが船で看取った青年のことと考えられます。見ず知らずの人、ジェニーが知り合ったのも、ほんの偶然でしかないような人。夫であるハモンド氏からしてみれば、これほど「見知らぬ人」もありません。

けれどもハモンド氏にとって、その青年が「見知らぬ人」であるのは、ジェニーが看取ったからでもあるのです。そんな出来事さえなければ、ほかの船客同様「見知らぬ人」ですらない。こう考えていくと、「見知らぬ人」と意識されるのは、知らないからではないのではないか。知っているという意識、知りたいという意識があるからこそ、そうではない部分、「見知らぬ」部分が逆に意識されるのではないか。そう考えると、ハモンド氏の「見知らぬ人」とは、ジェニーのことなのかもしれません。

そうして、わからない、と思うのは、わかりたいからこそであると考えれば、わからない短篇を読む意味はそこにあるのでしょう。わかってしまった小説は、そこから先、何ものをも与えてはくれないけれど、わからない短篇は、わたしたちをそこから先へ導いていきます。読んでくださった方が、この短いけれど終わらない短篇から、何かを見つけてくださったら、それにまさる喜びはありません。

さて、休みになったので、何か休みらしいことをしようと映画を見に行きました。いかにもお盆休みらしい、脳天気な娯楽大作、という基準で、つい、これまでの行きがかり上(?)、《インディ・ジョーンズ》を選んだのでした。最初、悪い予感がしたんですが、最後にそれが現実となったのを見たときは、わたしは映画館で「わーっ」と叫びたくなっちゃいましたよ。

ここからネタばれです。だから、見に行こうと思ってる方は読まないでくださいね。




謎というほどの謎が仕掛けてあるわけじゃないんですが、そのオチを、宇宙人でまとめてるんです。古代マヤ文明を指導したのは、あのロズウェル事件のインチキ映像でおなじみの宇宙人。最後にインディ・ジョーンズの活躍のおかげでクリスタルスカルが全員揃って、宇宙船が「時空の狭間」に消えていく、という場面を見たときは、わたしの人生の一時間半を返してくれ、と言いたくなりました。いや、あんなもん見たわたしが悪かったんですけどね。

スピルバーグにとって、「宇宙人オチ」というのは、一種のオブセッションなのかもしれません。だけどなあ。わたし、大昔《未知との遭遇》のエンディングを見て感動したんだけどなあ。

お盆が過ぎれば、暑さもピークを超えるのでしょうか。
夏の疲れなど出ておられませんよう。
お元気でお過ごしください。
ということで、それじゃまた。

August 17 2008





Last Update 8.16

「ここより先、怪物領域」アップしました。

ここではタイトルの由来を書いておきましょう。「モンスター・ペアレント」という言葉を聞いたとき、連想のようにわたしの頭に浮かんだのは、マーガレット・ミラーが1972年に発表したミステリ『これよりさき怪物領域("Beyond This Point are Monsters")』でした。いまでは手に入れるのもむずかしい本ですから、ここで簡単にあらすじを説明します。

二十四歳の青年が失踪します。農場を経営していて生活に不安はなく、半年前に結婚した妻は妊娠しており、幸福そのものといえる彼には、失踪しなければならない理由は見当たりません。台所に彼のものと思われるものを含め、何種類かの血痕があり、外に凶器とおぼしきナイフが見つかります。一方、当時農場で働いていたメキシコからの渡り労働者のグループが、その出来事を境に姿を消してしまいます。なんらかのトラブルがあったことは間違いないけれど、手を尽くして探しても、彼の消息はもちろんのこと、だれかの遺体すらも見つからない。物語はそれから一年後のある一日を描いたものです。妻のデヴォンが夫ロバートの死亡確認を申し立てる審議を要求したのです。審議過程では、その死がまちがいないことを確認するために、当時関わりのあった人が召喚され、証言します。その過程で、ひとりの人間をめぐる複雑な過去が浮かび上がるのです。

作品で非常に重要な役割を果たすのが、ロバートの母親、オズボーン夫人です。彼女は「気むずかしくて、周囲の人間をも不機嫌にするような女――は、往々にして、人の不機嫌をだれよりもがまんできないのである」といった女性です。かつてオズボーン夫人は、酒浸りの夫と口論を繰りかえし、自分の全精力をたったひとりの息子ロバートの成長に向けます。ロバートが十五歳のとき、父親が不慮の死を遂げる。

ロバートは、その十五歳の誕生日プレゼントに叔母さんから中世の地図をもらいます。そのひとつに“これより先怪物領域”と書いてある地図があった。中世の人びとは、自分たちの行ったことのない海域を、そうやって地図に記していたのです。そのことばがたいそう気に入ったロバートは、紙に“これより先怪物領域”と書いて、自分の部屋のドアに貼りつけます。本文冒頭に引いたのは、その張り紙のことを説明するときのオズボーン夫人の言葉です。

息子を溺愛しているオズボーン夫人は、「ロバートの地図の世界は、きれいで、平たくて、単純でした」と言います。「人の住む場所と、怪物の住む場所をきちんと区別していました」と。そうであるならば、怪物領域だったのは、彼の部屋だったのか。部屋の主であるロバートこそが「怪物」なのか。それとも、部屋から一歩出た先、両親のいる家の中こそが、彼にとっての「怪物領域」だったのか。「家庭」という名の「地獄」が、人びとの会話の断片から、ピアノの音、メキシコからの渡り労働者、子犬といったささやかなエピソードを通じて浮かび上がってきます。外が明るいだけに、いっそう暗い室内のようなこの作品は、ミステリというジャンルを超えて、わたしに大きな影響を与えたもののひとつでした。

さまざまな人びとの話を聞くうちに、デヴォンは半年間(彼女は知り合って二週間で結婚を決意し、東部からカリフォルニアにやってきたのでした)のつきあいしかなかったロバートの「影の部分」を知っていきます。けれど、影の部分があるのがほんとうの人間、オズボーン夫人の言うように、誰しもが「心に怪物を持っている」のではないか。だとしたら、息子のそういう部分を認めなかったオズボーン夫人は、彼にとんでもないことを強いていたのではないか。

同じことがわたしたち自身にも言えるのではないか、と思うのです。
以前、大学の寮にいたときに、部屋のゴミを外に掃き出す新入生が入ってきました。もちろん決められた掃除当番も果たしません。台所にはその子の使ったあとの鍋がそのまま放っておかれていました。さて、いったい誰が注意をしたものか、とみんなで協議して、どういうわけかわたしがすることになってしまったのでした。

日常的にほとんど話をすることもない新入生に、わたしはおそるおそる注意をしたのだと思うのです。それに対して、ひどく不愉快な反応をされてしまった。やれやれと思いました。もう一度注意をするよりは、掃き出されたゴミを見ている方がまだマシだと思って、そのまま話を打ち切ったのです。

いま振り返るに、こういうことだったのでしょう。それまで、わたしたちの寮での日常生活は、つつがなくまわっていました。掃除当番であるとか、台所や洗濯機の使い方、部屋の掃除といったことなど、特に意識することもなく、「決まり」の意味を問うこともなく、寮生たちはまったく習慣的に行動していました。ところがそうした習慣を共有しない新入生が入ってくることによって、初めて「決まり」が問題になってきたのです。

「そんな決まりがあるんですか?」という人間が現れたときに、わたしたちはどうするのか。確かに「廊下に部屋のゴミを掃き出してはならない」なんていう決まりはあるわけではありません。当時のわたしは、そんなことを言う相手と、口を利くのもイヤになったのですが、やっぱりそういう態度はよくなかったなあ、と思います。そうではなくて、わたしたちが一緒に寮生活を営んでいく上で、そういうことは望ましくないと思わないか、というふうに話していくべきでした。受け入れてくれるかどうかはともかく。

その当時、わかっていなかったのは、それを守るか守らないかではなく、守ることによって共同体の一員になっていく、という点にこそ、「決まり」とか「規範」とか「ルール」などと言われるものの意味がある、ということです。逆に言うと、「決まり」を守らない人間が出てくることによって、わたしたちは初めて、自分たちの所属する共同体の意味を問われ、「決まり」の存在を意識し、「決まり」を守らない人間に対してどうするか、という問いを突きつけられるのです。

「モンスター」と呼ばれる人が登場するとき、問われるのは、わたしたち自身です。自分たちがいったいどういう共同体を形成しているのか。どのような「決まり」を持っているのか。その「決まり」を守らない彼らを排除するのか。排除しないとしたら、どのように解決していくのか。答えは簡単ではありません。「決まりは決まりでしょう? 守らない人が悪いんです」みたいな言葉は、何の答えにもなっていません。

“これより先怪物領域”と書いた紙が示す先にいる「怪物」は、ドアの外なのか、内なのか。隔てることによって、あるいは、隔てなければならないような状況を作ってしまった結果、どちらにも生まれてしまうのではないのか、とわたしは思います。

身近で起こった出来事の方も、なんとか表面的には収束したようです。けれど、「表面的な収束」「一時的な和解」こそが必要なんじゃないか。それが、異なる人びとがたがいにがまんしながら一緒に生活していくということなんでしょう。異なる人のあいだで、「抜本的な解決」なんてありえないし、そんなものを目指してはいけないのだと思います。

昼間の暑さは相変わらずなのですが、日が落ちれば、なんとかましになってきました。日中暖められたコンクリートの中は、床も壁も熱は去らないのだけれど、玄関も開け、窓も開け、風の通り道を作ってやると、一週間前には感じられなかった風が抜けていきます。目にははっきり見えないけれど、秋は近づいているのでしょう。そういえば立秋も過ぎました。

それでもいましばらくは厳しい暑さが続きます。
どうかみなさまお元気で。
ということで、それじゃ、また。

August 16 2008





Last Update 8.04

「「あいづち名人」への道」アップしました。ブログに書いたのは5月だったのですが、どうも焦点がしぼりきれず、ここまでかかってしまいました、といっても、ずっと書いていたわけではなく、単に寝かしておいただけなんですが。それでもずっと気になっていたから。やっとなんとかまとまって、やれやれ、という思いでいます。

わたしは昔から自分が話をするより、人の話を聞く方が好きでした。自分以外の人がどこかへ行ったり、いろんな経験をした話や、その人が読んだ本の話、見た映画の話、好きな音楽の話、全然わたしの知らない分野の話であってもおもしろく聞いてきました。だから、あいづちもずいぶん打っているはずなんですが、自分がどんなふうなあいづちを打っているのか、ほとんど記憶がありません。ただ相手の話を聞いたという記憶しかないのです。

ですが、これも考えてみればあたりまえのことなのでしょう。自分がどんなあいづちを打っているかに意識が向く時点で、もはやあいづちとは言えないような気がします。相手のあいづちにしてもそうです。印象に残るあいづちというのは、あいづちではないはずです。まるで文楽の黒子のように、そこにいて、大きな役割を果たしているのに、うまくいけばいくほどその姿は記憶に残らない、あいづちというのはそういうものなのでしょう。

それでも、あいづちを打ってもらえなかったあの時間の、冷や汗が背中を流れるような、一時間半が終われば、全身がぐったりしてしまうような英会話の授業だけはいまでもはっきり覚えています。そのときの経験がなかったら、わたしがあいづちが気になることもなかったかもしれません。

今日も帰ってくるとき、中学生とおぼしい女の子たちが、それぞれ携帯片手に、相手にそれを見せ合いながら、道いっぱいに広がって歩いていました。時に笑い転げ、着信音に頭を寄せ合ってのぞきこみ、誰かがひとこと言うと、みんながそれぞれにあいづちを打っていました。

親しい仲間内、ということに限ってみれば、おそらくいまのわたしたちが、『しぐさの日本文化』が書かれた当時にくらべて、あいづちを打たなくなった、ということはないでしょう。それでも、思うのは、その範囲はずいぶん狭くなったのではないか、ということです。彼女たちは教室で先生の話にあいづちを打つでしょうか。講演会での話に、私語なしで耳を傾けることができるでしょうか。聞きたい人の聞きたい話だけ聞いていたのでは、その人の世界は果たして広がっていくのだろうか、と思います。

数年前、わたしのいびつな記憶ですから、もしかしたら十年近く前かもしれません(笑)、二十代の女性を中心に、自分で自分の言葉にあいづちを打つ人をずいぶん見かけました。
「うん、だからね、あの人も悪い人じゃないと思うんだけどね、うん、わたしとしては、そういうのにね、うん、がまんができないのよ」という感じです。一時的な流行かと思ったら、このあいだ公的な場で「わたくしたちとしてはですね、こういうふうに考えているんですよ、うん。ですからここでみなさんのね、うん、ご意見をね、うん、お聞かせくだされば、ありがたいと思っているんです、うん」という言い方をしている三十代の男性を見ましたから、まったく廃れたというわけでもないのでしょう。

これを見かけたときは、ついにあいづちまで自分に吸収して話す人が出てきたか、と思ったのですが、これは落語の「えー、毎度ばかばかしいお話を申し上げます。あー……」というのと同じように、自分のなかで話のリズムをとろうとしているのかもしれません。だからちょっと気にはなっていたのですが、今回のなかには入れませんでした。

新聞報道などで、事件を起こした人物が、自分の孤独を訴えているのを眼にすることがあります。けれどもその人が自分で感じているほどほんとうに正真正銘の孤独なのだろうか、とわたしは思うのです。集合住宅に住んでいれば、同じ階の人とも顔を合わせるはずです。店に入ればそこには店の人がいる。交わす言葉は通り一遍のもの、「おはようございます」や「三百七十二円お返しいたします」「ありがとう」という挨拶だけかもしれません。それでも、わたしたちが社会にいるかぎり、真に孤独であることはありえないはずです。おそらく、自分が望む人と自分が望むような関係が結べない、そういう状態を、彼らは「孤独」と呼んでいるのではないか、という気がするのです。

自分が望んでいるわけではない人と自分が望まない関係を結ぶのは、めんどうなものだし、責任や義務ばかりが増えるように思えるかもしれません。けれどもそういう義務や責任をベースにした関係であっても、それは確かに人間関係ではないのか。そうして、その関係が、何かの拍子に変わっていくこともあるのだと思うのです。

自分の話が聞いてほしければ、その前に、相手の話に耳を傾けることです。これはギヴ・アンド・テイクなんかじゃありません。コミュニケーションというのは、誰かが話すところから始まるのではなく(話すだけなら、ひとりきりでもできます)、それを誰かが聞き取ったところから始まるのですから。自分がコミュニケーションの起点になろうと思えば、まず誰かの話を聞くことです。それも、自分が聞きたい人だとか、そんなよりごのみではなく。

先にも書いたように、あいづちなんて意識してできるものではありません。けれど、聞く体勢になる、というのは、意識的にできることです。自分がふだん「人間」と意識していないような人でも、自分に向かって話しかけているはずです。それに向き合えば、おそらくわたしたちの身体は、相手の発話に触発されて、何らかの動きを起こすはず。その状態は、少なくとも孤独なものではないように思います。

そういえば、植物に話しかけるとよく育つ、という話を聞いたことがありますが、それはほんとなんでしょうか。わたしは別にベランダの植木鉢に話しかけたことはないのですが、しかも聴かせているのは(というか、聞こえているのは)、派手なドラムの音やギターソロなんですが、この暑さにも負けず、ずいぶんよく育っています。夕方、しがみついた蝉の鳴き声のやかましかったこと。

夕立があったあと、涼しくなるかと思ったら、たまらないくらいの蒸し暑さでした。
厳しい暑さが続きます。どうか体調など崩されませんよう。お元気でお過ごしください。
ということで、それじゃ、また。

August 04 2008





Last Update 7.28

エリザベス・ボウエンの短篇「悪魔の恋人」の翻訳をアップしました。

京都で生活するようになって間がない頃、どう読んだらいいかわからない行き先を書いたバスが毎日通っていました。そこであるとき、一緒にいた関西出身者に、あれ、なんて読むの? と聞いたのでした。漢字では「深泥池」と書きます。

相手はすぐさま「みどろがいけ」と教えてくれて、そこで相手の目がきらりと光ったのでした(この「きらり」というのはレトリックではなく、ほんとうにそう光ったのです)。
「深泥池て、でるねんで」
それがわたしが「深泥池の怪談」を聞いた初めての経験でした。

深夜、タクシーの運転手が若い女性を乗せたところ、深泥池まで、と言う。やがてそこに近づいて、「深泥池のどこらへんですか」と振り返ってたずねたところ、その女性はいなかった……というもの。

後ろを見たらいなかった、という話だけなら、それまでにも何度となく聞いてきましたが、「深泥池」という具体的な地名と、その近くに実在する病院の名前まで出てきて、よくある怪談話が、いまなお一種の「うわさ話」として、進行形で語り継がれていることを感じたのでした。

のちに昼間、用事でそばを通りかかったときに、ここがあの深泥池か、と思って、自転車を降りてあたりを歩いてみたことがあります。かなりの大きさのある池は、水生動物の保護区域とかで、付近には丈の高い草が一面に生い茂っていました。向かいの山すそにくだんの病院があるほかは、池から山にかけて目立つような建物もなく、夜、このあたりを通れば、この一画だけがすっぽりと暗いはずです。よくある話に具体的な衣装をまとわせたのが、想像力豊かな一個人なのか、語り継がれるうちに細部が具体化していったのかはわかりませんが、開けていく北山通りのはずれにこんな一画が残っている、漠然とした不安やとまどいは、ここを通る誰の胸の内のも兆すのかもしれません。だからこそ、客観的に見れば、手垢にまみれたような怪談であっても、それを聞く人はおもしろがることができるのでしょうし、おそらく、京都も深泥池も、付近の様子も知らない人にとっては、よくある怪談のひとつに過ぎないはずです。

けれど、わたしが「深泥池」という場所と結びついたのは、この物語を通してだったのです。単に読めない地名が読めるようになったというだけでなく、たまたまそばを通りかかったとしても、何事もなければその「場」がわたしと結びつくことはなかったはずです。そこで池を挟んで、すぐ目の前に迫る山を見たときの、独特な「感じ」、池の周りの風景は、人によっては他愛のない物語が見せてくれたものだったように思います。

映画《ナルニア国物語》の第一作目の冒頭は、原作ではあっさりとしか触れられていないロンドンの空襲が印象的に描かれていました。四人の兄弟姉妹とナルニアを結ぶクロゼットの外にはこんな世界が広がっていたのだと、強く訴える必要を監督のアンドリュー・アダムソンは感じていたのかもしれません。作品が書かれた当時は、誰もが共通の体験としてふまえていた「場」、そうして、いまではわたしたちが共有することもできなくなってしまった「場」。けれども、わたしたちは物語を通してなら、またふたたび、「場」と結びつくことができる、とでも言うように。

タクシー怪談というのは、アメリカの都市伝説「消えるヒッチハイカー」の日本版でしょうし、江戸時代には「消える駕籠の客」という怪談もあります。岡本綺堂の『半七捕物帖』のなかにも、駕籠の客が消えて、なかに黒猫の死骸が残っていた、というものがあったような気がします。こういうことを考えると、時代を超え、国を超えて、「異界から来て、また異界へ帰って行く人」と遭遇する、というのは、わたしたちの畏れであり、同時にあこがれであるようにも思います。移動するタクシーや、駕籠や、トラックというのは、そうした異界との境界線を、ときに越えてしまうのかもしれません。

そしてまた、ミセス・ドローヴァーが「彼」と婚約したのも、「彼」が「異界から来て、また異界へ帰って行く人」だったからでしょう。その「異界」が「戦場」なのか、「この世」ならぬ場所であるのかは定かではないけれど。そうして、「ここではないどこか」へのあこがれと畏れが、大昔から人びとをとらえ、こうした物語を生み出したのでしょう。

暑いひととき、空襲の跡も生々しいロンドンの大通りを疾走していくタクシーが浮かんできたら、これほどうれしいことはありません。

それにしても、暑い、なんて言いたくないほどの暑さが続きます。
つい先日も、接触したかどうしたか、道端で車を止めた運転手ふたりが声高に言い争っていました。
「わしの車にさわんな、ゆうたやろが。さわんな」
「おまえが先にさわったんやないか」
「汚い手ェ、どけろや」
「おまえこそ、さわんなや」

言い争っている言葉の中身がまるで小学生だったので、その声音や勢いとは無関係に、横を通りかかったわたしは、思わず、くすっと笑いそうになって、とばっちりが来ては大変、と笑いを一生懸命かみ殺して通り過ぎたのでした。

まあ、確かに暑いですもんね。暑いと腹も立とうというものです。だけど、腹を立てるといっそう暑くなる。だからクールに行きましょう。

今日も入道雲は元気です。
どうかお元気でいらっしゃいますよう。
ということで、それじゃ、また。

July 28 2008





Last Update 7.20

「三角形で見る映画」をアップしました。

この元となる最初のログを書いたのは、去年《パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド》を見た直後でした。そこからもうすこしまとまったものを書こうとして、途中ハード・ディスクがつぶれたりしたこともあって、結局書き上げるまで一年かかりました。これまで何度も扱おうとして、どうやってもうまくいかなかった「欲望の三角形」も、竹馬に乗っているみたいじゃなく、大きめの長靴をはいて歩いているぐらいのところまで来たでしょうか?

映画の続編というのは、なかなか本編をしのぐものにはならないように思います。つらつら思い起こしてみても、正編より続編の方がおもしろいものというと、《マッドマックス2》と《ゴッド・ファーザーPart II》ぐらいでしょうか。たいていは一作目の好評に気をよくして「二匹目のドジョウ」を狙い、観客もなじみのある登場人物と彼らのその後を期待して見てみたのはいいけれど、やはり新鮮味はないし、驚きの要素も少ない。どうしても前作よりスケール・ダウンしたように感じてしまうから。ならばいっそ《エイリアン》と《エイリアン2》、《ターミネーター》と《ターミネーター2》のように、タイトルと登場人物は同じでも、まったく別の映画にしてしまうほうがいいようにさえ思います。

さらになんだかな、と思うのが、三部作の真ん中です。多くの場合、そうとは知らないまま見に行って、途中でだんだんこの開ききった展開をどうやって時間内に納めるのだろう、と不安になってきて、最後の場面で“次作に続く”というのを見せられ、「うわ、やられた」と思うことになります。昔むかし、テレビがない時代の冒険活劇映画はみんなそんな具合だったから、と言われればそれまでなのだけれど、高いお金を払って、劇場で大がかりな次回予告編を見せられるのは、やっぱり理不尽な話ではないでしょうか。

わたしが初めてそんな経験をしたのは《バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2》でした。《スター・ウォーズ 帝国の逆襲》でハン・ソロが氷漬け(?)にされたまま、解凍するまで六年かかったのは知っていたけれど、劇場でそれを目の当たりにしたときは、やっぱり腹が立ったものです。しかもそれだけ煽って公開された三部作の大団円は、広げすぎた大風呂敷のつじつま合わせに終始してしまい、肝心のストーリーはそっちのけになってしまっていたのでした。

最近、映画館もとんとごぶさたしてしまい、そもそも《パイレーツ・オブ・カリビアン》にもさほど興味はなく(ディズニーランドの「カリブの海賊」のアトラクションは好きだったけれど)、特に見たいとも思っていませんでした。ところが三作目にキース・リチャーズがゲスト出演するという。だからそのために、わざわざDVDで一作目、二作目と予習もすませて、はりきって(でもないけれど)映画館に出かけたのでした。

予習の過程で思ったのは、予想外に一作目がおもしろかったことです。《スター・ウォーズ》を踏襲した、新しさもなにもない映画だったのだけれど、それでも安定した構造を持っている映画というのは、見ていてやはり楽しいものなのだなあ、とあらためて思わせるような作品でした。けれどもこれに続編を作ったら、おそらく破綻してしまうはずだ。そんな予感を胸に、二作目のDVDを見て、いったいどんな力わざで三作目をまとめるつもりなのだろう、と思っていたのでした。そうして実際は、わたしの予想通り、完結編でありながら、非常に収まりの悪い映画となっていました。

収まりの悪い映画というのは、思い返したときに、えーと、つまりどういうことなんだ? と、うまく焦点を結ばない、ということです。見た当座はいくつかの場面が断片的によみがえってくるのだが、ひとつながりのストーリーの形で頭のなかに残っていかない。その断片も、じきに跡形もなく消えていってしまう。

「安定した構造」というのは、いくつかのパターンがあって、それは崩してはならない、ということなんだろうか、とわたしは思いました。そこからああでもない、こうでもない、と考えて、途中《アマデウス》なんかも考えたのですが、《アマデウス》ではわたしの手に負えず、ついこのあいだ、《ガタカ》を見て、やっとなんとか収めることができたのでした。

人によっては、こんなゴタクを並べていったい何になるんだ、ということにもなるのかもしれません。それでも、こうやって「三角形」を当てはめることで、最初に見えてこなかった隠されたメッセージを掘り起こすことができる。それだけいっそう楽しむことができる、と思うのですが、どうでしょう?

もちろん映画というのはこれだけではありません。わたしは映画を見ていていつも画面の質感っていうのはいったい何なんだろうと思うのですが、いまだによくわかりません。わたしの大好きなディヴィッド・フィンチャーにしても、《ガタカ》を撮ったアンドリュー・ニコルにしても(《トルーマン・ショー》にも同じ画面の質感がありました)、《羊たちの沈黙》のジョナサン・デミにしても、映画というかストーリーの方が嫌いなんだけど《ハンニバル》だって、リドリー・スコットの独特な質感がありました。ほんの一瞬見ただけで、「これは誰の映画だ」とわかるぐらい。それがいったいどこから来るのか。おもしろいものだなあと思います。

だから、また、映画についてもお話しましょう。

それにしても暑い日が続きます。この暑さが地球温暖化によるものなのか、それともそんなものとは関係ないのか、はたまたオゾンホールと関係があるのかどうか、何も知らないのですが、わたしのところの暑さはまぎれもなく、太陽に炙られたコンクリートと、アスファルトの照り返しと、両隣の家のエアコンの室外機によるものです。せめて家にいるあいだは、なるべく汗をかくことにして、エアコンを使わないようにしようと思っているのですが、両隣とも一日中エアコンを使っているようで、窓を開けても入ってくるのは熱気だけ、という悲惨なことになっています。

それでもベランダのブルーベリーは、今年初の収穫を先日もたらしてくれました。過酷な環境でけなげに実をつけるブルーベリーを見習って、がんばって夏を過ごそうと思っています。

厳しい季節の到来ですが、どうかお元気でいらっしゃいますよう。
それじゃ、また。

July 20 2008








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